スマホ・ブレイクウォッチ

コウガ・クラヒコ

プロローグ「RETURN OF SOUL」


僕は、岡田以蔵だ。


そう。世に言う「幕末の四大人斬り」の一人。「人斬りの以蔵」とか、呼ばれていたらしい。……そう。らしいのだ。

転生したらしい僕には、生前の記憶が無い。

決して、思春期特有の中二な病気を患っている訳ではない。

僕は、本当に岡田以蔵なのだ。

意識がはっきりした時から、自らを岡田以蔵だと認識し、自分は今で言う幕末と言われる時代から転生したのだということ、そして現代の日本についてのザックリとした情報が頭に入っていた。僕も本当のところサッパリで、突飛な話過ぎて理解が完全には追いついてない。ただ、この状況を説明するならーーーーーーーー

要は、僕、岡田以蔵は「転生偉人」である。


所持品であるスマホのメモ機能に、そう記した僕は、スマホをおさめ溜息をついた。


正直、驚きと戸惑いが交差し、なんとも言えない嘔吐したくなるような気持ち悪さが込み上げてくる。

しかしだ。はっきり言ってそんなことは、どうでもいい。

問題はーーーーーー

「……僕って、人殺しだったんですか?」

多くの人々が往来する大通りで、僕は絶望のあまり両手両膝を地に着きうな垂れた。通行人達が奇異の目で僕を見ているが、そんなこと知るか! だって、人殺しだよ? 酷いでしょ! しかも、自分達の思想を通す為に斬りまくったって言うし。完全にアカン奴だあああ! ぶっちぎりでヤバイ奴だあああ! Wikiさん容赦なさ過ぎる。もっとオブラートに包んで言って欲しかった。人斬り→戸籍無し→捕まる→泣き虫→出っ歯説アリ→打ち首。酷いっすよ!

僕は、フラフラと立ち上がると、ビルのガラスに映る自分を見た。

……うん。間違っても、出っ歯では無い。むしろ結構な美少年だ……と思う。年齢は、十代後半だろうか? 細身、色白、小柄、男子にしてはフワフワサラサラしたショート気味の黒髪。女の子にこそ見えないが、実は女の子ですと言ったら信じられそうな外見だ。

美形の外見に少し元気が出たが、やはり「岡田以蔵は、人殺し」というのはダメージが大きい。

で、でもさ。ほら? せっかく生まれ変わったみたいだし、これからは真っ当な人生を歩んだらいいんだよ。ね?

そんなことを考えつつ、僕は再び溜息をつくとポケットにあるサイフの中身を確認する。

「……なんか、ここまでサービスあるなら、生前の記憶も欲しかったんですけど……」

サイフの中身は、五千円札一枚と小銭が少々。千円分図書券が二枚。クオカード五百円分が三枚。保険証。バイクの免許が一枚(マジか)。Tの付くカード一枚。スイカ一枚。キャッシュカード一枚。神様すげぇな。

僕は、他の所持品を確認する。

あったのは、スマホ、サイフ以外に預金通帳と地味なハンカチだけ。

通帳の中にある数字は見るのが怖かったので、また今度。だって、生前は戸籍無しだったらしいし。そんな奴の通帳とか……ねぇ。

速やかに通帳諸々の所持品をしまった僕は、今後のプランを考える。

最悪、所持金があのサイフの中身オンリーということもある。早々にアルバイトを始めなくてはならない。それに家も確保しなければならない。飯も食べなくてはならない。……それにあれも……これも……おまけにあれも……。

そんな風にして考えること数秒、僕のお腹がキュウと音を立てた。



×××



安いね。

牛丼チェーン店。

○屋とかいう牛丼店から出た僕は、さてどうしようかと考えた。

時刻は、そろそろ19時を回ろうとしている。

欠伸まじりにスマホで、近辺にあるカプセルホテルを探していると、不意に

「きゃああああああああああああ!!」

どこからか、突然悲鳴が聞こえて来た。


⁉︎


僕は周囲を見回すが、声の主は見当たらない。

通行人も誰一人として、その声に反応した様子はない。

おかしい。今の悲鳴はどう考えても、悪ふざけで叫んでいるのとは異なる声だった。恐怖し助けを求めるーーーーそんな声だった。

僕は、通行人の波の中心で立ち止まると、目を閉じ意識を研ぎ澄ます。

集中するんだ。集中。きっと見つけられる。だから、もう一度だけ!

