六冊目  きってむすんで、ひらいてとじて

 とっておきのおはなしをしてあげる。

 あのね、どうしてもいやなことってあるでしょ?いじめられたりしたらしにたくなるでしょう?でもしにたくないでしょう?

 あいつらなんかとあいたくないって、もうにどとかかわりたくないって、おもうでしょう?

 そんなとき、ひとつだけほうほうがあるの。

 それはね––––––



 最近、言い知れない感覚に襲われる。

 詳しく言うと誰かに見られているような感覚で、決して気分のいいものじゃない。けれどそれは自分からわざわざ気にしてもいけないような気がして、結局どうすることもできず此処まできてしまった。まあ、何かしら起こった訳でもないし、放っておいている。後ろからこそこそ見られるのは慣れているから、別にどうということもない。

「なにあれ、きもちわるー...」

 誰かに後ろ指を差されるのも慣れている。慣れているのはある意味悲劇なのかもしれないし、可哀想なことなのかもしれない。でもどうでもよかった。

「なーおちゃん、今日はどーしたのー?」

 面倒な言葉も無視しておけばいい。クスクス笑いながら、人を見下して蹴落とすような奴ならなおさらに。そんな生物と会話なんてしたくない。口が腐る。

 どうしてこうなったんだったかな、と最近よく思う。念願の高校に入学して、新しい生活が始まるって楽しみにしていたのに。家からほど遠くない所に位置しているからなのか、小学校からずっと見慣れた顔ぶればかりで、だからこそ安心して高校生活ができると踏んでいたのに、とんだ大間違いだった。こんなことなら通学一時間でも二時間でもいいから遠くの高校にしておけばよかった。大してかわらないだろうに、本当に幼馴染に期待し過ぎていた。何が安心だ。どこも安心できないじゃないか。というかそもそもなおちゃんってなんだ。確かに私は奈保子という名前だがてめえらにそう呼んでくれといった覚えなどこれっぽっちもないし呼んでいいかと訊かれたこともないぞ。

「無視するとかひどくなーい?」

 赤い口紅を塗りたくったクラスの女子軍団が現れて、そのリーダー格の少女が私の顔を覗き込む。目が腐るから止めて欲しい。

「.........してないよ」

「してんじゃーん。うちらかわいそー」

 可哀想?

 脳味噌腐ってんじゃなかろうか。私はそいつらの横を通り過ぎた。惨めにも、顔を伏せながら。そいつらは追ってはこなかった。それにほっとしている自分に凄く腹が立つ。

 そいつらは今も、にやにやクスクス笑ってるんだろう。気持ち悪いことこの上ない。そいつらが、一番嫌いだ。見て見ぬ振りしているクラスの生徒達も嫌いだ。そして何より、心の中ではこんなにも弁が立っているのに、何一つ言い返せず俯いて歩くしかない自分自身が。そんなこんなで、私は学校からの帰路についていた。

「こんな、はずじゃなかった。」

 じゃあどんなのが良かったのかと訊かれるとそれもそれで答え辛い。こんな生活を送っていたせいで感覚がおかしくなっているようだ。新しい生活新しい生活と口に出しておきながら具体的なことは何一つ考えていなかった。それが私の敗因だろう。そんな風に下を向いていた。




 それでも学校には行かなきゃならない。お母さんに心配をかけさせたくない。それでも、それでもそれでもそれでもそれでも。

「あ、う………」

 私の机の上に、


 ––––––花瓶が置かれていた。


 ロッカーに駆け寄り、中を確かめる。鍵をかけているから、変化なんてあるはずが––––––

「––––––うそでしょ」

 そこには、なにもなかった。

 くすくすくす。くすくすくす。

 ああ、またか。お前らか。お前らがやったのか。

「やっだ、そんな顔で見ないでよ。掃除したげただけじゃん。ねー?」

 もう嫌だ。もう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だ。

「しにたい」

「あー?なんかいったー?なおちゃーん?」

 くすくすくす。ああ、もう嫌だ。苦しくてたまらない。縁があるのなら、切れるものなら切ってしまいたい。もう辛い。もうやめてしまいたい。逃げたい。助けて。どうして誰も助けてくれないのだろう。私はこんなにも死にそうなのに。ああそうか、死んでないからか。

 神様なんていやしない。この世は鬼しかいない。

 苦しくともそれが現実だ。そんならもう、やめてしまおうか。現実なんて捨ててしまおうか。

 私はゆらりと立ち上がる。机の上の花瓶を持って、机に叩きつけた。破壊音。鋭い音。みんなが見ている。私を見ている。見ろよ。見たけりゃ見ろ。惨めだと嗤いやがれ。てめえらの前で死んでやる。私の死に様を見せつけてやる。首から血潮を吐いて、てめえらに撒き散らしてやる。一番大きな破片を持つ。クラスで見て見ぬ振りしてた奴等が金切り声を上げる。何人かがクラスを飛び出していく。先生でも呼びに行くの?無駄だよどうせ。今の私は誰にも止められない。空にはお天道様が私をぴかぴか照らしている。そのせいでか私の影は薄い。いじめっ子達はどうせ出来ないくせにって私を見てる。やれるものならやってみろって。ああやってやるよ。今からてめえらの前で死んでやる。トラウマになったって知るか。今の私は何も怖くない。

 私は覚悟を決めて破片を自分の首に捩じ込んだ。あ、死ぬのか。こいつらのせいで死ぬのか。私ってちっさいな。あーあ。もっとなんかあったらよかったのにな。こいつらに、二度と会わずに済む方法が。最初からこうやっていれば虐められずに済んだのかな。あーあ。あーあ。


「………生きたいな」


 ほんの小さな言葉。つぶやいたのは一刹那。

 ぷちゅっ。血が、血管がきれる音。そうして死んだ、私––––––


「本当に?」


 え?


 声がした方を振り向けばそこには大きな鋏が


 じゃくん。






「みんな等しく記憶を失っている。けれど一人一人、一応聞いているんだ。一体、何があったんだ?土砂崩れに学校が巻き込まれたという事になっているけれど、君の学級だけ全員が記憶障害を持っているだなんて、そんな偶然があるものなのか?君は何か知らないか?君だけは学級の中で唯一記憶障害以外の障害があるようなのだが」


「いいえ。


 それはね。

 えんをきってくれるひとがいるんだって。

 あるでしょ?よくいうじゃない、あれだよ、あれ。でんせつだよ。


 見えない両目をひらいてとじて、私は首をひねった。



 六冊目 ××伝説

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