74「オヤジさん」

 その日のうちに僕は医務所を出ることにした。看護士はまだ動き回らない方がいい、と忠告してきたが、「安静にしているのであれば同じでしょう?」と返すと、「勝手にしてください」と怒気の孕んだ呆れ声で答えた。


「どうもありがとうございました。それと……色々すみません、ちゃんと寄付はしておきますから」

「いりません」

「え、でも」

「あなたの知識だけで十分な寄付になりました。なので」


 看護士は微笑んだ後、深々と頭を下げた。

 謙遜するのもどこかおかしいように思え、彼女の厚意に甘えることにした。僕は「じゃあ、それでお願いします」と冗談めかし、その場を離れる。

 外に出ると夏のぎらぎらとした日差しが皮膚を刺した。久々に雲のない空を見た気がした。


 

 ラ・ウォルホルでの戦いが終結したのは昨日の夕方になる前だったらしい。僕が倒れたのが昼頃だったから丸一日経過していることになる。身体のあちこちに倦怠感の残滓が張りついていて、関節を曲げるとぎしぎしと軋むような感触があった。

 まずはどこかで昼食でも食べようか、と周囲を見渡す。


 僕がいるのはハルイスカの街だった。

 隣で寝ていた軍人によると怪我人の多くは大勢が決した頃、即座にラニア領ハルイスカまで搬送されたらしい。ラ・ウォルホル領は南北に長く、ハルイスカはラニア領の東の端に位置している。怪我人を乗せた馬車でも日が沈む頃には到着するため、衛生的ではない野営所よりも施設が整っているハルイスカで治療した方がよいと判断されたのだろう。

 怪我をしていない軍人と傭兵の一部は砦の整備のためにそのままラ・ウォルホルに残っているそうだ。当面の危険は去ったが、ラ・ウォルホルは東部における国防の要所であることには変わりがない。一刻も早く再建しなければならないのは当然とも言える。


 傭兵の一部が参加しているということはそれなりの給金が出ているはずだ。だが、まともな労働に取り組んだことのない僕の傭兵団の連中が汗水垂らして働く姿は想像できなかった。

 まあ、歩き回っていればどこかで行き会うかもしれない。

 まずは食事をしたいということもあり、僕はハルイスカの中央通りを進んでいく。ラニア夫妻と会ったときと異なって住人の姿はそれなりに見受けられたが、そのほとんどが日常の姿、というより日常へと帰ろうとしている姿のようでもあった。すれ違う彼らの多くは大きな荷物を背負っていたり、忙しそうに走っていたりする。

 戦争の余波が翌日に消え去るわけがない。立ち並ぶ店はことごとく休業中で僕は空腹を満たすことができないまま、途方に暮れる。


 民家の前で鉢植えに水をやっていた夫人に話を聞くと、どうやらほとんどの住民が避難先から帰ってきていないそうだ。ハルイスカからしばらく南に進むと運河と水門を管理するために造られた街があり、ハルイスカの住人たちはいざというときに備えてその街に避難していたらしい。


 ヤクバやセイク、レクシナと魔獣を狩りに行った日を振り返る。あのときは小舟と筏だったため水門に阻まれることはなかったが、それでも水門をくぐるときにはぶつかって転覆しないかと心配した覚えがあった。

 敵が市民を追跡したとしても船がない。船を手に入れても十分な人員は割けない。戦果から逃れるためには合理的な選択だ。

 だが、僕の頭の中を占めていたのは感心ではなく、食欲だった。あのとき食べたデギ・グーはうまかったな、と舌の上で溶ける濃密な味を思い出し、空腹が刺激される。夫人に「営業している食事店はないか」と訊ねると、彼女は「もしかしたら」と前置きしてメインストリートの端にある店を紹介してくれた。


