五冊目  神隠れ

 〇〇町は都会として有名な土地にありながら特になにがあるということもない、只の町だ。

 田舎という訳でも無いがかといって都会という訳でも無い、言うなれば学校が点在し住宅地で構成されているような町だ。大きな商店街はその町を含めた地域の中で意外と有名な事は〇〇町の小さな誇りでもある。そんな小さな町に突如異変が起きた。

 町民全員が、のである。

 昭和63年、昭和天皇崩御より1年前の悲劇として密かに嘆かれる、国家権力の手を持って隠蔽されたこの事件は未だ、解決されておらず。

 犯人は杳としてしれないまま、時効を迎えた。




「………〇〇町町民集団失踪事件」

 一人の男が、〇〇町を訪れたのは夏の事だった。黒の堅苦しい三揃いのスーツ姿で、50代程の男は上背うわぜいがあるせいか威厳があり、人を近づけさせない雰囲気を纏っていた。

 どうして彼がここにいるのか。それはまごう事なく事件のつながりがあっての事だった。

 黄色のテープをくぐり、ある箇所へと向かう。

 それは念の為にと調査した、小さな神社だった。

 白熱灯がチカチカとついては切れてを繰り返している。ボロ小屋と見紛うほどの寂れようだ。その石で造られた鳥居がなければ、の話だが。

 鳥居にぶつからないように頭を下げてくぐり、鍵も壊れた社に参拝する。手を合わせて目を閉じた。こういう時は祈るのだと誰かに言われたような気がするが何も浮かばない。頭にあるのはあの事件の事だけだ。

 あれは一体何だったのか。

 誰の仕掛けたものだったのか。

 神というものがいるなら訊いてみたいものだ––––––

「なにってえ、なんでもないですけどぉ」

「知ってるよ」

 ん?

 今喋ったのは誰だ?

 頭を上げ、辺りを見回す。真後ろから声がした様な。そこにいたのは、

 年端もいかない少年だった。

 少女の様にも見える細い矮躯に小さな顔がある。黒い髪に黒いポンチョを羽織り、全身を黒で纏めたその姿はまるで葬式の様だ。異質なのは、その目。常人なら白目がある部分が、黒くなっている。それだけではない、顔には稲妻のような刺し物を施している。肌は死人の様に白い。口から覗く赤い舌が、何故か男の目を引いた。

 にたあっと少年は微笑み、振り向いた男を愉快そうに眺めて笑う。

「まあっさかここにまぁだひとがくるなんてぇ、おもってなかったですう」

 ねっとりとした声が耳にこびり付く。

 その少年のいる場所だけ空間が違っているかの様に黒く、何かが渦巻いている様な気がした。

 少年は下唇を隠してと、また笑う。

「きみ、は、」

「ぼくはぁ、なーんのへんてつもない、かみさまですう。というかあ、かみさまのおてつだいですう」

 自称神は、男の目の前で新しい玩具おもちゃを見つけた時の様に、愉快そうにしていた。

「………はあっ?」

「っといってもお、しんじられないですよねえ?まあいいですけどお」

 ゆあーん、ゆよーん。体を左右に揺らして、少年は男に近づく。

「それにしてもお、ずいぶんとむかしの、ことを、ひきずってえ。もっとじんせいをたのしめばいいですのに」

 少年が一歩前に出る。それに対して男は一歩引いた。それをみてまた少年はにこりと微笑む。微笑むが足を止めたりはしない。また一歩、踏み出した。とん、と、男の背中に賽銭箱が当たる。

「ねえ」

 男の鼻先にまで近づいて、その低い背で、少年は下から睨めあげるように男を見上げた。

「………しりたいですか?」

 その気味の悪い目は何処か蠱惑的な暗さを持ち、まるで値踏みをするかの様に、試す様に男を見据える。背中に悪寒とも取れる心地悪さが走った。

「………」

 生唾を飲み込む。喉のすぐそこまで欲しがる己の声がする。真実を求める声が。だが。

「いらん」

 その声を振り払い、男は少年の横を通り過ぎた。

 駄目だと、男の本能が告げていた。は、得体の知れないは、関わってはいけない部類のものだ。

 あちら側には、––––––行きたくはない。

 少年は相も変わらず、きっとにやにやとしている事だろう。後ろから面白そうな声がした。

「ひんと、あげましょうかあ?」

 男は答えない。その代わり、ほんの一瞬立ち止まった。それを合図にしたかの様に少年はまた喋り出す。

「かみさまがけしたんじゃあ、ないんです、よう?


 かみさまが けされたんです」


 そんな言葉を風に乗せ。

 男が少年の方を向いた時には、そこには寂れた神社があるだけだった。


 それからあの神社には一度も行っていない。



 五冊目 神隠×

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