現実逃避の代償
@Keshia
現実逃避の代償
「ご覧ください!ここは六本木ミッドタウン前です!すでにここにも、謎の奇病による暴徒が溢れているのがご覧いただけるでしょうか!ああ!危ない!そこの人!逃げてえええ!」
「うわあああ!助けてくれええええ!」
つい1週間前に仕事をクビになり、失業保険でつかの間のニート生活を満喫していた清水清春は、起き抜けに自宅にあるテレビを点けて、完全に固まった。
すでに昼をずいぶん過ぎた時間である。いつもなら、のんきな昼のワイドショーの中で、今の注目のスポットやら美味しいレストランの紹介など、明るい情報番組が流れているはずだ。それが今ではパニック映画のような映像を流し続けている。画面の右上にはでかでかと、緊急特番の文字も見えた。
清春が固まっている間も女のレポーターの悲鳴やら、暴徒に襲われているのであろう一般市民の悲鳴や怒号が流れ続けている。
人に襲いかかっている暴徒は見るからに血色の悪い肌の色をして、怪我をしているのか、ところどころ血を流しているのが見える。さながらゾンビ映画に出てくるゾンビのようだ。
「な、なんだよこれ………」
清春は震えた声を出しながら、テレビのチャンネルを回すが、どこの局でも同じような映像を流している。アナウンサーの取り乱して、半ば叫ぶような金切り声や襲われている市民の悲鳴が止まらない。テレビから流れてくる悲鳴が恐ろしくなって、テレビを消した。
何が起こっているのか。そのままテレビをつけていれば、情報は入ってくるかもしれないが、あの映像を見続けるのは正直、清春には耐えられそうになかった。
清春は、寝る前につけっぱなしにしていたパソコンに向かい、巨大電子掲示板を開く。まだネットが死んでいないならば、少しでも情報は得ることができるだろう。
知らぬ間にネットが断絶している恐怖に指を震わせながら、ウェブブラウザーを開いてブックマークをクリックする。くるくると、マウスカーソルの読み込み中を知らせるアイコンを睨んでいた時間は長くはなかった。いつものように唐突に表示されるウェブページを見て安堵で脱力する。
「よかった。まだつながる」
表示されたウェブページから、適当なセクションをクリックして掲示板を開く。
一番最初に目に付いたのは【ゾンビ発生】ゾンビ情報まとめスレ27【日本終了】だった。いつからこの騒ぎが始まったのかはわからなかったが、すでにずいぶん伸びている。
◇◇◇◇◇◇
【ゾンビ発生】情報まとめスレ27【日本終了】
1:名無しのゾンビ:20xx/xx/xx(火) 11:42:39 ID:xxxxxxxx
現在起きているゾンビ騒動の情報まとめスレです。
みなさんでわかっていることを共有して生き残りましょう。
【注意】
新スレは>>830を踏んだ人が立ててください。
【確定情報】
発症すると発狂
ゾンビ映画と同じく噛まれると発症⇨粘膜感染?
噛まれてから発症までの潜伏期間は約2時間
【要確認】
噛まれる場所によって発症までの時間が伸びる?
自衛隊壊滅?
前スレ
【ゾンビ発生】情報まとめスレ26【日本終了】
433:名無しのゾンビ:20xx/xx/xx(火) 12:34:19 ID:xxxxxxxx
最後のオナニーが捗る
434:名無しのゾンビ:20xx/xx/xx(火) 12:34:44 ID:xxxxxxxx
海外の知り合いに連絡したら海外でも同じような騒ぎらしい
ちなみにアメリカな
435:名無しのゾンビ:20xx/xx/xx(火) 12:35:06 ID:xxxxxxxx
ど田舎だから周りにゾンビいなくていたって平和なんですけど
436:名無しのゾンビ:20xx/xx/xx(火) 12:35:11 ID:xxxxxxxx
>>390
おまわりさん!こいつです!
437:名無しのゾンビ:20xx/xx/xx(火) 12:35:39 ID:xxxxxxxx
ヒャッハー 本当の地獄はまだまだこれから
438:名無しのゾンビ:20xx/xx/xx(火) 12:36:01 ID:xxxxxxxx
自衛隊スレからの情報
習志野でゾンビと交戦してるとこに、避難民が殺到してほぼ壊滅状態らしい。
439:名無しのゾンビ:20xx/xx/xx(火) 12:36:45 ID:xxxxxxxx
今10チャンで暴徒に襲われてる女の子の服が破れてビーチク全国放送されてた
いいぞ、もっとやれ
440:名無しのゾンビ:20xx/xx/xx(火) 12:36:59 ID:xxxxxxxx
>>434
全世界同時とか!次スレから日本終了じゃなく世界終了とかにしとくべき?