「商魂たくましい、というか、結構高いからおすすめしないけどね」

「いい食材を使ってるんですか?」

「目玉が飛び出るくらいの値段だけど、ほっぺたは落ちないよ」

「それはそれは」


 僕は背嚢に財布代わりの麻袋があることを確認して、その店に向かうことにした。

 硬貨というものは便利だとしみじみ思う。かつての世界では電子貨幣が主流となっていて、どれくらいの金額があるかは実際に調べるまで分からなかった。それと比べたら重さと感触である程度の察しがつくコインの方がよっぽど利便性が高い。

 街のメインストリートを進んでいくとすぐに夫人の教えてくれた店が見つかった。そこだけに人集りと騒々しさが満ちていて、疑う余地などなかった。利用している客の多くが傭兵で、ガラの悪さに眉を顰める。あんな前評判を聞いておいて列に加わるのも癪だったが、背に腹は代えられない。僕はしばらく並んだ後で持ち帰りのできる料理を頼み、その値段に夫人の言ったとおり目玉を飛び出させてしまった。


 剥き出しのサンドイッチを手に再び歩く。落ち着いた場所を探しているとちょっとした花園に行き当たり、ベンチが置かれているのが目に入った。

 そこに腰を下ろし、サンドイッチにかぶりつく。デギ・グーの味を思い出していたものだから、ぱさぱさのパンとぱさぱさの肉、ぱさぱさの野菜はひどく味気なく感じた。期待と一緒に水分まで奪われてしまったほどだ。僕は息苦しさに喘ぎ、花園を整えていた中年の男を呼びつけて何とか水をねだった。

 中年の男は空返事をした後、何をするかと思いきや、意地の悪い笑みでじょうろを僕の口に向けてきた。失礼な、と憤慨する余裕もなく、もはやそれでも構わないと思って口を開けると、彼は一瞬ぽかんと、それから腹を抱えて笑った。


「気に入った。そこまで水が欲しいなら持ってきてやるよ」


 彼はじょうろを道ばたに置き、小走りで花園の脇にある民家へと駆け込んでいく。それほど時間は経過したようにも思えなかったが、待ちきれず、いっそじょうろの中にある水を飲んでしまおうかと考えたときに男は戻ってきた。


「ほれ、うちで作った茶だ。味わって飲めよ」


 ティーポットから陶磁器のカップに注がれた茶を飲み干す。消え去った胸のつかえに、ほう、と息を吐き出す。


「ありがとうございます、助かりました」

「いいよ、気にすんな。笑わせてもらったしよ。……しかし、兄ちゃん、珍しい髪の色してんなあ」


 まじまじと髪を見つめられるのも久しぶりで、気後れした。エニツィアの国民は主に黒い頭髪をしている。赤や茶ですら滅多に見ないほどだ。僕は金の髪を撫でながら俯く。


「やっぱり目立ちますか」

「まあ、そりゃあ、な。旅行者……じゃねえよな、こんな時期に」

「そうですね」僕はもう一口、茶を飲む。「傭兵を少々」

「はー、なら、兜被らなきゃ目立って危ねえな」


 彼は自分の言ったジョークに大笑いし、もう一つのカップに茶を注いだ。どうやら作業を再開するつもりはないようで、僕の隣に座り、自らの茶の味に目を細めて喋り始めた。

 大きな体格のくせに、と言ったら失礼だし、偏見に満ちているけれど、彼は花を本当に愛しているようだった。話は終始、花に関することで一貫し、この花園を作るまでにどれだけ腐心したか、という苦労話であるとか、戦争で花が焼けたら鍬を持って突撃していたかもしれない、などという本気なのか冗談なのか分からない決意を語った。


 つまらない与太話ではなかった。

 語り慣れているのか、適度に脚色されているだろうその話は武勇伝のような勇ましさと面白さがあり、粘土細工みたいなサンドイッチを食べ終わった後もその場を離れることができなかった。

 木陰になっているベンチで、僕は彼の淹れた茶を飲みながら話に耳を傾け続ける。カップの中が何度か空になり、男はそのたびに茶を注ぎ足して「どうだ、俺の作った茶は」と訊ねてきた。素直に褒めると、彼は鼻高々、といった具合にしたり顔を作った。


