第8話

 それは、特訓の予定の6日前の事だった。

 学校が終わり、電車の最寄り駅まで歩いていた信。


「さて、今日の飯は―――――」

「やあ。 君が"偽物"かい?」


 買い物に向かっていた所に、いきなり声をかけられたのは、黒髪と青い瞳、別の学校の制服以外は、ほぼ自分に近い見た目をした人物だった。

 その名前は「綱島つなしま ゆう」―――――。


 日本の高校の異能技では一、二を争う強豪校として知られる、『測天院そくてんいん高校』の中でも期待の集まっていて、付けられた異名は『逸材』。

 能力は光線を放つ『光砲こうほう』。

 彼の右手から繰り出されるそれは細く、追尾するように曲がる。


「いきなり何だ?」

「僕は綱島侑、測天院高校の異能技部の1年生だ。 君が、網島信……だったっけ?」

「目的を訊いているんだ。 何をしに来た」

「名前の似た男が異能技をやっていると、ものでね。 気になったのさ、どれ程の実力の持ち主なのか」

 いきなり信に向けて、右手で光砲を放った侑。

 あまりにも唐突な攻撃を避ける事ができず、右肩に食らってしまう。

「いきなり腕試しかよ。 今は興味が無い」

「挨拶代わりさ。 本当はこれから予定があるから、君の相手をするような時間は無いんだけどね。 失礼するよ」

「……何が挨拶だ。 そのまま言えばいいだけの話だろうが」

「まあ、落ち着きなよ。 君と僕は、たまたま名前が似たというだけで、それ以外は何もかも違う。

 才能も伸び代も、君とは桁が違う。 だから、君が僕と戦って勝つことは、ね」

「……ふざけるな」

 余裕を見せて去っていく侑に対し、信の心の中には怒りがこみ上げていた。

 少しの間、彼の右手は拳を握っていて、震えていた。


 その後、信は端末を呼び出すと、イニとのメッセージを表示させた。


『イニか? 綱島とかいう奴に俺の事を教えたのは?』

『違う。 する理由がない』

 侑に自身を紹介した事を疑ったが、すぐに否定された。


『だったら誰だよ』

『知らない。 けど、おそらく異能技部の人間でしょう』

『スパイでもいるというのか?』

『さあ?』

 イニにも、詳細は分かっていないようだった。



 その頃侑は、都内の建物の中で、ある女性と待ち合わせていた。

「やあ。 少し野暮やぼ用があってね、それで遅れてしまったんだ」

「あら、侑くん。 信くんと鉢合わせたのよね?」

 どういうわけか、その女性は、信と侑が接触していた事を知っていた。

「さすが、察しのいい。 ところで、話ってなんだい?」


 侑は女性から、ある『計画』についての説明を受けた。

 それを相槌を入れつつ聴いていた彼は、しばらく大きめの声で笑った後―――――。

「いいねえ! いつも面白いことを考えるよね」

 同調するかのような仕草を見せた。

「でしょう? 私はこうでもしない事には、この界隈はずっと同じ位置で地団駄を踏み続けると思っているのよ」

「前に進ませてやりたい、という事か。 僕が協力しない理由は……ないよね」

 その後も、2人の会話は続いた。



 翌日、学園の異能技部の部室。

 練習が終わって、信はイニと話をしていた。

「……へえ。 またライバルが現れたのね」

 侑の事についてだ。

「気をつけて、網島くん。 彼の所属する測天院高校は、私達……いえ、全国各地の学校で、異能技に取り組むほとんどの学生や部の関係者にとって、『最強の敵』とされているほどの強豪校よ」

「……本当か?」

「ええ。 その中でも、『彼だけは別格』という声も少なくない」

「つまり、相当な実力者に目をつけられているという事か。 厄介だな」

 彼女から彼が所属する学校の事を説明された信は、面倒くさそうにしていた。

「そうね。 けど、網島くん」

「なんだよ」

「初めから白黒のつけられている勝負より、つまらないものは無いでしょう? 立ち塞がる身分である以上は、どんな相手でも『絶対に負ける』、『絶対に勝てる』などとは思わない事が肝心よ」

 その様子を見かねたイニは、やる気にさせようとアドバイスをした。

「……それもそうだな」

 目を瞑りつつ頷いた。

「……そして、

 直後に彼女が、彼の左耳に向けて囁いた。

 その彼の心の中には、衝撃が走っていた。


 それから、特訓2日前―――――。

 街中を歩いていたイニ。

「……?」

 その途中で、彼女の端末が鳴った。


「はい?」

『イニ、今後の予定はある?』

 応答してみると、女性の声が聴こえてきた。

「はい。 明後日あさってから、『彼』と異能技の特訓で、都外のに向かいます」

『あら、そうなの。 実は―――――』

 返事に反応した彼女は、イニに様々な事を話した。


「……わかりました」

 そして、イニが内容に納得した事を確認して、すぐに通話を切った。


 それからは何事もなかったかのように、街で買い物を進めていった。

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