解答編
4――どんでん返しの余地はない
4.
「と、とにかく警察に通報した方が――」
「通報して何になるんスか? 死体なんて見当たらねーじゃねースか!」
氷室が一笑に付してる。
こいつと凍助おじさんって、共同で錬金術の金塊を山分けしてるんでしょ? 普通なら真っ先に凍助おじいさんの行方を心配すると思うんだけどなぁ~。
「じゃあどうしろっていうのよっ」
私は言いようのない不満に唇を尖らせちゃう。
鮎湖さんもだけど、自分たちの言い分が認められないのってストレスたまるわねっ。
本当に凍助おじいさんの死体を見付けたのに~っ!
「……手っ取り早く解決しちゃいましょうか」
現状を打破したのは、おば……姉さんの一声だったわ。
しきりに顎へ手を当て、肘を抱えて黙考してたけど、考えがまとまったみたい。
おば……姉さんにとって、凍助おじいさんは実の父親だもんね。生きてるにせよ死んでるにせよ、行方を探すために頭を巡らせるのは当然よね。
「……まず居場所を確認したいなら、携帯電話を鳴らすのが一番だけど……父さんは携帯を持っていないのよね」
出来るならとっくにやっている、と言った風采で、おば……姉さんは虚しく自分の携帯電話を一瞥してる。
氷室がますますふんぞり返ったわ。
「仮に死んでたとしても、死亡推定時刻に隠し通路を往復した鮎湖さんが怪しいっス!」
こいつめ、嫌らしく追い打ち発言しやがって~っ。
鮎湖さんはさらに萎縮しちゃう。顔をうつむけてる。
氷室って、まるで死体を見付けられたら困るとでも言いたげよね。発見されても鮎湖さんに冤罪を押し付けてやる、と言わんばかりよ。
(もしかして、氷室が怪しいんじゃない……?)
二人で錬金術をかじってたとはいえ、あの金塊や砂金を目の当たりにしたら、欲の皮が突っ張ってもおかしくないもん。
分け前や配分で揉めたのかも知れないし――。
「……いったん外に出て、もう一度死体の発見場所へ行きましょう」
おば……姉さんが先導するように、私と鮎湖さんの肩を叩いたわ。
発見場所って、コンテナハウスの玄関口よね?
私たちは促されるまま、
洗濯物やマットを吊るした物干し竿を素通りして、私たちは引き返す。
コンテナハウスの玄関は、相変わらず綺麗なままよ。玄関の足下に敷かれてたマットが血痕一つない状態。これじゃ~死体が倒れてたなんて、とても思えない。
「……皆さん、ご覧下さい」
おば……姉さんが手を振り仰いだのは、あらぬ方向だったわ。
え、とみんなして顔を向けた先は、玄関から遠く見通せる、山々の稜線だった。
木立ちの合間から一望できる山岳風景……のはずだけど。
「……金山の絶景が、先刻まではこの位置から望遠できたのですが……今は木陰に隠れて見えなくなっていますよね?」
そう言えば、そうだったわね。
この位置から見えてたはずの金山が、なぜか今は見えなくなってるの。
「つまり……コンテナハウスは、さっきと現在とで、位置がズレているんです」
「位置がっ?」
私はハッとなって、小さな胸に手を当てたわ。
みんなも目を見開いてる。
「……ええ……金山が見渡せなくなったのは、そのせいです。数十分の間に、コンテナハウスが何者かによって、場所をわずかに移動させられたんです……だから、玄関から見える金山の角度も変わってしまい、木陰に隠れたんです。このだだっ広い裏庭で、ほんの一メートルにも満たない移動なので、なかなか気付きにくいですが」
コンテナハウスは移動可能な簡易住宅だもんね。動かせるんだわ。
「あ、そっか! てことは――」コンテナハウスの隅っこを指差す私。「最初、コンテナハウスの左脇に穴があったんだけど、さっき見たらその穴がなくなってたのよ。もしかして、コンテナハウスの位置をズラして、穴の上に乗っけて塞いだの?」
「……その通り。恐らくは、その穴に父さんが隠されています」
「一体どうやって」
おばあちゃんが疑義を問えば、氷室も賛同する。