「自分で言うのもなんだけどよ、結構評判いいんだよ。ラニアさまのとこには劣るけどな」

「そんなことないですよ。確かにあの茶も良かったけど」正直に言えば、シャンネラの淹れた茶の味は途中から分からなくなってしまっていた。「負けないくらいおいしいです」

「お、兄ちゃん、飲んだことあるのか。すげえな」

「でも、おじさんも、ですよね。ラニアさまって気軽に振る舞われたりしてるんですか?」

「いや、ちょっとした縁でな」


「縁?」と僕は訊き返す。彼の花園は素人目から見ても見事だから、造園に関することで何かあったのかもしれない。

 そう考えていただけに、彼の次の言葉を聞いた瞬間、思考の歯車が音を立てて止まった。


「昔、迷子になったあそこの娘さんが俺の花園に入ってきたんだよ」

「え」

「前の戦争のときだったなあ。なんか動物を探してるっていうから、協力してやったんだ。その頃から俺の花はすごかったんだよ、動物すら呼び寄せるほどなんだから」


 その話は知っている。アシュタヤが戦争に参加することになるきっかけの話だ。彼はその驚きを自分の話への反応と勘違いしたのか、気をよくして続けた。


「それでその動物を捕まえてな、迎えを待つ間に茶を振る舞ったら大層喜んでくれたんだよ……それで領主様に呼ばれたってわけだ。……なあ、兄ちゃん、何の動物が入ってきたと思う? 当てたら花束でも作ってやるよ」


 縁、か。

 僕は心の中でその単語を反芻し、胸の中に湧きあがった暖かさを噛みしめる。アシュタヤとの繋がりが切れていないような気がして嬉しくなった。

 彼女と再会する資格を得られるのはきっとまだまだかかるだろうけれど、そのときになったら自慢するのもいいかもしれない。きみがおいしいと褒めた茶を浴びるように飲んだんだぞ、と。

 僕は少しだけ考える振りをしてから「リス、ですか?」と答えた。男は思いきり騒ぎ立て、「まさか知ってたんじゃないんだろうな」と苦笑しながら詰め寄ってくる。「どうでしょうね」としらばっくれると、彼は頭を掻いた。


「参ったな、当てられるとは思わなかった」

「花束はいいですよ、なんだか悪いし」

「いいや、男に二言はねえ。ちょっと待ってろ」


 男は立ち上がり、花園の隅に咲いていた花を数輪摘んだ。それらをポケットの中に入っていた麻紐で縛り、僕に渡してくる。突き返すのも申し訳なく、受け取ることにした。

 とはいえ、僕が持っていてもどうしようもない。

 ヨムギにでもあげようか。彼女には少しくらいお淑やかさが必要だ。夏の花は煌めくように咲き誇っていて、きっと貞淑などという花言葉は一切ないのだろうけれど、それを差し引いても彼女よりは勝っている。


「なあ、兄ちゃん、最後にもう一度聞くけどよ、本当に知らなかったのか?」

「……ちょっとした縁、ですかね」


 一拍置いて男は高らかに笑った。「そりゃ、参ったな」


     〇


 男に別れを告げた後、馬小屋を訊ねた。ラ・ウォルホルへと向かうためだ。

 サイコキネシスを用いて走って行けば金もかからない上に手っ取り早いのは事実だが、今の体調では集中力が続く自信がなかったし、誰かに見られることを加味するとあまり気が進まなかった。

 馬を借り、僕は一路、東へと進んでいく。

 明日にすればよかった、と後悔するまでにはそう時間はかからなかった。馬に乗る感覚はすぐに馴染んだが、一時間も経たないうちにその感覚も疲れへと変貌した。染みついた疲労で手先は弛緩しそうになるし、頭は霞がかかったかのようにぼんやりとする。利口な馬であることだけが幸いだった。


 結局、僕がラ・ウォルホルに到着したのは背後にある太陽が直視できるほどの橙に染まった頃だ。長く伸びた影が煌々と輝いている魔法石の灯りへと向かっている。馬もその光がゴールだと考えたのか、少しだけ速度が上がった。

