三冊目  改竄とワラシ

 一日目

 初日。今日は見えない。

 やはり姿を見せてくれない。

 あの者の言う通りなら大丈夫なのだろうが、こんなもので本当に大丈夫なんだろうか。

 気長に待ち続けるしかない様だ。


 二日目

 今日も見えない。

 存在すらわからない事に気がついた。

 確かにいるはずだからめげずに続ける事にする。

 明日は見えるだろうか。


 三日目

 風邪をひいてしまった。

 咳が酷い。熱はない様だ。

 布団で寝込んでいたらいつの間にか氷嚢を変えてくれていた。

 お手伝いさんが××ながら手を振ってくれた。

 とてもいいお手伝いさんだ。彼女は×××××人である。

 寝込んでいてはに嗤われそうだ。早く治さなくてはならないな。


 四日目

 熱は引いた。相変わらず見えない。

 お手伝いさんはにこにこ××ながら「いる訳がありませんよ先生。×××」と朗らかに×った。お手伝いさんの黒曜石の様な瞳が私を見つめるのが、愛らしかった。

 私もそれにつられて×××と×った。

 も×ってくれていればいいのだが。


 五日目

 風邪が治った。全くもって見えない。

 客人が訪れて、うちの洋燈ランプをしげしげと見ていった。客人というか友人だ。「君はまだそんな物にこだわり続けているのかい、馬鹿だねえ」と××った様に云う。馬鹿だとは何だ、君だとて同じように同じような物を追いかけているろうと云ってやると「それもさうだ」とまた×った様にした。彼は馬鹿だが愛嬌のある馬鹿だ。ぜひにも一度会わせてやりたいものだ。そんな事を思っているとお手伝いさんが珈琲を持ってきてくれた。彼は「可愛いじゃないか。何処で見つけてきたんだ」と私を見る。私は困ってしまった。何処でと云われても気がついたときからいるからわからない。そうとだけ答えると彼はうむうむと唸ってそれきり何も言わなくなってしまった。


 六日目

 当然の様に見えない。見えない事に慣れてしまいそうだ。

 めげそうだがめげない。私にはやるべき事があるのだ。そう己を奮い立たせていると電話が鳴った。昨日の彼からだった。

 摩訶不思議な事を聞いてしまった。本当によくわからない。整理ができていない。もしかして、いや、そんな事はあり得ない。だがしかし辻褄がこれでもかというほど合いすぎている。もしかして本当に、××が私の求めていた、見たくて仕方なかった××なのか?もしかして本当に××××××が××××なのか?だとしたら私は今まで何を見て来たんだ?××××なのか。もしそうなら私は×として、やるべき事をしなければ××××××××××××××××××××××××××××××××××××

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わらし

 私は声を掛けた。

 童はその手を、私の日記にインクをぶちまけていたその手をぴたりと止めた。

「童」

 私はいつもの通り言った。

「お前の好きにしなさい。それはお前にやろう」

 真っ黒のインクが床にもこぼれ落ちている。机の洋燈すらも黒く染め抜いて、いつもの橙の灯りは消え失せていた。

「ご主人様、どういたしましょう。こんな筈では無かったのです」

「そうだろうね」

 私はそう応える。

 ぐりんっ。

 彼女の首が、首だけが捻れてこちらを向いた。

ぎぼぢばどーでずがきもちわるいですか?」

 真っ黒。まっくろだ。

 彼女の目のあった場所には、只々空洞しかない。

 言葉にならない言葉を紡いだ彼女の口の中も闇の様に黒く、何かが渦巻いている様に、私には見えた。

 その言葉の答えを言おうとした時、体が揺れる。がくんと頭が振れて、自分の首が絞められている事に気がついた。ぎちぎちぎち、と厭な音がする。体の中から発せられたその音は妙に大きかった。

