3――コンテナハウスへ(後)



「き、金塊の山っ!」



 目にまぶしいっ。


 そこに積まされていたのは、紛うことなき金のブロック。あるいは延べ棒。


 メッキとは思えない重量感を伴って、私たちの前に君臨してるのよ。


「え、これ本物?」


「本物じゃな。それもかなり高値たかねじゃ」おじいちゃんの炯眼。「かつて純金を扱っていたから判るわい。凍助め、財産は銀行に預けろと言ったのに、ヘソクリしとったのか?」


「ヘソクリじゃねーっスよ」


 異論を唱えたのは、氷室だったわ。


 みんな慌てふためく中、この人だけは平然と鼻を膨らましてるの。


「あの人は『錬金術師』っスよ? 彼と俺の二人で錬成した、正真正銘の純金っス! 出自を明かせねーから、手許に保管してただけっスよ」


「馬鹿な! 錬金術なんぞ実在するわけがなかろう!」


 おじいちゃんが受け入れられず、かぶりを振ってる。


 私も同感だったわ。ただの土塊つちくれから黄金なんて、出来っこないもん。


「……錬金術は、結果として物質の化合や合金開発に貢献したけど」あごに手を当てるおば……姉さん。「純金そのものを生成したことは、歴史上、一度もないはず……成分が違うからね。中世ヨーロッパでは詐欺師の常套手段だったくらいよ」


 ですよね~。


 けど、氷室はひるまない。目の前に現物が輝いてる以上、彼の自信は揺るがない。


「じゃー次は工房アトリエを見てみるっスか? 凍助さんを探すついでに。あっちの倉庫にも黄金が保管されてるっスから」


「ええ~……」


 気に食わないけど、どのみちコンテナハウスに凍助おじいさんが居ない以上、私たちはしぶしぶ移動したわ。


 その際、玄関を出たおば……姉さんが、不意に「あれっ?」と上ずった声を叫んだの。


「どうしたの、おば……姉さん?」


「ん。ちょっとね」前方を指差すおば……姉さん。「玄関から見える景色が、少し変わってるような気がして」


「景色?」


 つられて私も正面を眺めたわ。


 裏庭の彼方、木立ちと木立ちの合間から眺望できる山々。


 そうそう、ここからはちょうど、金山の雄大な景観が覗けたはず……よね?


「あれれ? 金山が、木陰に隠れちゃってる」


 景観が変わってる。


 なんで?


 さっき訪れたときは、金山を正視できたはずなのに――。


 それに、コンテナハウスの左脇に掘られてた穴もなくなってるわ。埋め立てたのかしら?


 あ、もしかして凍助おじいさんの死体、犯人が裏庭の穴に埋めて隠したとか――?


「何を突っ立っとるんじゃ」


 雹造おじいちゃんが背後からどやし付けたわ。


「わわ、ごめんなさいっ」


「玄関前で立ち止まるんじゃない、さっさと工房アトリエへ向かわんかい」


 私たちは急かされるように、先導する氷室の後ろをぞろぞろと追尾してく。


 ハウス脇にはさっきと同様、洗濯物や靴拭きマットが数枚、干されてる。その横を通り過ぎれば、目指す工房アトリエが建ってるわ。


 工房アトリエも開けっ放しだった。田舎って大抵こうよね、いちいち鍵かけない。


 中にあったのは、さっき見学したときと同じ石臼だの大窯だの浅い水槽だのと言った、物々しい設備ばかりよ。


(凍助おじいさん、ここにも居ない)


 むむぅ~、本格的に行方が判らないじゃないのよぉ。


「さーてご開帳っス。目ん玉引ん剥けっスよ」


 氷室が、工房アトリエの最奥にあった金庫を解錠してみせたわ。


 わ、暗証番号知ってるんだ? 凍助おじいさんから相当な信頼を寄せられてたのね。まぁ、そうじゃなきゃ錬金術なんて手伝わせないだろうけど。


 ギギギっていう重たい音とともに、金庫の扉が開かれたわ。


 そこにあったのは――やっぱり目に毒々しい黄金の輝煌きこう


 麻袋に詰め込まれた砂金の束が、所せましとひしめいてるじゃないのよっ。


「わわわ、砂金の山! こっちも高値たかねっぽい」


「どーっスか? これでもまだ、俺と凍助さんがインチキだと言えるっスか?」


「ふん、詐欺師がいきがるでない。その凍助はどこにおるんじゃ!」


 お、おじいちゃんはブレないなぁ……。


 すでに財産を築いたおじいちゃんにとって、砂金なんてどうでもいいみたい。


 問い詰めるおじいちゃんを、まぁまぁとおばあちゃんがなだめてる。


「凍助さん、迂回路から屋敷へ戻ったのかも知れないわねぇ。だからすれ違いに――」


「え~、あの致命傷で動けるわけないわ!」頑として死体説を譲らない私。「凍助おじいさん、心臓を杭で一突きだったわよ。ここの工房アトリエにあった杭よ。ほら、そこの棚に!」


 私が視界の端に見付けた鉄製の杭は、間違いなく同じ代物だったわ。


 その一本を凶器として用いたのは、間違いない。


「死体なんかどこにもねーっスよ!」嘲弄する氷室。「驚かそうとしたって無駄っスよ」


「違うもん! 本当に見たんだもん!」


「じゃー誰が殺したんスか? 一番怪しいのは、そこの鮎湖さんっスよね?」


「は?」


 思いがけず指差されて、鮎湖さんのみならず私たち全員が言葉を失ったわ。


 まさかの嫌疑。


 氷室はしゃあしゃあと続きを述べるの。


「だってさー、話によれば、あんたら二人が第一発見者なんスよね? 最初に見付けた奴が実は一番怪しい、なんてお約束じゃねーっスか? まーそっちのスレンダーな子は可愛いから、付き合ってくれるなら見逃してやってもいーっスよ?」


「はぁ~?」


「そ、そんな、わたくしはっ」


 何よこいつ、私たちを疑ってるの?