「そーっスよ! コンテナハウスが移動可能だからって、人力じゃ動かせねーっス!」
「……重機があります」
「!」
「……裏庭にあるクレーン車。コンテナハウスの吊り具にワイヤーをかけて、ほんの少し吊り上げて、位置をズラすくらいなら可能じゃないですか……?」
「う。まぁ、そりゃあ――」
氷室は言葉に詰まってる。
おば……姉さんは、さらに追及したわ。
「……この中で、現役で重機を操れる人と言えば……氷室さんだけですよね?」
「おいおい、俺が犯人って言う気っスか?」
「……まだ断言はしていませんよ? 事実確認のために、クレーン車でコンテナハウスを吊り上げて欲しいです……あなたが無実なら、協力できますよね?」
「わ、判ったっスよ! やりゃーいーんでしょ、やりゃ!」
半ばやけっぱちで、氷室さんはクレーン車に乗り込んだわ。
手慣れた操作でクレーンを旋回させ、コンテナハウスに寄せる。そのあと、コンテナハウスの壁をひょいっとよじ登って、吊り具にワイヤーをくくり付けるの。
最後にクレーンのフックと繋いで準備OK。この間、ほんの数分よ。手際が良いわね。
「持ち上げるっスよ。みんな離れて!」
氷室がクレーンを持ち上げると、コンテナハウスが浮上したわ。
嫌なきしみ音を伴って、人一人が腹這いに潜り込める程度には持ち上がった所で、おば……姉さんがストップさせたわ。
私は真っ先にハウスの下を覗き込む。地面へ四つん這いになると、鮎湖さんが「パンツ丸見えですよ」って注意したので、慌ててスカートの裾を押さえたわ。う~恥ずかしい。
「――見付けた!」
そこには、土台のコンクリートブロックで巧妙に囲われた穴があったわ。
穴の底に、凍助おじいさんの死体が捨てられてる。
血まみれのマットも、一緒に押し込まれてた。
「父さん……」
拳を握りしめるおば……姉さんが身につまされたわ。偏屈な人でも、親は親だもんね。
私ももらい泣きしちゃった。おば……姉さんより私の方が泣きじゃくってるっていう、変な絵面だけど。
仕方ないでしょ、私は共感しやすいのよっ。同情しやすいのっ。
「……これで確定ですね」気丈に振る舞うおば……姉さん。「犯人は、コンンテナハウスで死体を隠しました……その際、土台のコンクリートブロックたちも運んで、穴を囲います。一個につき三〇センチ四方ですから手で持てますね。ただし、これらは即興の作業ですから、再配置したハウスは完全な平衡にならず、右側へ傾斜してしまったんです」
傾斜?
「あ、そっか! ハウス内のキャスター付き家具や調度品が右側へ寄ってたのは、ハウスの移動で揺れ動いたのと、土台が傾いて横滑りした傍証だったのね!」
「……犯人は、血の付いたマットも穴へ隠しました。今、玄関にあるのは、替えのマットを引っ張り出したんでしょう。ハウス脇の物干し竿に何枚か吊るしてありましたね……」
考えてみれば単純な話よね。
ということは――。
「……この中で、現役でクレーンに乗れるのは氷室さん一人です。また、死体発見まで父さんの一番近くに居たのも氷室さん……加えて、疎遠な父さんの訃報なんて軽視されるから、泉水ちゃんが人を連れて現場に戻るのも時間を要すると予測できた……その間に、クレーン車による隠蔽工作を実行したのですね」
「ふざけんなっスよ!」
氷室が怒りに任せて、クレーン車のレバーを反対に押したわ。
たちまちコンテナハウスが落下して、物凄い震動をもたらすの。
土埃と騒音が舞い踊って、ゲホッゲホッ、煙たいっ、ゴホッ。あ~、洋服とニーソが汚れちゃう~。どうしてくれんのよっ。
「俺が殺したぁ? どーやって? 手口は? 動機は?」
「……あなたは休憩時間になる直前、玄関から父さんが出て来た瞬間を狙って、
「じゃーあんたらに、錬金術の説明が付くんスか? さんざん馬鹿にしてたくせに!」
「……あの
「!」
氷室がギョッとしたわ。
えっ、砂金?
