第9話

 特訓当日―――――。

 2人が訪れたのは、北関東の西部にある、建築からから何十年も経っていそうな、ホテルのような建物。

 辺りは森、太陽光発電所などが広がっている。

 まばらながら、人の姿もある。

「本当に有名なのか? ……ここが?」

「ええ。 ここが、日本初の異能技関連施設として知られている『東日本異能力研究場』、愛称『イー·サイス』よ。 もうすぐ、建て替えで使えなくなるそうだけど」

 この建物は、国内における異能技の統括組織「日本異能協会」が、廃業したホテル跡を買い取り、異能技に関連した研究などを行う施設としてリノベーションを施したもの。

 異能技の界隈では良い意味でも悪い意味でも有名な施設だった。

 しかし、施設の使い方には問題があったようで、年内にも解体、その後1年以上という時間をかけて、「フォース·ブレインスペース·エリス」という異能力の研究や開発、文化発信を目的とした施設に建て替えられる事が決まっている。

 

 

「まさか、特別練習ってじゃないよな?」

「ふざけた事は言わないで。 ……とにかく、まずはついてきて」

 信がイニに言われるがままに入っていくと、まず窓口が見えてきた。


 施設の利用については既に予約を入れていて、料金を支払い、人数についての確認を行ったあと、ロックを操作するための端末が与えられた。


 そこからしばらく歩き、ある1階の部屋の扉の前で立ち止まった。

 扉は青色の厚く重そうなもので、黒の文字で『想像強化空間』と書かれた白いパネルが取り付けられていた。

「これが、特別練習のできる部屋の扉。 あくまで一例だけど」

「想像……強化……?」

 パネルを見た信は、その文字列を見ても、まるで意味が分かっていなかった。

「ええ。 ついてきてくれるかしら?」


 様々な体験を味わわせる事で、異能力において欠かせない想像力を強化するとされる訓練。

 発現までにかかる時間が短くなる、威力が強くなる、といった効果があるというのが、界隈での通説になっている。

 体験の内容によって、どの点を中心に強化していくのかが変わってくる。


 目的が異能力の基礎的な部分の強化である事、訓練以外で経験を積むに連れて効果が薄れてくる事などから、『主に実戦経験の不足している、または異能力そのものに対する知識のうとい人間がするべきもの』とされている。


 信はイニの後ろを歩き、彼女の手で開けられた扉の先に立ち入った。


 そこに広がっていたのは、様々なおもちゃやゲーム、音楽の再生や文章の閲覧といった一つの分野に特化した端末の数々などが木目調のテーブルの上に置かれた、白い壁の部屋だった。

「様々な体験を、実際の異能技にフィードバックさせる……といった所かしら?」

「うさんくせえな」

「それは異能技では禁句よ。 そもそも、異能力の存在自体を信じていない、という人間も少なくないから」

「悪かったな」


 信は彼女と会話をしながら部屋の奥へと歩いていき、白いヘッドセットに手をつけた。

「それは『ディメンション·ディーラー』と言って、電子世界に身を入れる体験ができる装置。 被ってみて」

「……こうか?」

 そのヘッドセットの正体は、「異能力の普及促進活動の一環」として、日本異能協会が民間企業と共同で開発していた端末だった。

 信はそれを、イニに言われるがままに、両手を使って頭から被った。


 そんな彼の視界にまず映し出されたのは、ハードウェアのロゴマークだった。

 一度暗転し、メーカーのロゴと協会のロゴが表示され、もう一度暗転した後に、タイトル画面が表示される。

 信が始めたのは、『フィジカルアンドセイバーズ』という、一人称視点のシューティングゲームだった。


「なんだ、この趣味の悪そうなものは?」

 彼には、困惑するしかなかった。

 表示のままに操作していき、ゲーム本編を開始させる。


 登場する敵の大半は人に限りなく近いクローンで、中にはパワードスーツを装備しているものから、民間人やボランティア、戦場カメラマンを模したようなものまで存在している。


 最初はゲームの操作に不慣れだった信だが、上達は早かった。


「……敵がこの身なりだと、倒しづらいな」

 ただ、ゲームにはいくつか気にしている点があった。

 少女のような「標的」と若干生々しい描写、ダメージが大きくなる上に対処が難しい後方からの攻撃など―――――。

 ほとんどは、ゲーム好きからも指摘の少なくない部分だった。


「思っていたより、キツいな……」

 ゲームを終えた後の信は若干疲れ気味で、感想も荒い呼吸をしながら話していた。


「体力がないだけでしょう?」

「……やってみろ」

 その様子に対し冷ややかな言葉をかけるイニに、彼はゲームを遊ぶ事を勧めた。

 直後に信は、イニに自分が外したヘッドセットを取り付けた。

 彼女自身はというと、「よりは良いかもしれない」と割り切る事で我慢していた。


「そこから!?」

「どこにいるの!?」

「知らない、先に説明して!!」

 ゲームを遊ぶイニを見て、信が感じていたのは、反応と声の大きさだった。

 遊んでいる最中には、日本語とは違う言葉も発していた。


 結局、ゲームを終えてヘッドセットを外したイニの額には、汗が流れていた。

「おたがい様だな」

「黙って」

 その様子を見た信の反応は、ゲームを始める前のイニの言葉に返すかのような冷たいもので、イニ自身も怒り気味だった。


 その後も、二人はしばらく部屋の中で、想像力を強化させようと取り組んだ。

 端末を通じて、自身が知らなかったものに触れるなど―――――。


 二人が『空間』を出たのは、2時間後の事だった。

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雷の信と氷のイニ TNネイント @TomonariNakama

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