 居住地区のそばまで近づくとその光が作業のために照らされているのではない、と分かった。どうやら寸暇を惜しみ、夜通し作業しているわけではないらしい。通りには和気藹々と歓談する多くの人の姿がある。家々から明かりが漏れていることから判断するに、居住地区を寝泊まりする場所として使っているようだ。


 入り口にいた二人の警備兵はこの時間の来訪者を怪しく思ったのか、停止するように声を張り上げた。けれど、すぐそばまで近づくと彼らの表情から警戒の色が消える。隻腕の金髪などそういるわけでもないのだろう、僕の顔と名前くらいは知っているようだ。

 馬から下りて会釈する。重さから解放された馬が自身を労うような荒い鼻息を吐き出した。


「お前、レプリカだな? お前みたいな腕利きがわざわざこんな作業するのか?」

「だとしたら、残念だな、今日の作業は終わったぞ」

「いえ、違うんです。ちょっとやり残したことがあって」

「やり残したこと?」

「できれば、そうですね、指揮官さんにお目通り叶いませんか?」


 僕はともにハルイスカへ赴いた指揮官の名前を告げる。方面総監よりは話が分かるだろう、という期待もあったし、あの方面総監がこんな場所に留まっているはずがない、という決めつけもあった。

 二人の警備兵は互いに顔を見合わせた後、渋い顔をした。


「無理だな」と二人の声が揃う。「約束など取り付けていないのだろう?」

「そこをなんとか」

「まあ、落ち着け。今日は、の話だ。あの方も忙しくてな、朝から晩まで働きづめだそうだ。今夜はとりあえずここで休んで明日にでも伺ってみろ。可能性はある」


 無理もないか。

 昨日の今日だ、地位の高い軍人ともなると様々な戦後処理があるのかもしれない。

 僕は彼らに礼を言い、それから馬を繋ぐ場所はあるか、訊ねた。

 話を聞くと僕と同じようにハルイスカから馬でやって来る労働者たちが多く、そのための馬小屋があるとのことだった。金を払えばハルイスカまで馬を送り返してくれるサービスも行っているらしい。さすが街道が各地に張り巡らされている国だ。貸し馬業者の組合の力は強く、迅速である。

 簡単に案内を受けたあと、僕は話を戻した。


「それで、どこに行けば、彼と話ができるんでしょうか」

「どこって、要塞に決まっているだろう」

「あれ、あの要塞、使えてるんですか」


 僕は目を細めて遠くの要塞を凝視する。西日は要塞の輪郭だけを照らし出していて、状態を確認することはできない。とはいえ、大体の予想はつく。あの戦いでは大規模な攻城兵器は使用されなかったのだ、今回の事業は再建というよりも増強という側面の方が強いのかもしれない。


「じゃあ、明日の朝にでも伺ってみることにします。……ところで、ここの家って勝手に使っていいんですか?」

「まさか」と右の警備兵が頬を緩ませる。「少し行ったところに登録所がある。そこに行って割り振ってもらうんだ」

「ああ、でも、お前は必要ないかもな」

「どういうことですか?」


 左の警備兵の言葉に首を傾げたのは僕だけでなかった。右の警備兵も訝るような目つきでもう一人の警備兵を睨んでいる。戦果を挙げたとは言え僕は一介の傭兵だ。それほどの自由があるとも思えない。


