クレーム対策

@ns_ky_20151225

クレーム対策

 アルファは渋い顔で統計に目を走らせている。わたしを含め、会議空間にいるメンバー全員が、自分が叱られているかのように感じていた。

 事前に読んでいるのでその統計がなんなのかよくわかっている。通信品質に対するクレームだ。しかも感情的に不満を訴えるユーザーが増加傾向にある。


「で、対策は?」

 アルファがデータから顔を上げ、全員を見回してから言った。

「はい、回線の増強に努めておりますが、間に合っていないのが現状です」

 通信回線を担当しているベータワンが答えたが、アルファの眉間のしわを増やしただけだった。

「予定の前倒しはできないのか?」

「困難です。これ以上は利益にかかわります」

 アルファは空を見上げた。天上の神にも等しい株主のことを考えたのだろう。アルファとて株主の下す鉄鎚は恐れている。


 それから視線をベータツーに向けた。ソフトウェアの担当だ。ベータツーはアルファが質問する前に答える。

「データの品質を損なわないような圧縮はすでに限界です。また、ユーザーはさらに強い暗号化を求めており、データの量や複雑さは増加していくでしょう。もしさらに圧縮するのであれば現在の価格では競争力を失います」

「そこをなんとかできないのか? 技術力で。われわれが教育機関まで作って技術者を養成しているのはこういうときのためだろう」

「しかし、物理法則はどうにもなりません。回線を流れる量子に持たせられる情報量は無限ではありません」

 アルファは眉間にしわを寄せたまま腕を組んだ。


 その視線がわたしに移ってくる。さあ、いよいよだ。


「ベータスリー、広報からはなにかないか?」

「速度保証がない旨の宣伝はじゅうぶんに行っており、認知度はほぼ百パーセントです。ユーザーは速度や品質低下はあり得ると理解して契約しています。本来ならその点のクレームは発生しないはずです」

 わたしは間髪入れずに答えた。アルファはそんなことはわかっているという目で先をうながす。

「しかし、ユーザーはクレームを入れます。わたしの部署ではこの心理について研究を重ね、ひとつの結論と対策を導き出しました」

 眉間のしわがゆるんだ。

「かれらには、通信回線には限界があるという現実に対する正しい知識と理解があります。しかし、一方で、速度もデータ量も限りなく利用できるかのような誤った印象を持っています。この現実と誤った印象との齟齬が感情的な不満やクレームを引き起こしているのです。われわれは誤った印象が発生している原因をつきとめました」

 アルファとベータワン、ベータツーは興味深げに聞いている。わたしは話をつづけた。


「空想的創作物のせいです。ユーザーが成長過程で触れる様々な空想的創作物の中では、通信回線の限界が描かれることはありません。たとえば、若年層に人気の冒険物の作中では、登場人物たちはどのような遠距離であろうとも、超高解像度の立体映像を用いてリアルタイム会議を開きます」

「それはそうだが、ユーザーだって空想は空想と割り切っているだろう? まともな教育を受けた者がそんな空想と自分が契約した通信回線を混同しないだろう?」

 ベータワンが口をはさみ、ベータツーもうなずく。アルファは組んでいた腕をほどいた。

「続けたまえ」

「はい。ベータワンがおっしゃったように、現実と空想は別です。しかし、クレームはユーザーの感情にもとづきます。その感情に影響を与えるのが空想的創作物なのです」


 わたしは一連のデータを表示した。それは、幼少時に視聴していた空想的創作物が成人してからも大きな影響を与えていると示している。衣服の流行や食品、工業デザインはそうしたものに引きずられていた。


「つまり、ユーザーからのクレームの大半は子供のころの空想、つまり、通信回線は無限に情報を流せるという誤った表現がもとになった感情が発生させているのです」

 いったん言葉を切り、皆の注目を集める。

「そこで、わたしは以下の対策を提案します」


 通信会社共同で空想的創作物の制作会社に直接、あるいは間接的に働きかけ、作中の通信を現実寄りに描かせること。多少の空想的要素は許容するが、回線には限界があると悟らせるような表現が望ましい。


 アルファはじっと考えて口を開いた。

「そうすると、現在の子供たちが回線契約をするころにはクレームは減るということか?」

「はい、現世代は如何ともしがたいですが、次世代以降、少なくとも感情的なクレームは減少するでしょう。また、大人になってもそういう作品を視聴する少数への効果も期待できます」

 わたしはピークに達した後、降下していく予想曲線を示した。

「よし。詳しいデータを送ってくれ。わたしからアルファ会議に諮り、他社とも連携しよう。よくやってくれた」


 会議は終了し、わたしは一息ついた。うまくいくだろうか? いや、かならずうまくいく。いままでのクレーム対策とは異なり、不満が発生するユーザーの心自体を変えるのだから。


 他社もクレームには悩んでいたらしい。計画はすぐに認められ、全通信会社一丸で進行した。そして、現在公開されている若年層向けの作品すべてで通信回線についての表現が現実的か現実寄りに修正された。

 登場人物は信号の遅延やノイズに悩み、映像品質を落としたり、テキスト中心に切り替えたりして対処するようになった。かれらに、電磁波帯域の制限が新たな障害となって立ちはだかった。


 休日、わたしは子供の肩越しにそういう作品をながめていた。どこかの遠くの惑星に置き去りにされた主人公一行がはるか遠くの人工知能を頼っているが、そのアドバイスはほとんど意味をなさない。

 子供がじれったそうに言う。

「だめだよ。そんなんじゃ。動画なんて届きっこないんだから。テキストにするんだ。それに、圧縮もかけて!」


 わたしはにっこり微笑んだ。


(了)

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