異世界転生の幸運兎

九翟

第1話



誰かに「お前は運が良い方か?」と聞かれたら、俺は迷わず「良い方だ」と即答する。


例えば、小学生の時に毎年行っていた祭りのクジ引きでは大抵欲しい物が当たった。


例えば、高校受験の日になんとなく使う予定だった路線を気分で変えて行ったら、変える前の路線が車両事故で数時間も車内に客が閉じ込められていた事を後から知った。


例えば、人気の菓子を買おうと並んでいたらちょうど俺の前で売り切れになったが、その後にその菓子を買った人は次々に食中毒になったニュースを見た。


まあ、そんな俺も最初から幸運だった訳じゃない。

物心つく前に両親は死んでいて父方の祖父さんしか身寄りは居なかったくらいだ。

運が良くなったと自覚したのは確か小学校に上がってしばらく経ってからだったと思う。


数年前に祖父さんも歳で死んでからは一人だったが持ち前の幸運で特に苦労もなくやってこれた。

だからこそ自分の運にだけは自信があった。


ただし、事故なんかに遭うまでは。


建設中のビルの上から鋼材が歩いている俺に落ちて来たのだ。

即死ではなかったものの薄れゆく視界には相当量の出血で地面は血の海になっていた。

幸いと言って良いのか微妙だが痛みはショックで麻痺していたのかあまり感じなかった。


最後はせめて成人までは生きていたかったなぁ、なんて思って死んだ。


そう、死んだ筈だった。


俺は意識が途絶えた後、直ぐに何も無い真っ暗な空間に居た。

初めはボーっとしていた意識も次第に覚醒し、取り敢えず体は全く動かない事を認識した。

まさか生きていた?

俗に言う植物状態ってやつか?


『いや、お前はもう死んでいる』


誰だ百烈拳とか繰り出しそうな事を言う奴は。

いつからそこに居たのか、はたまた俺が気付かなかっただけなのか、そいつは目の前に立っていた。

世界のどんな絶景を合わせても見劣りするような美貌を持った美女だ。顔が整い過ぎていて人間ではない何かなのではないかと思う程に。


『そう、私は人間ではない。お前達が世界と呼ぶものであり神と呼ぶものである』


神様?

有り得ない。普通なら俺もそんな馬鹿なと一笑に付していただろう。

しかし、そんな突拍子もない話も真っ暗な中でも何故かはっきりと見えるこの世の者とは思えない美しさを前にすんなりと納得していた。


『人の子よ、問おう。このまま死んでお前という存在が消えるのを是とするか?』


死にたくない。

神様の問い掛けに俺は迷わず即答する。


まだ成人もしてないのに人生がここで終わりなんてまっぴら御免だ。

生き返らせてくれるなら何だってしてやる。


『先程も言ったがお前は既にあの世界では死んだ。生き返らせる事はできない』


なら何で消えたくないかなんて聞いてきた。


『あの世界に生き返らせる事はできないが、違う世界に新たな体で転生させる事は可能だ』


違う世界?


『お前が生きていた世界とは異なる法則が存在し、異なる生物、モンスターが跋扈する世界』


消えずに済むならそれでも良い。

俺はそこで何かをしなくちゃならないのか?


『転生後は好きにせよ。これは単なる試みだ。絶滅した種を新たに自然とは異った方法で誕生させるとどうなるか。しかし、そうだな……強いて言うなら子は成してくれると此方としてはより多くの結果を知れて助かるが』


子供ね。

まあ、それは良いとして、その絶滅した種ってのは人じゃないニホンオオカミみたいな動物とか言うんじゃないだろうな。


『お前がそれを望むならそれも許可しよう。こちらは絶滅した種なら何でも構わない』


誰が望むか。

せめて人型にしてくれ。

そうだな、出来るだけ強いのが良い。


『人型なら獣人などでも良いか?』


……それは狼男とかの獣が二足歩行したような奴か?


『安心しろ。私が言ったのはお前の認識している人類に獣の持つ耳や尻尾が生えた身体能力に優れた種だ』


耳と尻尾くらいなら許容範囲だ。

それに普通の人よりも身体能力に優れてるならそれは良い。が、獣人とやらはその世界で差別の対象になってたりしないだろうな?