「ほら、あのオヤジさん、お前の知り合いなんだろう」

「えっと」言いながら僕は頭領の風貌を頭に浮かべる。「あの、オヤジさん、ですか?」

「そうだ、元軍人の。あの人、仲間と一緒に寝るっつって固まってんだよ。まあ、問題が起こっても面倒だから知り合いは大概同じ宿舎に割り振られるんだけどな」

「ちょっ、ちょっと待ってください! あの人たち、この仕事に参加してるんですか? っていうか、知り合いなんですか?」

「知り合い、ってほど知り合いじゃないが、まあ、顔くらいは知っている」


 軍人同士の繋がりよりも彼が、というか、あの傭兵団兼盗賊団の連中が労働に従事していることに驚きを覚えた。

 もしかしたら、と思う。

 もしかしたら、かつての僕の忠告に従って汚い仕事から足を洗おうとしているのかもしれない。

 だとしたら、相当笑える。夏の暑さに盗賊稼業ですら怠けて川で涼んでいた彼らだ。汗水流して働く姿を想像して噴き出しそうになってしまった。


 僕は不審げな視線を送ってくる警備兵をごまかし、改めて礼を言った。馬に跨がり、居住地区の端にある馬小屋へと向かうことにする。警備兵とすれ違ったところで背嚢にくくりつけた花束を見られ、「あいつ、花なんか持ってきてるぞ」と笑う声が聞こえた。

 登録所で頭領たちに割り振られた宿舎の場所を聞いたため、傭兵団の面々を発見するまではそれほど時間はかからなかった。ちょうど夕食の時間帯だったらしく、彼らは炊き出しに並ぶ列から少し外れたところにたむろしている。


「まさか、まともな仕事をしているとは思いませんでしたよ」


 そう声をかけると、彼らは驚きと喜び、それらを疲労で覆い尽くした弱々しい歓声を上げた。


「本当だよ、レプリカ。オヤジがとち狂ったんだ」「お前、大丈夫だったのか?」「おい、レプリカ、お前もオヤジに何か言えよ」「なんで俺らがこんなことやらなきゃいけねえんだよ」「心配させやがって」


 彼らは口々に、好き勝手に喚き始める。十人ほどから同時に話しかけられてもどう答えればいいのか分からず、僕は苦笑を浮かべて頭領を見つめた。地面に座っていた彼も苦々しい顔をしていたけれど、その表情には確かな充足があった。「これでいいんだろ?」と誇るようでもある。


「レプリカ、身体はもう、いいのか?」

「ええ」僕は頷き、それから、ゆっくりと息を吸い、吐き出した。「ご心配おかけしました……オヤジさん」


 頭領はその一言に目を丸くした後、嬉しそうに微笑んだ。それだけで、僕の言いたいことが伝わったようだった。


「で、どうしたんだ? まさか、お前も働きに来たのか?」

「いえ、そういうわけじゃないんですよ」


 そう答えると傭兵団の連中が一斉に不満の声を上げた。僕はそれを軽やかに無視し、続ける。


「ちょっと用事がありまして」

「用事?」

「まあ、それは明日でもいいんですが……そういえば、ヨムギは? 一緒じゃないんですか」

「ああ、まあ、一緒なんだがな」


 頭領は答えながら噴き出し、炊き出しが行われているテントの方向を指さした。焚き火によって煌々と照らし出されているその場所には人集りができている。何があるのか、と首を伸ばすと、僕も思わず噴き出してしまった。

 人集りの中心にいるのはヨムギだ。顔を赤くしながらむすっとした顔をしている彼女はいつもの汚れた動きやすい格好ではなく、町娘のような衣服に身を包んでいた。軍人たちとその妻なのだろうか、中年女性が手を叩いて囃している。

 どうやら玩具にされているらしい。容姿だけ見ればヨムギの顔は整っているため、男の労働者や軍人ばかりのここではがさつな彼女でもいい見世物になるのだろう。


 腹を抱えて笑っていると、ヨムギも僕の存在に気付いたようだった。赤い顔をさらに紅潮させ、一つに括った髪を揺らしながら大股で僕の方へと向かってくる。懐かれてしまったのか、ヨムギの後ろに彼女と同じか少し下くらいの歳の女の子が着いてきていた。光沢のあるブラウンの髪が炎に照らされて、ヨムギの髪の色に近づいていた。

 似てはいないが、姉妹みたいだ。

 連れだって歩いてくる姿がなんだか彼女らしくなくていっそうおかしくなる。どうせまた小言を言われるくらいなら笑ってしまった方が得だろう、と僕は大笑した。


「レプリカ!」と声が響く。


 ヨムギの声ではなかった。後ろからひょこひょこと着いてきた、おかっぱ頭の女の子が発した声だった。

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