無始無終

 彼女が、僕の膝に跨り、顔を真っ赤にして見つめていた。


「えーっと、怒ってんの?」

「怒っているのです」


 怒っているようには見えないが、取り敢えず黙っておいた。

 彼女は膝から降りると隣に座った。ソファがその分沈む。


 いつから好きになったか分からない。彼女と付き合い始めてからも、僕はその感情を未だに理解し得ないでいた。

 女はこの感情を、納得して受け入れているのだろうか。

 聞いてみたいと思うが、そんな勇気は残念ながら持っていない。


「昨日、また私のお菓子食べたでしょ!」

「……さあ。覚えてないな」

「またそう言う! これで何度目なの」


 彼女の口癖は「また」。過去を知っているはずのない彼女から、それはいつも発せられる。


「そんなことより」

「そんなことじゃない!」

「……」

「何よ」

「――好きだ。僕と結婚してほしい」

「…………できないよ」

「どうして?」


 膝を抱え、顔を俯かせる。僕は理由を知っている。だってこのプロポーズは数えきれない程繰り返してきたんだから。


「私は何も…覚えていないんだもんっ」

「それでも僕は、何度でも言うよ」


 彼女が自分のスカートを握りしめる。その上に、僕は左手を重ねた。

 しかしそれは一瞬で。

 僕の手を跳ね除け、部屋を出ていく。


「……」


 何度繰り返しても、彼女の答えは同じだった。

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四字熟語 慧 黒須 @kross_72

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