四字熟語

慧 黒須

夢幻泡影

「だめったらダメ! 絶対絶対ダメ!」

「分かったって、うるさいな…」


 高い空が永遠と続く。鉄格子を乗り越え、両手を広げた。

 靴を脱ぎ、その心地はいつもより良い。


 下を見下ろせば、ひやりと臓器が動く感覚がした。二歩進めば、僕は重力でペチャンコになるだろう。迷惑なやり方だが、これしか思い浮かばなかった。


 空気を求めてもがいて死ぬより、身体を千切られる痛みを感じながら死ぬより、重力に逆らわないで落ちていった方が、楽で、一瞬だと思った。

 だけど、僕の行動を止めるやつがいた。


「きみって、オバケが見えるんだね」

「自分でオバケって言うのかよ」


 仕方なく鉄格子を乗り越えて戻れば、同い年くらいの少女は胸をなでおろした。


「あんた、ここで死んだの」

「ん~、結構昔だから覚えてない!」

「いくつ」

「15歳!」


 同い年だった。

 ここが駄目ならどこにしようか。髪を掻き上げながら悩んでいると、彼女は小さな足でペタペタと音が鳴るような歩き方で少し僕から離れた。


 黒い長髪の彼女だけれど、服装は病衣びよういだ。白いワンピースじゃなかった。


「どこで死んだかとか、どうやって死んだかとか、憶えてないし、思い出したくもない。けど、死ぬのは一瞬だっていうのはよく覚えているよ」

「……」

「死にたいって思う人は、死にたくないって思う人とどれぐらいの差なんだろうって、考えるの」


 意味が分からないと思った。

 よく言う、死にたくないって思う人がたくさんいるから生きなさい、ってことか。


「きみの、今悔いてることは何?」

「……ないよ」

「あるの」

「無いからここにいるんだろっ」

「あるから、きみはあの鉄格子を越えてここにいるんだよ」

「!」

「死にたいのなら、わたしを無視して落ちればよかったの。けど、きみはそうしなかった」


 僕は仰向けに寝転がり、オレンジ色に染まっていく空を見た。背中に感じるコンクリート。

 彼女はもう、いなくなっていた。

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