第52話 門 1

 赤いれき砂漠の上に輝き始めた星を見上げて、ミヤギはふうと息をついた。

 リツミのくれた日避け布を頭から取る。


 砂の街を出てしばらく。


 この砂漠も夜になるとかなり気温が下がる。

 しかしなるべく陽光を避けるために、夜になるのを待って街を出た。

 今からミヤギ達、そして村人達が行こうとする方向の砂漠に線路はない。街からオアシスを繋いだトロッコのような移動手段はないのだ。

 砂漠を出るまで長い歩きになるため、かなり多めに補給をして街を出た。 




 さかのぼること今日の昼間。


「……門?」

「ああ、門。首都へ行くにはそこを抜けないといけない」


 村長のシワだらけの指が地図をなぞる。

 砂の街を北上し、砂漠を外れた山中にある一つの印を指した。

 それが『門』。


 港市連合が守る大きな関所だという。光領から首都を守る最後の砦。その意味を込めて『門』と呼ばれているらしい。


 今まで山歩きが続いたミヤギ達も村人達もやっと休息をとれたが、砂の街がこの旅のゴールではない。

 首都へ。旅路は始まったばかりだ。

 

「すまないね、みんな。休息もそこそこに……」

「元々急ぐ旅じゃ。覚悟はできておる。物資は村長から取れるだけふんだくってきてやったしな」


 村長の言葉に、いつもの顔に傷のある老人が答える。

 ミヤギ達も同じ気持ちだ。ダムで追ってきた光領がどうなったかは知らないが、急ぐにこしたことはない。

 それに、目的地に早くたどり着けば着くほど物資も節約できるだろう。


 怪我続きのルイも、休息をとって少しは体の傷が癒えたようだ。

 彼はミヤギの視線に気付くと、にいっとからかうように微笑んだ。


「今度は迷子になるなよ、二人とも」

「えへへへ……」


 ミヤギと一緒にリツミも苦笑いする。

 ルイが言っているのは商店街での『迷子事件』のことだ。


 結局あの後リツミも迷子になったとかで、彼女とレンとミヤギ、三人で探し合ってやっと合流できた。

 最後に合流したのはリツミで、日避け布を片手に満面の笑みで商店の前にいた。

 どうやら値切って安く購入できたらしい。それに夢中で迷子になったようだが。


 ほんとに彼女は非常時以外は抜けてるんだな。ミヤギもまったく他人のことは言えないが。




 とにかく、この国の首都までの過酷な旅は再開した。まずは村長達の言う『門』まで。迷ってまでリツミが見つけてくれた日避け布は大事に使おう。

 ミヤギは白い布をくるくると巻くと、ハトムギの眠るかばんの中にしまい込んだ。






 部屋の主は毛織物を広げた長椅子に踏ん反り返り、優雅に足を組んでいた。

 整った口元にうっすらと笑みを浮かべて。


「久しぶりだな、コウノ」


 傾いた陽に、それはまるで砂漠の王族のような姿だった。

 夕陽に映える鷲の目が、爛々と光って訪問者……コウノを捉えている。


 コウノは軍服ではなく、日避け布を被った旅人の姿だ。

 そのせいで、向かい合う二人はまるで本当に王族と使者のような格好だった。

 実際には、同じ国の同じ人間に仕える同僚ではあるのだが。


「まさか光領の英雄と称えられるお前が変装までして先見隊とは、ここの部隊は人使いが荒いな」

「異界人なら当然の任。俺達でなければ近付けない場所もあります」

「なるほど。徒歩で内緒の回り道……異界人の力をフルに使う潜入作戦だ。それだけ海岸線の防御は堅いということか。まあ、さすが『港市』連合だな」


 男は客に構わず、すぐ左手のテーブルにあった杯をあおる。

 コウノはそれを黙って見ていた。


「そう難しい顔するなって。俺がいるからって、まさかお偉いさんはこの街まで撃ち抜いたりしないだろ?」

「軽率な発言は控えていただきたい」

「悪いな。お前を見るとつい皮肉が出る。……それで、俺に一体何の用があって来たんだ?」

「では単刀直入に。この国はあとどれくらいで落ちそうですか?」

「俺がどのくらいこの国の重臣を懐柔できたのか確認しに来たわけか」

「我々がうまく呼応できれば、港市連合の守りもより容易に崩せる」


 表情なく告げたコウノの言葉に、男は微笑んだままゆっくり立ち上がった。

 そのまま窓辺に向かい、まだ陽の残る通りを見下ろす。


「俺からも聞かせてもらいたいね、コウノ。光領は本当に世界征服できそうか?」

「藪から棒に、一体何を」

「アルテリア様が頼りないと言うつもりはない。しかし彼女の下で、諸侯が一つにまとまっていないのも確かだ。このままいけば世界統一が成る前にどこかが綻ぶ」

「……」

「一匹のネズミ、一匹のアリを逃がしたことで成されなかった大業もある。……お前、他にも何か俺に言うことがあるんじゃないか?」

「ひとの心を読んで……レ・ウィンのまね事ですか?」

「長く一緒にいる内にあいつの癖が移っちまってな。俺はやつのように完璧に他人の心は読めないが、隠し事くらいは見抜ける」


 そう呟いた男の声音は、陽から陰に落ちていくように剛毅で冷ややかだった。

 窓辺から悠然と振り返り、コウノと初めて真っ直ぐ目を合わせる。

 お前の知っていることを早く話せと。


 それを見たコウノは、一つため息をついて答えた。


「……あなたの因縁の相手が、この街に来ていた」


 それを聞いた瞬間の、その男の目と言ったら……。


「因縁の相手というと、俺の『待ち人』か?」

「あなたがそう呼んでいた相手です」

「……。そうか。やっと帰ってきたか。それなら、もうすぐ会えるんだな」


 まるで確信しているように、そう呟いた。

 熱い吐息混じりに、芯まで凍てついた声音で。

 ハクメがダムで吐いたような歓喜や嫌悪の言葉ではない。それよりもっと底の見えない感情で。


「彼女はどうやら、仲間とともに首都まで行く旅に出たようです」

「首都ね。……あいつらが行く先、港市連合でも有名な守りの門がそびえてる。やつらはそこまで容易にたどり着くだろう。だが――」


 潤んだ鷲の目が、残り陽を集めて鈍く光った。


「白い挑戦者よ。向こうで待ってる悪魔によろしくな」

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ヴァイオレンシア はじ湖 @hajico

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