七冊目 彼女と僕
頭がいいという事と、賢いという事と、勉強ができるという事は、似て非なるものだと、最近よく実感する。
学内ランク200人中183位のぼくが言ったところで何も無いしお前何言ってんだそんな成績で、なんて言われるに決まっているわけだが、かくいうぼくも身にしみるというか、目の前で見ていたのだから嫌が応にもさとらずにいられない。
それほどに彼女は「賢い」のだ。
そう、今更になって思ったりする。
「きみってさ、とっても月並みだね」
「はあ」
「なにやっても普通だもんね」
「はあ」
「………ほんと、月並み」
ふふふ。彼女はぼくの目をじっと見て笑う。笑うというより咲う、と言った方がきっとその頰笑みに相応しい。細めて下唇を隠すその顔は誰よりも綺麗だと、案外本気で思う。
「君って本当に愉快だねえ」
「そうですか」
「そうだよ」
彼女はふわふわ笑って、片手に持ったポケベルを操作している。ぽわぽわ机の上に何故か置かれたアルコールランプが光っている。
「私とかになるとさ、思うんだよね。変に気取って馬鹿馬鹿しい事する奴より何より君みたいな子がいいなあって」
「はあ」
「普通ってさ、意外と手に入らないものなんだよね」
資料室といえど大学の小さな部屋で、しかも物が溢れているせいで彼女とぼくの距離はかなり近い。と言っても1メートル位はあるけれど。それでもぼくから見たら近すぎて憤死してもいい距離だ。そんな事を考えていると、まるでぼくの心を読んだかのように「青春だね」彼女は笑った。
「ねえ君ってさ」
「はい」
「むかーしむかしに山とか登ったりしなかった?」
「山ですか」
「山です」
山か。登りすぎてわからないな。すると彼女は「じゃあ質問を変えるよ」ぼくの返答を待たずに質問を変えた。
「山は好き?」
好き、か。うぅん。よくわからないな。あまり考えたことがない。
「じゃあいいや」
そこでようやく彼女はぼくから目を離し、「ばいばい、またね」ポケベルに目を落としてぼくの前から一歩引いた。
次会えるのはいつになるのだろう。彼女とぼくは滅多に会えない。ぼくは学生だが彼女は学生ではないのだ。そういえばどうやって資料室に入ったんだろう。いやそんなことはどうでもいい。
「好きです!」
ぴたり。彼女は足を止める。そしてまたぼくの目をじっと見た。
「あ、いや。今のはさっきの質問に答えただけで、その、深い意味は………」
そこで気がつく。彼女が全く喋っていない。あれ、おかしいな。いつもの彼女ならぼくが話している時は必ず言葉を挟むのに。ぼくはそらしていた目を彼女に向ける。すると、
「あ、あう………」
真っ赤に顔を赤らめた彼女が、口をぱくぱくさせてぼくを見ていた。何かを喋ろうとしているのだろうけれど全く聞こえないし喋れてもいない。
「えと、だ、大丈夫ですか?」
「う、ううううるさい!」
彼女が叫んだ。おや、珍しい。
「わっ、わっかんないんだよお前!月並みのくせに予測できない行動しやがって、ばか!」
「え、えっ?」
そんな彼女の姿に図らずもときめいてしまう。どんな姿をしていても彼女はかわいい。
「ば、ばーか!バーカバーカ!お前なんか嫌いだ!」
そう叫んで、彼女は扉を開けどこかへ行ってしまった。
「……………。」
嫌われた。
「ああー、どうしよう………」
ぼくは頭を抱えてその場に座り込んだ。
その後、ちょっとしたハプニングがぼくに待ち受けていたのだが、まあ、そこは特筆しないでおこうと思う。何って言えるのは、
「いまの、かわいかったな………」
ぼくが世界一の幸せ者だということだけである。
七冊目 鎖咄唎(×××)
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