3――コンテナハウスへ(前)

   3.




「信じて、おば……姉さん! 隠し通路を抜けた先に、死体があったの!」


「んー……でも、ついさっき元気な父さんと会話して来たでしょ。私を担いでない?」


「信じてよぉ! 実際にこの目で見たのにぃ~!」


「いくら疎遠とはいえ、実の父を死人扱いされたら、さすがに怒るわよ……?」


「本当なのよ~!」


 私は必死に訴えたんだけど、なかなか信じてもらえなかったわ。


 屋敷の和室へ取って返して、最初に遭遇したのがおば……姉さんだったのも不運よね。だって、生前の凍助おじいさんと対面したばかりだもん。疑われるに決まってる。


「本当なんですっ」鮎湖さんの助け舟。「わたくしも一緒に見たので、どうか信じて下さいっ。早く確認して、警察に通報を――」



「何事じゃ、騒がしいのう」



 ――ふすまが開いて、おじいちゃんが和室に帰って来たわ。


 あ、またトイレ行ってたのかな? 本当に膀胱ぼうこうがゆるいのね、お年寄りって。


「おじいちゃん! 大変なの、廊下に出て、早く!」


「どうしたんじゃ、藪から棒に」


「――裏庭で凍助さまがお亡くなりになられたのですっ!」


 鮎湖さんが金切り声を上げると、おじいちゃんの顔色は急変する。


 おじいちゃんやおばあちゃんの体に鞭打つような真似はしたくなかったけど、こればっかりは一刻を争う事態だし、一緒に来て欲しいのよね……。


「あらあら。本当なのかぇ?」


 おばあちゃんも、ようやくコタツから顔を上げたわ。


 ふぅ、ようやく喰い付き始めた……。


(みんなを説得するだけで一〇分以上かかってるんだけどっ)


 今すぐにでも現場へとんぼ返りしたいのにっ。


 業を煮やした私は、おじいちゃんの体をくるりと反転させて、背中を押したわ。


 向かう先はもちろん、廊下の隠し通路よ。


 百聞は一見に如かずって言うし、現物を拝ませるのが手っ取り早いよね?


 鮎湖さんも、おばあちゃんの手を引いて、コタツから引き剥がしてる。強引で申し訳ないけど、家人に確認してもらわなきゃ話にならないもん。


 後ろでは、おば……姉さんが相変わらず眉をひそめてるけど。お願い、信じて!


「あ、裏庭に出るから、靴も持ってった方が良いかも」


 いったん玄関へ戻って、外履きを携えてから隠し通路に入ったわ。


 中を歩くにつれ、全員の足取りが自然と早くなる。おばあちゃんだけは歩き慣れてないのか、やや速度を落としてたけど。


 通路の長さは、歩いて五分弱。走れば一分くらい。早歩きだと二~三分ってとこ。


 時間としては、すでに死体を見付けてから二〇~三〇分が経過してる。


「おお、抜け道の出口が開いとる」


 おじいちゃんが口をへの字に曲げたわ。


 ね、言った通りでしょ?


 ここを抜ければ、いよいよ凍助おじいさんの死体とご対面だわ。見るのもおぞましいけど、工房アトリエにあった鉄製の杭で心臓を一突き――。



「何じゃ。ではないか」



 ――の、はずだったのに。


「あ、あれっ?」


 光射す出口をくぐり抜けた私たちは、コンテナハウスで昏倒してる凍助おじいさんを指差そうとしたんだけど……。


 ない。


 ――ないの。


(凍助おじいさんの死体が、ない!)


 私と鮎湖さんが目撃したはずの死体は、跡形もなく消え去ってたのよ!


 ふえぇ……どうして?


「お、おかしいわ。そんなはず……」


 私、目が泳いじゃった。


 鮎湖さんに救いを求めるけど、彼女も呆けた形相で視線を彷徨わせてる。


 ――玄関は、綺麗なものだったわ。


 確か死体は、ここに敷かれてたマットの上で、血を流して倒れてたんだけどなぁ……。


 改めて目視したマットは、血痕一つないの。


「身内の死体を吹聴するのは、趣味が良いとは言えないわよ……?」


 おば……姉さんが半眼で睨んでる。


 ち、違うのっ。本当に見たんだもん! どうして死体がなくなってるのよっ?


「――何の騒ぎっスか?」


 今度は、私たちの背後から、新たな声がかけられたわ。


 びっくりして振り返ると、工事員が隠し通路から強い足取りで登場したじゃないのっ。


「あ、あなたって」


「どーもっス。俺は氷室ひむろ浩太こうた。凍助さんに雇われた土方っス」


 土埃にまみれた作業服ツナギ姿で、その人は武骨な頬をにんまりとゆるませたわ。


 うわ~、不敵な笑み……それより今、どうして隠し通路から出て来たのよっ?


「何スかその目」


「あ、いえ、別に」


「ま、若い女の子に睨まれるのも悪くないっスけどね」マゾなのこの人。「俺はいつも通り、三時の休憩に屋敷へお邪魔しただけっスよ。そしたら、みんなして廊下の抜け道に入るのが見えたんで、俺も興味湧いて、付いて来ちゃったっス」


 あ~、そう言えば三時休憩で工事員が屋敷に戻るって話、聞いたわね。


 和室でモタモタしてたせいで、一部始終見られちゃったのかも知れないなぁ。


「ところで君、可愛いっスね。スレンダーで可愛いし、付き合わねースか?」


「はぁ?」


 え、何こいつ気持ち悪い。人のことじろじろ見てんじゃないわよ。こんなときによくさかれるわね。私の体をそういう目で見て良いのはお兄ちゃんだけだってば。消えろ。


「とにかく凍助さまを探しましょうっ」


 鮎湖さんが顔面蒼白になりつつも、コンテナハウスの玄関を開けたわ。


 鍵、かかってない。


 中に居るのかな?


 胸を刺されたけど実は息があって、屋内を這いずり回ってるとか?


「お邪魔しま~す……」


 こわごわと入室した私たちは、ワンルームのハウス内を、ざっと見て回ったわ。


 ユニットバス、台所、洗面所、クローゼット。そして居間兼寝室の六畳間……。


 凍助おじいさん、見当たらない。


 室内は少し乱雑だったけど、普通の生活の範囲だわ。特に争った形跡とかはなさそう。


(キャスター付きの家具とか、調度品とか、妙に片側へ寄せられてるわね……)


 向かって右側へ、物品が集中してる気がするの。横滑りしたみたいに。


 部屋の左側にスペースを設けて、布団とか敷いてたのかな?


「居ないなぁ」クローゼットに手をかける私。「あれは目の錯覚だったのかな……って、わああああっ!」


 がちゃりとクローゼットを開けた私は、とんでもないものを発見しちゃった。


 私の悲鳴に驚いたみんなも、こぞってクローゼットに殺到しちゃう。


 だって、ここにあったのって――。



「き、金塊の山っ!」



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