その時、

「だっ! 誰かあああああああああ!」

僕は、駆け出した。

この響き方、音量から予測される範囲は限られる。つまり、路地裏かビルの隙間。目視範囲にある該当箇所は六。しらみ潰しにする時間が惜しい。何か決定的なものがーーーー

その時、目の前の該当箇所、ビルの隙間の前に女性のヒールのようなものが片方だけ転がっている。

「ここか!!!」

僕は、躊躇なくそのビルの間に駆け込んだ。

奥まで走ると、ちょっとした物置のような開けたスペースに出る。木箱や電子機器の放置されている奥に彼女とそいつはいた。

ビジネススーツを来た女性は、恐怖のあまり涙を流し、腰を抜かしている。そして、彼女の前にはーーーー

「……コロセバ……クル。ヒメイキイテ……クル。イジン……ガーーーー」

不気味な声を漏らし、フラフラと彼女に近づく男。

ボロボロの衣服に伸びきった髪。一見ただの浮浪者に見えるが、ただ一つ浮浪者以前に人としてありえないところがあった。


全身のあらゆる箇所から、無数の金属製の刃物が飛び出している。


正しくは、刃物が体からはえているように見える。

「コロソウ。……フリオロソウ。ブッコロソウ!!!」

言うなり、男は手にはえた刃物を振り上げた。

絶叫する女性。

僕は、無意識のうちに地を蹴っていた。

「やめろぉおおおおおおおおおお!!」

僕の怒声に動きを止めた男。その後頭部を僕は、あらん限りの全力で蹴り飛ばした。

「ッ⁉︎」

男は、女性の横にある木箱に盛大に突っ込んだ。木箱が砕ける音と、木屑と埃が宙に舞う。

僕は、女性に手をとり、急いで立たせて通りの方を指す。

「早く警察を!」

彼女は、涙に濡れた顔でコクリと頷くと、通りに向かって駆け出した。

彼女を見送ること数秒。

「……キタキタ。イジン。ダレダ? ミナイカオ」

木箱の残骸の中から、男が立ち上がる。いつの間にか全身の刃物が消えている。代わりにその右手には、旧式のスマホが握られている。

僕は身構え、敵の様子を伺う。……イジンって、偉人のことか? こいつ、僕のことを知ってるのか?

すると、不意に男はちばしった目を見開き、口元を歪めると、スマホを顔の横に構え、起動スイッチを押した。

「ブレイクウォッチ。《ヤイバムクロ》」

刹那。

スマホから、光が溢れ、奴の肉体から先程同様に無数の刃物が出現した。

「……超能力かよ…………」

呟きも早々に男は、襲いかかって来た。

「うわっ⁉︎」

すれすれで振り抜かれた刃物を交わす。しかし、すぐさま第ニ第三の攻撃が僕を襲う。

「っく!」

刃物が擦り、腕から鮮血が飛び散る。

距離を取り、苦痛に顔を歪める僕に、男は言った。

「……ナゼ、ツカワナイ。……ツカエ。ツカエ。……オマエノ……ブレイクウォッチ!!!」

振り下ろされる刃物。慌てて回避しようとするが、いつの間にか角に追いやられており逃げ場が無い。

ーーそんなっーー


その時だった。


「ブレイクウォッチ《風林火山》。風牙斬撃ノ調!」


不意に響いた凛とした声。

突如出現した風の刃に薙ぎ払われる男。


そして、僕は見た。

そこに立つ、美しき少女をーーーーーーーー





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