第7話

 フィールドから出た直後のイニの先にあったのは、信の姿だった。

「……網島くん?」

「どうだったんだ、イニ?」

「まるで……歯が立たなかった」

 彼の問いに、イニは視線を信の顔から反らしながら答えた。


「本当かよ……」

 平静を保つつもりだった信も、この返事に驚きを隠せない。

「……ええ」

「それで、その相手は誰だったんだ?」

「その名前が……"細川 はじめ"。 吸収と反射を組み合わせたような能力の使い手だった。 貴方も、もし彼と対戦することになったら、その時は用心して」

「ああ。 かなりの強敵だろうからな」

 校門の方へと去ったイニ。


 しばらくしてから信もついていくように校門の方へと歩き、学校を後にした。


 その後も学内代表決定戦は続き、最後まで残った二人がU-18日本選手権への出場を決めた。

 独技どくぎ部門では一人ずつで、協技きょうぎ部門では二人一組で参加する。


 そして月曜日、校舎内―――――。

「……だろうな」

 モニターの一部に表示されていた、学内代表決定戦の記事を見て、独り言を漏らす信。

 今年のU-18日本選手権革翠学園代表には、自分も戦っていたりんが入っていた。


「おい……今のは誰に対してだ? なあ?」

 そんな所に絡んできたのは、黒混じりのグレーの髪の男。

 基だった。

「まず誰だ。 まさか、お前が細川―――――」

「その通りだ、分かってんじゃねえか。 誰に教えてもらった?」

 信の問いに、不気味な笑い声を混じえながら応じる。

「……それは言う必要があるのか?」

「無かったら……訊いてねえよ!!」

 基は信に逆上し、右手を上へと上げる。

「はあ!?」

 その直後、信の真下から塵壁じんへきがせり上がってきた。

 前の方に飛んで避けようとするが間に合わず、左足が巻き込まれ、そのまま天井に挟まれた。

 すぐに右手を下げた事で壁が消えて、一応の開放はされたが、今度は落差からの衝撃が襲う。

 頭から落ちていた信は、廊下に向けて手を出し、付いた途端にその手を推進力にして後ろへ少し飛び、左足から着地する事で、頭への衝撃を避けた。

 しかし、この時の両手の負担はとても大きかった。

「いきなり能力かよ?」

「これもまた実力だろうが。 そんなにグズグズ言うなら、その口を縦に引き裂いてやろうか?」

「実力を誇示したいというなら、わざわざこの校舎でやる理由なんか無いだろ、ましてや自分のような人間相手に。 そしてもう一つ訊かせてくれ。

 何がしたいんだ、お前は?」

「それ知って何になるってんだ、ザコが。 まず俺の問いに答えろよ、なんでお前が俺の名前を知ってんだよ?」

 質問に質問で返すが、答えない信に腹を立てた基。

「おい、喋れよ。 簡単な質問だろうが。 てめえにはどうしても言えねえ事情があんのか?」

 今度は右手で信の胸ぐらをつかみ、今にも左手で殴りかかろうという体制に入った。

 しかし信は黙秘を貫いている。



 しばらくこの状況が続くと、基は一度右手を放して去った。

「つまんねぇ……。 余りにもレベルが低過ぎる」

 彼の口からは、独り言が漏れた。



 その日の放課後―――――。

 学校近くの街並み。

 信とイニは、二人で出かけていた。

 しかし、この時のイニはとても機嫌が悪かったのか、ずっと信と逆の方向の道に顔を向けていた。

「……なあ、イニ。 何があったんだよ」

「訊かないで」

「ずっとその顔でいるのか? とりあえず買ってきたぞ。 ビーフカレーとミルクティーだ」

 そこに座って、無言で下を見ていたイニに、信はコンビニで買ってきた食べ物を差し出した。

「……ありがとう」

 イニは礼はしたが、喋り方と顔には感謝の気持ちは全く無い。

 ミルクティーを少し飲んだだけで、カレーには全く手を付けなかった。

「要らないのか、カレー?」

「……ええ」

「そうか。 ……なぜだ?」

 信は食べない理由を問いかけるが、イニは全く喋ろうとしない。

「秘密か?」

 もう一度問うが、彼女からの反応は少しうなずいただけ。


「……網島くん。 一ついいかしら」

「何だ」

「学内代表決定戦、自分の成績をどう思っていたの?」

 それからしばらく無言になるなど、二人の間の空気の冷める中、先に口を開いたのはイニの方だった。

「それは……『まだまだだな』、って」

「……そう。 それで、私から提案があるの」

「何だよ。 まさか―――――」

「ええ、そのまさかよ。 今度、私は異能技の特別練習として、に行こうと思っているけれど……網島くん、一緒に行くつもりはある?」

 イニから出された提案は、所謂いわゆる「特訓」だった。

「もちろん。 ……というか、イニもイニで、初っ端で負けたんだろ。

 そっちの方も、結果には満足しているのか?」

「……していなかったら、こんな話もしていない」

「……そうか」


 別の場所で特訓することを決めた二人。

 後に日程と内容も決まり、開始までは時を待つだけになった。

 しかし、その途中、街でが発生する―――――。


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