2――節分お化けへ(前)

   2.




(暑い~っ。冬なのに暑いよ~!)


 着ぐるみで全身を覆った私たちは、いよいよ仮装行列をお披露目したわ。


 先日まで雪が降ってた二月の寒空は、普通なら身震いすること間違いないのに、鬼の着ぐるみで外気をシャットアウトされた生身の体は、ものの五分で汗ダラダラの悲鳴を叫び始めたの。


 ま、当然よね……着ぐるみって布と綿で出来てるんだもん。そんなものが気密性を保って包み込んでれば、暑苦しいに決まってる。


 両手も着ぐるみに覆われてるから、顔にしたたる汗すら拭えないの。これでも着替えるとき、上着とかは脱いで極力軽装になったんだけどな~。


 汗の洪水で、ブラもパンツもぐしょぐしょだわ……。


「――ルイ、ふらふらしてるけど大丈夫――?」


 沖渚が隣に寄り添って、私の肩を(着ぐるみ越しだけど)ぽんぽんと叩いた。


 くっ、この女に励まされるなんて屈辱なんだけど、今の私には反抗する余裕すらなかった。ていうか返事すらままならないわ。ぜぇぜぇ……。


 そもそも沖渚は金太郎の格好なんだから、鬼役の私に馴れ馴れしく接触しない方が良いんじゃない?


 なんで英雄と鬼が仲良く連れ立って歩かなくちゃなんないのよっ。


「何だあれ、鬼と並んで歩いてるや」


 商店街をすれ違った子供たちが、私たちを遠くから指差してる。


 ほら~笑われてるじゃん。とか思ったら、子供たちは携行してた袋から、豆を不意打ち気味に投げ付けて来たわ。


 着ぐるみをかぶってるから痛くはないけど、気持ちの良いもんじゃないわね……。


「金太郎にも豆が当たっちゃったけど、まぁいいや」


 子供たちは深く考えずに去ってく。


 何にせよ沖渚の急接近が奇異なことに変わりないわ。さっさと離れなさいよっ。


 こんな風に、通行人は節分お化けの仮装行列を見物し、ときには豆をまいたりして、上手に私たちをいなしてた。


 毎年やってるらしいから、お客さんも手慣れてる。


 もちろん私以外の鬼役――アラフォー主婦たち――も豆をぶつけられてたし、自治会じゃない一般参加(コスプレって言うんだっけ?)もちらほら合流してた。地元のローカルテレビ局やラジオ番組も撮影に来てる。


 ひゃ~、私もついにメディア進出?


 顔が映らないから意味ないけど……着ぐるみの中に私みたいな超絶美少女が潜んでると知ったら、お茶の間の視聴者が腰抜かしちゃうだろうな、なんてね。


「辛そうだな、着ぐるみは初めてか? 力抜けよ」


 後ろでは阿保くん扮する桃太郎が、やはりバテてるっぽい一寸法師(美憐ちゃん)の背中を押してたわ。


 一寸どころか一六〇センチくらいある美憐ちゃんは、阿保くんの声に返事すらよこさない。暑くて喋る気力すらないみたい。下手すると脱水症状や熱中症に陥るもんね。真冬なのに熱中症っていうのも皮肉な話だけど……。


 とまぁ若者でさえこの調子だから、前を行くアラフォーたちは当然、こんなもんじゃ済まなかった。


 赤鬼に成り済ました丹羽さんは持ち前のリーダーシップでみんなを先導してたけど、案の定、たどたどしく追従する緑鬼(水島おばさん)をときどき肩越しに睨んでは、辛辣な檄を飛ばしてる。


 ただでさえそそっかしい水島おばさんのこと、着ぐるみなんてまとったらなおさら足がおぼつかなくて、あちこちで転んだり、つまずいたり、ときには通行人とぶつかったりするなど、眉をひそめる失態が目立ったの。


 あ~、これは丹羽さんが目くじら立てても仕方ないわよね……そもそもこんな人に着ぐるみやらせるなよって話だけど。


「あ、すみません」


 水島おばさんが一般客にもたれかかってしまい、平謝りしてる。


 その数分後、今度は足がもつれて車道へ飛び出しそうになる。


 み、見てらんないよ~。


 目が悪いせいか、この人って普段からビクビクしてて挙動不審なのよね。


「水島さぁん、罰金千円ね!」


 そのつど丹羽さんが、冷ややかに通告してるのも聞き逃せない。


 千円が義務みたいになってる……いちいちお金をむしり取られる水島おばさんは、ますます萎縮しちゃって、何度もドジを繰り返す悪循環。


「きっと赤鬼の中身も真っ赤になって怒ってるわネ、あれ」


 青鬼の滋賀さんが、他人事のようにぼやく。


 この人は着ぐるみでも喋る元気はあるみたい。厚化粧は崩れてそうだけど。


「赤鬼はがめつい『貪欲』さの象徴であり、あらゆる悪心の代表ヨ。さすがはお丹羽様よネ、仮装企画担当らしい烈女っぷりだワ。赤鬼にぴったり!」


「…………」こくこく。


 黒鬼の香川さんが無言で同意してる。


 ふ~ん、そう言えばお兄ちゃんが「鬼の色にも役割がある」って話してたっけ。


 アラフォーなら人生経験も豊富だろうし、いろんなしがらみや邪念を抱えてるんだろうな~。私は黄鬼を着てるけど、黄色はどんな意味なんだろ?


 滋賀さんの能書きは続く。


「あたしの青鬼は、貧相や貧困の邪心よネ。はいはいリアルで貧乏ですヨ。四〇歳の節目に旦那の会社が潰れちゃってサ。せめて見栄張ろうと化粧や身なりは派手にしてるケド。ほーら皆さん、青鬼に豆をぶつけて貧乏を追い払ってちょうだいナ!」


 やけっぱちに両手を広げて、通行人へアピールし始めたわ。


 四〇歳で貧乏か~。嫌な挫折もあったものね。


「…………」ぐいぐい。


 そんな青鬼の暴走を止めるように、黒鬼が無言で手を引き留める。


「何サ。あんた寡黙だけど、黒鬼には愚痴ぐち悪口雑言あっこうぞうごんの意味があるのヨ。黙ってないで口に出したらどうなのサ? お丹羽様もあてつけめいた鬼を配色したわよネ」


「…………」ぷるぷる。


 首を横に振って否定する黒鬼(香川さん)だけど、確かに一切口を利かないのって、いかにも心に闇を抱えてそう。


 そこで後列の阿保くんが口を挟む。


「ちなみに緑鬼は不健康や病魔。黄鬼は我執や身勝手、自分本位な甘えという意味だ」


「ふぇっ? そ~なの?」


「別に湯島がそうだとは言ってない、飽くまで鬼の色彩が持つ役割だ」


「そうだけど~、何となくあてがわれたような配色ね……」


 私、むすっとほっぺを膨らませちゃった。


 着ぐるみを装備して最初に発した言葉がこれだなんて、自分でも情けないけど。


(みんな、豆まきに便乗してさまざまな心境を見立てられてるのね)


 大人たちの軋轢を観察しながら、私は深く溜息をついた。


 その吐息も着ぐるみの中にこもっちゃうから、ますます暑苦しかったけど……。




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