問題編・よくある時刻表について
1――フェスタへ(前)
1.
遠くの稜線を、夕焼けが橙色に燃やしてく。
下校時刻の一五:三〇を過ぎた頃、校門前に集合した私は、一緒に帰る友達の中に異分子が紛れ込んでることに気付いたわ。
「下校をご一緒するのは初めてね、
「え~と、
そう、私市。
私と同じ二年一組のクラスメイト。
見た目は決して派手じゃなく、化粧もしてないし髪の毛も地味な三つ編み、そしてメガネ。垢抜けない楚々とした雰囲気よね。耳は伸ばした黒髪に隠れてる。
同級生だけど私はあんまり会話したことがなくて、かろうじて顔と名前が一致する程度の認識よ。間違っても並んで下校するような仲じゃないわ。
なのに、どうしてここに居るの――?
「へっへー、うちが連れて来ちゃったー」
隣に立ってた
あんたの仕業か~っ。
なっちゃんは私と仲の良い友人だけど、彼女は私市さんにも顔が利くらしい。先日の家庭科室でも、彼女絡みでトラブルに巻き込まれたのは記憶に新しいわ。
彼女の横には、小太りなクラスメイトの
シシちゃんは、これまた先日の家庭科室で、病院に担ぎ込まれたけど、軽度の症状で済んだこともあって、今はもう学校に復帰してる。
正直、この子に関わってから踏んだり蹴ったりな毎日を送ってるんだけど、何の因果か馴染んじゃった私が居るのも事実。
出会いこそ最悪だったけど、私たちは表面上、友達を名乗れる程度には親しくなれた。
――そんな私は、ルイ。
湯島泪。
私立朔間学園の高校二年生、一六歳(誕生日は三月よ)。
すっかり息が白い二月下旬、シシちゃんと交流してから一ヶ月近くが過ぎたわ。いろいろあり過ぎて、時間の経過が早く感じるな~。
「で、私市さんを連れて来た理由は?」
私、改めて問いただしちゃった。
「つれない返事ですね、湯島さん?」同級生に丁寧語を使う私市さん。「浪川さんの紹介で、本日は同行しましたの。なかなかお話する機会もなかったことですし、親睦を深める一助となれば幸いですね」
「……どういう風の吹き回しよ、なっちゃん?」
私、じろりとなっちゃんを睨み付ける。
普段はそこまで敵視してるわけじゃないのよ? ただ、ちょっと裏がありそうで……。
「やー、特に理由はないんだけどさー」
なっちゃんは頭の後ろに手を組んで、あっけらかんと言い放つ。
するとシシちゃんも面白がって、なっちゃんと同じ姿勢を取って便乗し始めた。
「――友達と帰るのに理由なんかいらないわよ――」
(んん? 何してんのよこの子)
よく見れば今日のシシちゃん、なっちゃんと同じ髪型だわ。制服の着崩し方やボタンの外し方もそっくりそのまま。
え、何? 真似するのが流行ってるの?
なっちゃんが居住まいを正すと、シシちゃんも姿勢を直す。
なっちゃんが私市さんに目配せすると、シシちゃんも彼女に目配せしてた。
何この
「――あたしは二組の沖渚だけど――私市さんと話すのは初めてだわ――大丈夫かな?」
ちょっぴりシシちゃんが顔色を
無理もないわ。私市さんって相当な学歴偏重主義者として有名だから、学力で劣る二組の生徒はどんな仕打ちを受けるか気が気じゃないはず……。
「安心して下さい」
私市さんは意外にも、柔和な微笑と口調でシシちゃんに語りかけたのよ。
……あれっ? 想定と違う?
あまつさえ私市さんはシシちゃんの正面へ進み出るや否や、ぺこりと頭を下げる始末。
これにはシシちゃんも面食らったのか、目を丸めてる。
「――何を謝ってるの?」
「先日の家庭科で、沖さんはわたしと苗字の響きが似ていたせいで被害に遭われたとか。わたしに直接の罪はないにせよ、間接的な原因であることを謝罪します」
「――はぁ――」
「つきましては、学歴差別も封印します。二組の生徒とも分け隔てなく接し、見聞を広めます。わたしとお友達になって下さいませんか?」
言い終えると同時に、握手まで求めて来た。有無を言わさぬ完璧な流れだわ。相手の意表を突き、友好を示して、心を掌握する。さすが才女ね、何もかも計算されてる。
「――なら、いいけど」
おずおずとシシちゃんは手を取り合った。
完全に私市さんのペースに呑まれてる。ついでに私も微笑みかけられたから、一応スマイルで返しておいたわ。シシちゃんが良いなら、私も特に困らないし。
「――私市さんのような優等生が、あたしと並んで帰るなんてね――」
「あら、それほどでもないですよ」屈託なく答える私市さん。「朔間学園は成績順でクラス分けしますけど、一組のさらに上には、良家の子息令嬢を集めた特進クラスがありますから。わたしは飽くまで一般クラスでの首席です」
遠慮してるんだかしてないんだか、結局は自分がトップだと自慢してるようにしか聞こえなかったけど、私がひねくれてるだけ?
