1――降雪の病院へ(後)

 私は制服から私服に着替えて、お兄ちゃんの通院に付き添ったわ。


 服装はもちろん、お兄ちゃんとペアルック。同じポロシャツとカーディガン。羽織ったモッズコートもお揃いよ。さすがにボトムはミニスカとニーハイソックスだから別物だけど。


 雪道を私が先頭になって掻き分けて、義足のお兄ちゃんが歩きやすいよう血路を開く。


 かくして到着した実ヶ丘市民病院は、雪と氷柱つららに覆われた氷の城と化してた。


 うわ~、真冬なだけあって、白亜の病棟がさらに白いわ。驚きの白さ。


「ルイ、気を付けなよ。軒先の氷柱が落下して来る恐れがある。あるある」


「お兄ちゃんこそ、屋根の落雪をかぶったりしないでよね~?」


「あはは。直撃をくらって死亡する人とか、ニュースでよくあるね」


 いや、さすがに笑えないよ~お兄ちゃん。


 頭上に注意しながらピロティをくぐって、私たちは院内へ踏み込んだわ。


 中は暖房が効いてて、ほっと一息。ロビーには自販機もあって、速攻で温かいコーヒーを買っちゃう始末よ。


「じゃあ僕はリハビリルームに行くよ」


 お兄ちゃん、そそくさと目的地へ向かっちゃった。


 え~、コーヒー買ってる私は無視? しまった、距離を置いた隙に別行動されちゃった……やっぱりお兄ちゃん、私がまとわり付いてると窮屈なのかな?


 普通、可愛い妹に懐かれたら喜ぶって聞いたのに――。




「……あら……ルイじゃないの……」




「――ふぇっ? お母さん!」


 な~んて考えてると、前方から距離を詰めて来る女性が居たわ。


 私に似て背が低い、黒髪をたなびかせた四〇代。


 湯島溜衣子るいこ


 この病院で精神科医やってる。今も白衣姿で、いかにもお医者様って感じ。体格と同様に童顔で、下手すると私の姉に間違われることもあるわ。


「……ルイが居る……ということは……ナミダも来ているのね……リハビリかしら?」


 お母さん、ゆったり一言ずつ間を置いて喋る癖があるのよ。


 柔和で聞き取りやすい、心を癒す専門家ならではの優しい口調。


「うん、私はここでお兄ちゃんを待ちぼうけ~。お母さんこそ何してるの?」


「……わたしは帰宅の準備よ……今日は午前中で上がる予定だったんだけど……やっかいな患者が担当になってね……少し残業しちゃったわ……」


 お母さん、心労がたたってげんなりしてる。


 精神科医が神経衰弱するなんて、ミイラ取りがミイラになったみたい。


「……ルイ……あなたも気を付けた方が良いわ……はぁ……」


 耳に顔を寄せたお母さんが、神妙に小声でことづけたの。


 へ? 何が?


 私、目をぱちくりさせちゃった。


 単なる訪問者に過ぎない私が、病院で何を注意しろって言うの?


「……今、この病院……去年が入院中なの……」


「トラック運転手の、奥さん~!?」


 たまらず声が裏返っちゃった。慌てて口をつぐんだけど、一度出た驚きは戻らない。


 そう。お兄ちゃんは去年、トラックに轢かれて左足首を失ったのよね。


 運転手は、直接の加害者よ。配偶者に罪はないけど、顔は合わせたくないな~。


「……さらに、その娘さんも心を病んでいて……精神科へ通院を始めたのよ……」


「娘っ!?」


「……運悪く……わたしが担当医なのよね……」


 加害者の娘を、お母さんが診療?


 皮肉な巡り合わせ過ぎるでしょ、これ……。


 私、とてつもなく嫌な予感がしたわ。


 この期に及んで再会するなんて、トラブルの前触れとしか思えないじゃない。


 こういうときに限って、女の勘って当たるのよね……あるある。な~んて、お兄ちゃんの物真似。きゃ~、今お兄ちゃんと一心同体になれた気がするっ。


 って、はしゃいでる場合じゃないわね。


 変な役者ばかり揃っちゃって、私は全身を身震いさせたわ……帰りたい……。




   *




 ――私たちの新たな顛末は、こうして幕を開けたわ。


 お兄ちゃんの義足にまつわる因縁から、大きな事件ミステリーに巻き込まれてく――。




   *



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