◇◇◇◇◇◇
つらつらと、書き込みを流し読む。スレの本数に比べて載っている情報が少ない。すごい速さで伸びていることを考えると、発生からそこまで時間は経っていないのかもしれない、と感じた。さっきのテレビの中での光景は都心部が中心らしい。しかし、自衛隊の駐屯地が壊滅したという情報もあり、中には世界規模で同様のことが起きているという書き込みもあった。
パソコンから離れて、窓の外を見れば、前の通りにもちらほらとゾンビのような人影がある。
「これはもうダメかもわからんね」
ゾンビ映画の主人公のように、この状態から自分で助けを求めに行くほど、清春は自分の運動能力を過信できなかった。学生時代も体を動かすなど、体育のカルキュラムしかなかったし、働きだしてからはそれこそ机の前に座るのが主で、体はなまりになまっている。
清春にとって現実的な今後の展開としては救助を待つことになるわけだが、家の中の食料をかき集めても1週間と保つことはないだろう。自炊をしない男の部屋にそこまで多くの食料があるわけがないのだ。
食料が尽きる前に救助が来る可能性について考える。ねずみ算的に増えて行くゾンビや、自衛隊の駐屯地の壊滅情報、先ほど流れていたテレビの中のパニックを考えれば、助かる道はほぼないように思われた。
「は、ははは。死ぬのか」
死。言葉に出してみると、一層現実感が増して、恐怖に震える。
ここから先、起こり得る死とはどんなものだろうか、と想像する。ゾンビに襲われて、怪我をして、痛みの中だんだんとゾンビ化して死んでいくのか。それとも、救助を待ち続けて食料がなくなり、飢えと渇きの中で衰弱して死んでいくのか。
どちらにしろ、楽な死に方ではなさそうだ、と清春は大きく嘆息した。かといって、今すぐ用意できそうな自宅にあるもので、楽な自殺の方法など思いつきもしない。痛みや苦しみのない死などないのだ。
「とりあえず、食料がなくなるまでは生きていよう」
どちらが苦しいなど、比べようもないだろうが、少なくとも今すぐ決めなくてはならないわけではない。
今現在用意できる食料は、どう切り詰めても1週間。その1週間が、清春に残された寿命だ。後悔など残さないように、その間にできることはすべてしてしまおう。
残りの1週間、どれだけ有意義に過ごせるか。今考えるべきは、それだけだ、と清春はともすれば、悲観的な方へ進んでしまう思考を無理やり明るい方へ向ける。
しかし、そうして考えてみれば、家に閉じこもりながらできることなど、ほとんどなかった。すでに1週間近く引きこもっていた弊害もある。働いている間に積んでいた映像ソフトや、書物、ゲームなんかもあらかた消化してしまっている。
やることがない、そう考えた瞬間、清春の頭の中でまた死という単語の容量が大きくなってくる。
「ダメだ、何かしないと」
まだ死ぬかどうかの瀬戸際ではない。何でもいいからと部屋の中を見渡せば、つけっぱなしにしていたパソコンの画面の端に広告のバナーが視界に映る。いつもなら、内容を見ることもないようなありふれたもの。
この辛い現実から逃避ができるならば、この際何でもよかった。
それはありふれた、ブラウザで動くゲームの広告だった。この手の物は得てして課金とゲームの進行速度が比例していて、そこまで生活に余裕のない清春は今まで手を出したことはなかった。
お金を抱いて死んでいけるわけでもない。この際ならば、今までできなかったような、それこそ後先を考えずにゲームに課金してみるのも楽しそうだ、と思えた。
机の前に移動して、早速バナーをクリックする。すでに、サーバーがダウンしていることも考えられたが、幸いゲーム会社の中は無事だったのだろう。とんとん拍子にユーザー登録がすみ、課金用のクレジットカードを登録する。とりあえず、1万円を課金した。
クリックを3回、パスワードを入れるだけで課金用のアイテムが増えたのがわかる。しかし、ゲームを進め、ガチャを回すだけで先ほど課金した1万円など霞のように消え去ってしまう。
あっけない。
しかし、ゲームを進めて、湯水のように課金アイテムを消化している間は悲観的になることもなく、外の状況を意識の中から追い出すことはできた。
「どうせ、死ぬんだったら、お金なんてあってもしょうがないんだし」
清春は言い訳を口にしながら、課金を繰り返す。すでに、いつもなら震えるような額を使い込んでいることも気にならない。
クレジットカードは作る機会はそれなりにあって数枚は持っているし、貯蓄したお金と少ないが退職金が入っている銀行のデビットカードも使える。どうせ社会が崩壊するのなら、その前にそれで楽しんだ方が得だ。いつまで電気などのインフラや、ネットが生きてるかもわからないのだから。
◇◇◇◇◇◇
一ヶ月後、社会は崩壊することも、滅亡することもなく、続いていた。
渦中は混乱した事態も、終わってしまえばひどくあっけなく収束した。あの日、清春が危惧した自衛隊の駐屯地の崩壊などなかったし、実際には自衛隊や警察は落ち着いて感染者の隔離を実行していた。人的損失はそれなりに出ることになったが、ゾンビ騒ぎもどこかの研究所が原因の細菌を発見したことで、単なる伝染病としてあれよという間に治療薬が開発され、すでに社会は普段の様子を取り戻している。未だ、薬の数が足らずに、収監されている被害者もいるが、その治療も時間の問題らしい。
清春といえば、食料が尽きる以前に、三日と経たずに解決してしまった事態についていけず、未だにニート生活を続けていた。
起き抜けにテレビを点ける。アナウンサーの金切り声が聞こえてくるなんてこともなく、いつものように昼過ぎの情報番組の中で、自由が丘のなんとかという喫茶店の新メニューを紹介している。
「すべて世はこともなし、ってとこかね」
ふぁ、と出てくるあくびをかみ殺して洗面所へ向かう。洗顔を済まして、歯ブラシを手に取ったところで、テレビの前のちゃぶ台の上に放置してあった携帯がけたましく、存在をアピールした。
着信と、歯みがきで一瞬天秤にかけるも、そのままちゃぶ台へ向かい、携帯を手に取る。
登録されていない番号。清春は首をかしげながら、通話のボタンを押した。
「あ、こちら清水さまのお電話番号でよろしかったでしょうか?私○○○○○コーポレーションの酒井と申します。本日お電話差し上げたのは、今月の弊社のクレジットカードのお引き落としができなかった件で…………」
現実逃避の代償 @Keshia
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