「……
「錬金術じゃなかったんだ?」
私が聞くと、おば……姉さんは肩をすくめたわ。
「父さんはトリック・スターよ……奇行を演出して人を遠ざけ、砂金を占有したのよ」
「ほぇ~、なるほど」
「……川岸の岩だたみ『基盤岩』は、砂金が採れる地形として有名よ……さらに裏庭は、金山の土砂が堆積した場所……その土には当然、金脈から流出した金粒が含まれている……」
そ、そうだったのね!
錬金術なんて存在しない。するわけない。
「……氷室さんの誤算は、父さんを殺した直後、隠し通路から泉水ちゃんと鮎湖さんが現れたことです。氷室さんは物陰に身を潜めましたが、死体を目撃されてしまった……」
ハッとして私と鮎湖さんは息を呑む。
あのとき、氷室はまだコンテナハウス付近に居たってこと?
「……死体を見た女の子二人が、隠し通路から屋敷へ引き返した隙に、氷室さんは大急ぎで死体を穴に隠し、クレーン車でコンテナハウスを動かし、土台のコンクリートブロックも一部敷き直して、穴を塞いだんです……苦しまぎれの、一時しのぎですね」
「そっか」手を叩く私。「私と鮎湖さんが死体を見付けて、屋敷へ引き返して、おば……姉さんたちを説得して現場に戻るまで数十分かかったから、その間に偽装工作を?」
それだけ時間があれば、死体を隠すのは容易だわ。
今こいつがやってみせた手際、かなり俊敏だったし。
「……隠蔽を終えた氷室さんは、全速力で迂回路を走り、休憩時間を装って屋敷に到着しました……迂回路は徒歩一〇分ほどですが、走れば数分でしょう。そのとき、私たちが隠し通路へ入って行くのを目撃して、何食わぬ顔で最後尾に付いて来たんです……」
確かに氷室の奴、私たちの一番後ろにちゃっかり参列してたのよね。
あれって、そういう経緯だったのね。
「俺はそんなことしてねーっス! 凶器の杭だって、俺は日頃から作業に使ってたから、指紋とかもべったり付いてて当たり前だろーし!」
こいつ、往生際が悪いわね。
おば……姉さんは、冷ややかに氷室をねめつけたわ。
「……何にせよ、死体が見付かったので、通報できますね」取り出す携帯電話。「あなたが白か黒かは、警察が判断するでしょう……」
*
「へ~。一〇年以上も前に、そんなことがあったんだ~」
「泪ちゃんにそっくりだったのよ、一〇代の頃の私って。ついでにアラサーだった溜衣子さんも、今の私にそっくりだったわ。さすがは親戚というべきかしらね――」
「あるある。その当時、僕とルイはまだ小学校に入るか入らないかの頃だったんじゃないかな。ベビーシッターや託児所に預けられてたっけ。母さんは精神科医になる勉強の傍ら、実家を訪れたんだね」
「……そうね……懐かしいわ……」
「というか性格まで似てたんだね、母さんと泉水さんとルイは。湯島家の血は濃いなぁ」
「え~、ナミダお兄ちゃんってば酷~い。私と泉水おば……姉さんが同じだって言うつもり~? 私のお兄ちゃん愛はオンリーワンよ、専売特許よっ?」
「いや、そうじゃなくて」
「じゃ~何よぉ。確かに今日のパンツ、昔の泉水おば……姉さんと同じ紐パンを穿いてるけど~。あ、見たくなったらいつでも見てもいいよお兄ちゃん! ほらっほらっ」
「だから自分でスカートめくるなってば」
「ふふっ。あの事件以降、私は溜衣子さんのこと、きちんと名前で呼ぶようになったわ」
「……おばさん呼びは……今では構わないけど、若い頃は抵抗があるのよね……」
「ついでに三船くんのことも、呼び方を改めたわ。仕事中は警部と呼んでるし」
「そこ驚きましたよ~。泉水おば……姉さんと三船さん、幼馴染だったんですね~!」