 あんたと付き合うなんてまっぴら御免なんだけど私。


 ん? でも、言われてみれば――。


「あ、そっか。もともと鮎湖さんが隠し通路から出て来た所を、私と鉢合わせたのよね。鮎湖さんが殺して、隠し通路を引き返して来たときに運悪く出くわしたってこと?」


 状況的には、充分にあり得る――?


「ち、違いますっ」ぶんぶんと両手を振って否定する鮎湖さん。「わたくしは、単に隠し通路を発見しただけですっ。人様をあやめるなんて、とてもとてもっ」


 ありゃりゃ、鮎湖さん涙目になってる。


 本気で潔白を訴えてる感じよね、これは。


「む~。凍助おじいさんの不可思議な人物像もあいまって、煙に巻かれてる感じ」


「父さんはトリック・スターみたいな人だったからね……」


 おば……姉さんがぽつりと呟いたわ。


「とりっくすたー?」


「心理学の属性なんだけど」懐から本をちらつかせるおば……姉さん。「奇行と奇想で、場の流れや空気を変えてしまう心理属性よ。悪く言えばトラブル・メーカーね……父さんの奇抜なアイデアが、かつての金山経営を左右してたのは事実だし……」


 なるほど~……今やってる錬金術関連も、凍助おじいさんの奇策なんだろうなぁ。


 思いがけない横槍を挟むことで、新たな活路が開けたり、思わぬ方向へ話が動き出したりする。まさにトリック・スター。


「と、とにかく警察に通報を」


「何を通報するんスか? 死体なんてねーのに? 凍助さんはたまにふらりと河原の散歩に出かけたりするっスから、そのうち帰って来るんじゃねーっスかね?」


「むむ~」


 やっぱり私、この人嫌い。


 事件を認めたがらないなんてムカつくぅ。


 まぁ現状、私と鮎湖さんが狂言で煽動してるようにしか見えないけどぉ……。


「それに俺、知ってるんスよ? そこの鮎湖さんって、凍助さんの愛人っスよね?」


「え……!」


 わわわ、たちまち雰囲気がガラリと代わっちゃった。


 みんな凍り付いたみたいに、鮎湖さんを注目して動かなくなっちゃう。


 ちょっとちょっと、あんたが場の展開を急変させるトリック・スターじゃないのよっ。


 氷室はしたり顔で暴露し続ける。


「そいつの親って、凍助さんが金山経営の頃に雇った付き人だったんスよ。で、現在、独り身になった凍助さんは、あの歳になっても性欲旺盛で、付き人の娘を囲ってたわけっスね。俺、コンテナハウスのそばで仕事してるから、全部見てるんスよ? ときどき凍助さんを世話する名目で、ハウスにシケ込んでるのを」


「え、えっと、わたくしはっっ」


「カネもたんまりもらって、半強制的に従わされてたはずっスよ。ほーら、これで動機も出来た。殺すとしたら、愛人に嫌気がさした鮎湖さんが最有力じゃねーっスか?」


「違いますっ」


 鮎湖さん、しどろもどろに泡食ってる。


 え~、鮎湖さんにそんな出自があったなんて……同じ女として見過ごせないし、めちゃくちゃ可哀相なんだけど。


 不憫すぎるよぉ……。


 しくしく。


「ううっ、何その悲壮な経緯。私、泣いちゃうっ」


 ぽろぽろと、私の目から滂沱ぼうだの涙が溢れちゃった。


 そうなのよ……私ってば、実は


「何泣いてんスか?」


「酷すぎるよっ。私はの! あんたも見て見ぬ振りなんて最低!」


「何だと、失礼なガキっスね! 名を名乗れよてめーっ!」


「私? 私の名は――」


 私は売り言葉に買い言葉で、堂々と自己紹介してやったわ。




「私は湯島泉水いずみ! よ!」




 大見得、切ってやったわ。


 そう。


 私は、泉水。


 共感しやすい、涙もろい女。


 そしたら、溜衣子るいこ……がプッと吹き出すの。


「あらあら……泉水ちゃん、泣きながら怒っていて面白いわね」


……は黙ってて下さい!」


 私は涙を拭いながら、なおも啖呵を切ったわ。


 ケータイを取り出して大至急、電話をかける。


「もしもし、みつる? 繋がるかな?」


『何だい』


「繋がった! お兄ちゃん聞いて聞いて――」


『あのさ、いくら隣に住む幼馴染だからって、そろそろお兄ちゃん呼ばわりはやめて欲しいなぁ。はもう高三だし、受験勉強の冬期補習で忙しいんだよ』


 あ、切られちゃった。


 ふん。判ったわよ、これからは「三船みふねくん」って他人行儀に呼んでやるから!




   *




 ――ええ、そうよ。


 これは私・の出来事。


 当時の私は、今のルイちゃんにそっくりだったわ。


 昔の溜衣子さんも、今の私に似ていたわね。親戚だから似てしまうのね。おばさん呼ばわりしてごめんなさい。今は私が呼ばれる立場になって、身に沁みているわ……。


 ――これは若かりし私が、溜衣子さんと初めて事件を解決する、記念すべき逸話よ。




   *



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