「私市さんの帰り道って、私たちと一緒なの~?」
疑問をぶつけると、当人がたおやかに頷いてみせる。
「この先にあるJR
「そぉ言えばぁ、私市さんって海浜区に住んでるのよねぇ」
りょーちゃんが私たちの前に躍り出た。
急にどうしたのよ。りょーちゃんはごそごそと通学鞄をまさぐったかと思うと、中から一枚の紙きれを取り出したの。
何あれ……チラシ?
「海浜区で開催される『スノー・イルミネーション・フェスタ』も目と鼻の先かなぁ?」
スノー・イルミネーション・フェスタ?
きらびやかな白銀の氷雪を想起させる色調で、文字が
二月下旬の一週間だけ開催されるお祭りだそうで、観光スポットやデートスポットにもなってるみたい。
「海浜駅前のショッピングモールにぃ、
へ~、そんなのやってたんだ。
札幌の雪祭りみたいなものかな? あっちと違って、こっちは電飾だけど。
「ええ。わたしのアパートからよく見えますよ」
「アパートからぁ?」
りょーちゃんが俄然、私市さんに食い付いた。
この子、食べ物以外にも夢中になるものがあったのね。私市さんは、りょーちゃんの肉迫を手で制しつつ相槌を打ってる。
「はい、わたしの家は海浜駅の横にあるアパートの最上階なんです。なので、ショッピングモールを俯瞰できるんですよ」
「わぁ、それ羨ましい。見に行きたいんですけどぉ」
りょーちゃんが目を輝かせてる。
胸の前で手を組んで、拝み倒さんばかりの勢いだわ。よっぽど人気なのね。
「フェスタ中のモールは混みまくってぇ、まともに歩けないのよぉ。どのお店も超満員だしぃ……私市さんのアパートにお邪魔して、ゆっくり高みの見物しても良いかなぁ?」
「構いませんよ」
あっさり承諾されてるし。
私市さんの二つ返事は、むしろ私たちが度肝を抜かされたわ。もともと仲良しのなっちゃんはともかく、りょーちゃんまで速攻で受け入れるなんて……さっきもシシちゃんに謝罪してたし、実は人当たりが良いのかな?
「よろしければ、皆さんでお越し下さい」太っ腹なことを言い出す私市さん。「わたしの親は夜遅くまで仕事なので、誰も居ないんです。わたしも今日はモールへ出かけるつもりでしたが、友人を招くのも悪くないですね」
「い~の? 予定狂わせちゃうけど」
さすがに私が懸念すると、私市さんは大仰に肩をすくめたわ。
「良いですよ。夜の二〇時までは大変混雑するので、アパートから見物しましょう。そのあとは店じまいする店舗も出て来るので、人波も引き始めます。そうしたらゆっくりモールへ繰り出しましょう」
さすが地元の人間、詳しいわね。
確かに混雑時は、特等席から望遠するのが最適ね。
「じゃ~私も参加しよっかな~?」
私、陥落。
ちょっと興味が湧いちゃった。それを引き金に、なっちゃんがてきぱきと段取りを整えるのもちゃっかりしてるな~。
「じゃーさ、時間決めて集まり直そーよ。油見ちゃんは一足先に海浜駅へ帰ってもらうとしてー、うちら四人は服を着替えて実ヶ丘駅に集合ねー」
私市さん以外はみんな、実ヶ丘駅周辺に住んでるのよね。
「今の時間が一五:四五だからぁ、帰宅して着替えて出かける準備してぇ、一七:〇〇くらいに実ヶ丘駅前でいぃ?」
りょーちゃんもスマホを取り出してタイムスケジュールをメモしてる。
いいんじゃない? 一時間以上も余裕があれば充分間に合うし。
「――あたしも行っていいの――?」
「もちろんです、沖さん。お近付きの印に」
おずおずと進言するシシちゃんに、私市さんは優しく手を差し伸べた。
さらには、なっちゃんがシシちゃんの肩を抱いて勇気付ける念の入りっぷりよ。
「油見ちゃんはうちの親友だよー? シシちゃんとも気が合うこと間違いなしさー」
「――それを聞いて安心したわ――」
「でしょでしょー?」
二人して
さっきから本当に仕草がそっくりね。似た者同士? 一体いつからこ~なった?
(なっちゃんて、家庭科室の『もう一人の犯人』なのに~……)
ナミダお兄ちゃんの別解によると、シシちゃんに『農薬』を盛った犯人は、なっちゃんなのよね。私市さんも一枚噛んでるとか……うう~、ちょっと心配だな~。
「スノー・イルミネーション・フェスタか~……」
お祭り自体は綺麗なんだろ~ね。そんな素敵なイベントがあるなら、お兄ちゃんと二人きりでデートしたい所だけど――。
*
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