3――機関室へ(後)
「初めまして。わたくしが、科捜研より、出向しました、
うら若き女性は、一言ごとに区切って喋る、めっちゃ言葉を選ぶ人だったわ。
おかっぱ頭の黒髪、化粧っ気の少ない童顔、何よりも頭脳職っぽいインテリメガネは黒縁の四角いフレームで、理知的で近寄りがたい雰囲気を醸してる。
ブラウスとタイトスカートの上に白衣を羽織ってて、いかにも研究所員っぽい。
うちのお母さんも一言ずつ語りかけるけど、この人は断然、キビキビした滑舌で冷たい印象よ。感情がこもってない。同じ心理学出身でも、こんなに違うんだ……。
津波さんは一通り機関室を見て回って、鑑識課や強行犯係から話を伺うと、入口に立ってた私たちのもとへ舞い戻ったわ。
その際、ちらりとお母さんに目をくれて、やや意識したようなそぶりを見せる。
「……わたしも臨床心理士を持っていますよ……」
「やっぱり。道理で、同じ、空気を、感じると、思いました」
石膏で固めたような表情のまま、唇だけ開閉させてる。
ほんと無感情ね、この人。心を読まれないようにしてるのかな?
「本件を、他殺と、仮定すると、心理的な、類型論から、犯人の傾向を、見出せます」
「類型論~?」
私が首を横にかしげると、津波さんは縦に相槌を打つ。
「風車塔の、心臓部たる、機関室で、心臓を刺す。一定の法則性が、潜んでいます。これは『
「計画? なぜ判るんですか?」
お兄ちゃんが試すように口を挟んだわ。
津波さん、一瞬だけお兄ちゃんを睨み返す。感情の波がちょっとだけ観測できる。
「雪密室と、タオルです。いずれも、犯人の痕跡を、消す『計画性』が、垣間見えます」
「なるほど。あり得ますね、あるある」
「ほんの、一手間、かける、周到さ。これは、自分の犯行が正しい、という、自己満足から、来る感情、です。自己満足と言えば、似たような、心因に『英雄志向型』も、あります。事件を、自ら、引き起こし、自作自演による、英雄願望を、満たす、行為です」
「……英雄……メサイヤとも親和性がありますね……」
メサイヤ。
直訳すると『救世主』。
人々を救う『英雄』――。
「次に、他殺の場合、犯人は、左利きです」
「え!」
ずばり断言されたから、私たちは面喰らっちゃった。
「被害者の、心臓を、向かって左側から、ななめに、突き刺しています。これは、左利きの、特徴です。右利きならば、対面した相手の、心臓は、まっすぐ、正面から刺せます」
私は言われて、試しにお兄ちゃんと向かい合ってみたわ。
正対したお兄ちゃんの左胸へ、私が右手をまっすぐ伸ばせば、正面からぶち当たるわ。
でも、左手で相手の左胸を狙うと、軌道がななめに傾くの。立ち位置をずらさない限り。
「……包丁に犯人の証拠はなかったんですか……?」
「包丁の、指紋は、綺麗に、拭かれています。また、宿直室の、台所は、戸棚が、開いていました。包丁は、ここから、持ち出したのでしょう。新たに、購入したら、足が付きますからね。自分の、痕跡を、残さない、計画性」
「……痕跡がないなら、自殺かも知れないじゃないですか……」
お母さんはなおも噛み付くけど、相手にされてない。
「犯人は、非常に、計画的で、思慮深い、心理です。きっと、私生活も、規則正しく、几帳面で、一糸乱れぬ服装と、身だしなみを、心がけていると、推察できます」
「左利きで、宿直室の包丁を拝借できて、身なりの整った使命型か」顎に手を当てるお兄ちゃん。「該当者は――湧子さんだね」
「……何てこと言うの、ナミダ……!」
お母さんがたしなめたけど、指名されちゃうのも無理なかったわ。
だって湧子さん左利きだし、世話を焼きたがるメサイヤ・コンプレックスだもんね。矢川さんとも親交が深かったわ。清一さんが嫉妬する程度には。
「はい? わたしが重要参考人ですか?」
湧子さんが自分の名を呼ばれて、こっちを仰ぎ見たわ。
途端に浜里さんがずかずかと歩み寄って、叫ぶ。
「ええ! どのみち調書を作らないといけないんで、署までご同行を願いましょうか!」
「待って下さい、ボクの妻を疑っているんですか?」
清一さんが湧子さんをかばうように、自らを盾にして立ちはだかったわ。
わ、かっこいい。さすが清一さんもメサイヤよね。ちょっと胸キュン。こういうシチュエーションに憧れて、コンプレックスや英雄志向にハマっちゃうのかな~。
「お二人には、科捜研へも、お越しいただく、ことに、なりそうです」
津波さんまで、夫婦の前に進み出たわ。せ、攻めるな~この人も。
「科捜研? 何をするんですか」
「ポリグラフ、検査、です」
「ポリグラフ?」
「ユングの、連想検査を、さらに発展させた、現代的な、心理試験です」
心理試験!
まさに先刻、話題にしてた言葉が再登場したもんだから、私たちは総毛立ったわ。
偶然の一致にも程があるよ~。偶然なんて大っ嫌い。
「わたくし、科捜研の者が、事件現場で、心理分析に基づいた質問を、いくつか、作成します。それに対する、皆様の応答を、機械装置につないだ状態で、診断するのです」
「嘘発見器みたいなものですか?」
「心拍数や、呼吸の変化、皮膚電気反応、脳波など、応答時の測定から、容疑者を、鑑定します。この機械を、ポリグラフと言い、こうした質疑応答を、CITと言います」
ひぇ~、科学的な心理分析なんて、初めて遭遇したわ。三船さんは私たちを部外者だと言ったけど、津波さんはどう考えてるんだろ? 私たちも検査対象?
「CITは警察からも評価が高い捜査方法だね。あるある」
「そうなの、お兄ちゃん?」
「犯人の的中率は、実に九八%以上を誇る。反対に、無実の人を逮捕する
「さすがお兄ちゃん、物知り!」すり寄る私。「じゃ~江戸川乱歩の『心理試験』って、現代から見ると原始的なのかな?」
「古い方法ではあるね、あるある。けど、基礎的な概念は同じだよ。思い返せば、あのときの質問で、連想語の回答速度に偏りがあった人が居たなぁ」
「え、そう? ま~私はほとんどドベだったけど」
「ルイはどうでもいい。清一さんは全体的に速くて、湧子さんは全体的に遅かったね」
ど、どうでもいいって、地味に傷付くんですけど~えぐえぐ。
「一般的に、回答が遅いほど犯人視される。計画中の犯罪や、事件現場の風車に関する単語を聞くと、内心ドキリとして回答速度が鈍る、というわけだ」
そうなんだ?
じゃ~反応が遅かった左利きの湧子さんが、犯人?
だとしたら、雪密室はどうやったの? 手段は? 動機は?
(も~、せっかくのクリスマスだっていうのに、踏んだり蹴ったりだよ~っ)
吹屋夫婦のうち、どちらかが殺した。
どっちが、真の
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