『それも心配ない。ひと昔前はそうであったが今は種族の力がそれぞれ拮抗している為、差別などで苦しむような事は先ずないだろう』


しかし、と神様は続ける。


『獣人は魔法を扱う才が種族的に低いのが欠点としてあるがな』


魔法ときたか。

それは炎を出したりするあの魔法か?


『そうだ。魔法を扱うにはその者に宿る魔力というエネルギーを消費する必要がある。お前の世界ではその魔力の源となる魔素という粒子が存在しない為に魔法もないがその世界には魔素がどこにでもある』


魔法か。

良いな、面白そうだ。使ってみたい。

獣人だと魔法を使うのはそんなに難しいのか?


『個体差もあるが大抵はそうだ』


なら獣人は止めだ。


『そうか。魔法の扱いにも長けていて身体能力にも優れた獣人種もいるのだがな』


それを最初に言ってくれ。

さっきまでの話無駄じゃねーか。


『私はあくまで獣人という種全体の平均的な能力の説明をしただけだ』


ああ、そうかよ……。


何か釈然としないものを感じるが言っても無駄だと思い今は話を続ける。


で、その魔法も使える獣人ってのは?


『兎の特徴を持つ兎人族。その中の月霊種と呼ばれる種だ』


兎の特徴ってところをもう少し詳しく。


『頭部に毛のある長い耳を持ち、聴覚や嗅覚に優れ、索敵能力が秀でている。それに加え、瞬発力と跳躍力は獣人の中でも一二を争う。更には記憶力にも長けている。死ぬ前のお前の乏しい物とは比べ物にならない程にな』


最後ディスる必要なかっただろ。

それで魔法も得意なんだよな?


『ああ。魔力の波長を感じ取る能力に特に優れ、魔力量もエルフに次いで多い』


決まりだ。俺はその種族で転生する。


『そうか、ならば種族は兎人族月霊種で転生させよう。では、転生時に送る国はどのような場所が良いか希望があれば言え。無ければ此方で適当に決めるが』


国か。色んな種族が多数入り混じっているところが良い。あとは直ぐにでも稼げる手段がある場所があればそこにしてくれ。


『それならば迷宮都市パラディソスが良いだろう。どこの国家にも属さないギルドという組織が運営しているその都市にはダンジョンと呼ばれるモンスターを生み出す地下迷宮がある。一攫千金を狙って様々な種族の者が集まって来る場所だ』


面白そうだ。

場所はそこで構わないが言葉はどうすればいい?

さすがに現地で覚えろなんてのは勘弁してくれ。


『抜かりは無い。現存する全ての言語を理解できるようにしておく。会話も文字の読み書きも問題はない筈だ。他に聞きたい事がなければそろそろ転生させる。長くこの空間にお前がいると魂が崩壊する危険もあるのでな』


なら最後に一つだけ教えてくれ。

何故、俺を選んだ? ただの偶然か?


別に自分が特別な人間だなんて自惚れがある訳じゃない。

俺なんて運は良かったが言ってしまえばそれだけだ。

もし選ばれたならその理由くらいは知っておきたい。


『お前はお前自身が自覚しているように大きな幸運を持っている。本来ならあのような事故に遭う筈が無い程のな。今回の試みを決めた時とその事故でお前に気付いたタイミングが重なった。理由と言うならそれくらいだ。もしお前がこの話を断るなら別の者をまた呼んでいた。要は誰でも良かった』


そうか。ああ、そうか。


『言っておくがお前の死は何かの定めでも私の意志でもない。それこそ単なる偶然だ』


つまり、やはり俺は運が良かったって事か。


『死んでも続く幸運というのも少々呆れはするがな』


ほっといてくれ。


『まあ、良い。時間ももう差し迫っている。では、本当に転生させるが良いか?』


もちろんだ。


『そうか。なら転生させるぞ。もう会う事は無いが達者でやれ。さらばだ』


神様が翳した手が光り輝き、俺の意識は遠くなっていく。

目の前のしい神様へ“ありがとう”と感謝の意を念じたのを最後に俺の意識は完全に失われた。


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