 ぐりん、と、彼女の首が前に戻る。捻れた痕が痛々しく彼女の首にある。

 私は細くて今にも折れそうな彼女の手首を撫でて、それから彼女の首に触れた。その動作だけでもう既に腕が震えている。きっと血が回らなくなってきているんだろう。

「×××××」

 口をついて、そんな音が私の口から漏れた。

「×××、童」

 そう言ったつもりなのに、口から漏れるのは嗚咽だけだ。喘ぐことしか出来ない。私はなんと無力なのだろう。

 その時。

 僕の手に、洋燈が触れた。

 墨汁インクでぬるぬる滑る洋燈の足を持ちあげ、私は


 自分の頭を、力の限りぶん殴った。


 驚いた彼女の顔がある。

 私はそんな彼女の顔を見て、×った。

 あゝ×しい。

 私は––––––は、いつもの彼女の様に×った。

「××だよ、童。」

「………?」

 届くかな。ああ、そんな顔をしないでくれ。届けばいいな。違うよそんな顔が見たいんじゃない。いや、届かせるんだ。×ってくれ。届かせる。

「×きだよ。」

 もう少し。

 遠のく意識の中で、俺は彼女に向けて、×らった。


「好きだよ。」






 目が覚めた。

 まさか生きていると思わなかった。流石さすが童だ。いいことずくめだな。机の上の洋燈は黒いインクに汚れてはいるが、それが透けたことでかえって淡い青色となり、味のある美しさを出していた。………うん?おや、ちゃんと表されている。成る程。これも、彼女の仕業だったのか。

 私は自分の布団に寝かされていた。頭が酷く疼く。あゝそうか、自分で自分の頭を殴ったんだったか。馬鹿馬鹿しい事をしたものだな。人間というものは自覚すれば痛みは増すもので、ぐわんぐわんと眩暈めまいのする様な感覚に襲われた。

 その時、私の部屋の扉が開いた。肩口で切り揃えた彼女の髪が目に入る。目を伏せて、彼女は「………御免なさい。」と子供の様に言った。

 私はそんな彼女に、いつもの様にこういう。

「お早う、

 はっとした様に彼女は私を見た。

「ご主人様、………私の事を気味が悪いと思われないのですか?」

「まさか。と言うか私が探していたものがこんなに近くにあるとは思いもよらなかったよ。この家にいることはわかっていたんだがなあ。」

「私は、」

 かえではまた目を逸らした。

「………私は。化け物だと、ご主人様に思われたくありませんでした。もしもばれてしまった時は正体を見せてしまって、嫌われようと心に誓いました。」

 私はかえでの独白を見守った。

「でも、駄目なんです。私が去った家は落ちぶれてしまう。そんな悲しみをご主人様に与えたくはありませんでした。あんなに、あんなに苦しんでいく様を見ることだけでも辛いのに、ご主人様がなってしまうと考えるだけで苦しくなってしまう。」

「それで、殺そうと思ったのかい?」

「だ、駄目でしたか?」

 駄目だよ。おずおずと訊くかえでは愛らしいが、やはり人ではないからか感性が違っている。

「………君はばかだなあ」

 私はくすっと笑った。

「そんな事されたら君は私に会えなくなるじゃないか」

「………それもそうですね」

「そうやってぐるぐる考えている内に、私の脳味噌も改竄したのかい?」

「改竄だなんて。だ、だって私に逢いたいとか考えてらっしゃるんですもの、恥ずかしくなりますでしょう」

 まったく。この子は本当にばかだなあ。

「ねえ、話があるのだけれど。」

「………はい。」

 かえではぎゅっと目を瞑った。

「この家にいてくれないか?」

「………え?」

「研究対象ではなく、私の家族として」

 かえではキョトンとして私の顔を見た。

「よろしいのですか?」

「当たり前だよ。何度も言っているだろう?私は君のった顔がとても好きなんだ。と思う。君がいくら消しても、私の心にはちゃんと残っているんだよ」

 私はかえでに手を差し出した。まだ頭は痛いけれど、それでもかえでが愛おしくてたまらない。

「誰よりも好きだよ、かえで」

 私はそういって、かえでの小さくて白い、折れてしまいそうな程細くて綺麗な、守り神の手を取った。



 三冊目 ××童子わらし





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