「三船くんが大学で警察キャリアを志してからは、完全に他人行儀になったわね。遠い人になったみたいで。私は高卒ですぐ警察学校に入ったから、職歴としては彼より長いし、捜査の現場にも詳しいのよ」
「――で、今、一〇年以上の時を経て、田舎の事件に決着が付くわけか。スマホで検索したら、やっと最高裁判所で氷室被告の最終判決が出るとか。あるある」
「ようやく、って感じよね。あいつ最後まで容疑を否認して、ずーっと争っていたのよ。最高裁までもつれ込むとは思わなかったわ」
「……その間に、雹造さんも霰さんも亡くなったわね……武家屋敷も国に託して、それっきり……せめて墓前に報告くらいはしてあげようかしら……」
「母さん、そのことなんだけど」
「――お兄ちゃん?」
「僕、ふと思ったんだ。いや、もう世間的には解決した事件だし、本来ならどんでん返しの余地はないんだけど」
「……どうしたのナミダ……藪から棒に……」
「かたくなに容疑を否認する氷室さんが、本当に無実だったらどうしよう、っていう仮定に基づいた
「お兄ちゃん、また何か想像しちゃったの~?」
「僕の存在なんて、そんなものさ。
「……何が言いたいの、ナミダ……?」
「母さん、もう一人居たはずだよ。氷室以外にも、かつて重機を扱えた人が」
「え……?」
「家長の、雹造おじいさんだよ――昔取った
「……確かに雹造さんは昔、重機を運転していたし、乗り物好きだったけど……」
「泉水さんが、隠し通路前で鮎湖さんと鉢合わせたとき、トイレから雹造おじいさんが出て来たんだよね? それって実は、雹造おじいさんが凍助おじいさんを殺したあと、トイレが近いせいで立ち寄ってたんじゃないかな? その間に、隠し通路を鮎湖さんが発見して、うろうろするうちに泉水さんと出くわした」
「ちょっとナミダくん、私の祖父が犯人だったと言うつもり?」
「ごめんなさい泉水さん。僕も鬼籍に入った人を悪く言いたくないですが、仮に雹造おじいさんが逮捕されてたら、あなたは警察にはなれなかったかも知れませんね。身内に前科者が居ると、警察の採用には不利ですから……よくあるよくある」
「呆れた。聞く耳持てないわ」
「わ、私はお兄ちゃんの仮説に興味あるよっ」
「ありがとうルイ。で、雹造おじいさんは再びトイレにこもり、死体発見した泉水さんと鮎湖さんが和室へ戻るのを待って、隠し通路から裏庭へ走り、死体を隠した。その頃はもう、氷室さんも迂回路から休憩に向かってたので、クレーンを動かしてもバレない」
「そんな……!」
「死体を穴に捨て、隠し通路を引き返した雹造おじいさんは、トイレに長居してた振りをして、和室へ帰還した。折しもそのとき、泉水さんと鮎湖さんはみんなを説得しきれず、たっぷり時間的な猶予があったのも幸いした」
「トイレが近い体質を、即興で利用したってこと~?」
「そうだよルイ。だから、動機も衝動的なものさ。せっかく泉水さんが里帰りしたのに、凍助おじいさんが屋敷に顔を出さなかったから、腹を立てたんだ」
「……確かにあのとき、雹造さんは物凄く憤慨していたわ……」
「母さん、それだよ。もともと雹造おじいさんは、凍助さんの奇行に
「――雹造おじいさんこそが、トリックを駆使して場の空気を一変させる、文字通りのトリック・スターだったんじゃないかな?」
*
迷宮入り(表向き解決)
湯島涙は可能性を述べたにすぎません。真相は藪の中……人の心の数だけあります。あなただけの解答を考えてみて下さい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます