第四章 化け物のつくりかた
第四章 序
104 手紙
アシュタヤへ
まず最初に二つ、謝っておこうと思う。
一つは、僕の字が下手で恐ろしく読みにくいこと。
もう一つは、きみに何の相談もしなかったことだ。
きみが怒っているのは予想がつく。でも、理解はして欲しい。少なくともバンザッタで再会した日に言った「一緒にいてくれ」という言葉はまったく本心のものだった。
騙そうとするつもりなんて欠片もなかったんだ。
きみにはいつか話したかもしれない。
僕がいた世界は厳格な法と宗教に支えられていて、その中で生きているうちに僕自身もそれらをとても尊いものだと思うようになった。息苦しさはなかったよ、海に生きる動物が溺れないように、それが当たり前だったから。
きみは覚えているかな?
去年か一昨年の話だ。レカルタの周辺で化け物が出る、って噂になったことがあるだろ? 貴族が殺されたせいで、国が山狩りまでして(それも二度!)真相を突き止めようとした、あの出来事だ。
今まで打ち明けられなかったけれど、その化け物は僕のことなんだ。
僕が貴族を二人、殺した。
別に罪悪感に悩まされているわけじゃない。人を殺したっていうのにおかしな話だけれど、なんだか心が麻痺しているみたいに、そのときのことに後悔はないんだ。
でも、法律と罪悪感は厳然とした線で区分されている。
エニツィアの法律では貴族殺しは重罪だ。国に貢献してきた貴族を殺す、という行為は国への背信と同義だから。殺された貴族がエニツィアに背を向けていたとしてもそれは変わらないし、変わっちゃいけないと思う。
だから、僕は僕の罪を告白することにしたんだ。
どうして今さら、ときみは訊くかもしれない。もちろん、すべてが終わった、ということもあるし(これを書いているのは冬だけど、危機は去ったと信じている)、他の理由もある。
想像して欲しい、アシュタヤ。
エニツィアでは僕の容姿は目立つ。レカルタの付近では夜ごと、狩人が仕事をしている。
これまで証言なんて出てきていないけど、僕が貴族を殺した瞬間を目撃した人もいるかもしれない。
もし、ギルデンスやオルウェダ家の残党がその事実を耳にしたらどうなるだろう。
きっと彼らは僕をきみやカンパルツォ伯爵の拭い去れない汚点として語る。カンパルツォ伯爵の指示で僕が貴族たちを殺したと吹聴し、純白だったきみたちの理想に血を塗るはずだ。
僕にはそれが堪えられない。
僕のせいで、きみやカンパルツォ伯爵の理想が穢れるなどあってはならない。
……話は少し変わるけど、夏にきみのお父さんと会ったときにこう諭されたんだ。
人間が善くあろうとするのは人間だからだって。ラニア卿は善の道を歩けなくなるのは善を諦めた瞬間だって言っていた。
あるいはキーンさんはこう冗談めかした。
罪を犯したなら、裁判にかけられるしかない。
それらは鋼鉄の真実だ。道徳上の罪は神さまが裁いて、法律上の罪は人間が裁く。だから、僕は自分を断罪することに決めた。僕が力を振るえば振るうほど、僕の罪が露見する可能性が高まるから。
みんなが力で欲を叶えようとする腐った貴族と同類に見られてはならない。
身勝手だけど、お願いだ、アシュタヤ。
僕の気持ちを理解してくれ。きみたちが作る国を守りたい、それだけなんだ。
……ああ、きみが呼んでいる。窓の外からでよかった。
雪合戦だって、きみがこの手紙を読んでいる頃は暖かな春だろうから、懐かしいでしょ?
一つだけ忠告しておくけど、フェンとヨムギとは一緒にやらない方がいい。フェンがいると雪が土で汚れるし、ヨムギは雪の中に氷を混ぜようとする。絶望的に雪合戦に向いてないよ。
じゃあ、僕も雪合戦に興じるとする。
色々言いたいことはたくさんあるけど、それだけで一冊の本になりそうだからここらでやめておこう。
とりあえずきみがこの手紙を読む日まで、僕はなるべく多くの笑顔を作ることを約束するよ――作ろうと思わなくても自然とそうなっちゃう気がするけど。
アシュタヤ。
きみと出会えて本当に良かった。幸せばかりがあった。
だから、きみも幸せになってくれ。
ありがとう。
精一杯の愛情を込めて
ニール・オブライエン
追伸
少し前に、ギルデンスが国という存在を化け物に喩えた、と伝えたよね。きみは少し苛立っていたけれど、僕には少し共感ができたんだ。
国は一つの生き物だ。その中で暮らす人々を利用して大きく、強くなっていく。でも、その一方で、僕たちもその国にしがみついて安全や安定を享受する。それは悪いことではないと思う。
問題は、僕たちがその化け物のことをどう考え、どう行動するか、だ。皆で一生懸命世話してやれば化け物だって僕たちを踏みつぶさない。化け物に善を与えることが、人のできることなんだと信じている。
不格好だけど、これが僕なりの、化け物のつくりかたなんだ。
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