一冊目 その夢の件について
こんな夢を見た。
そういって始まる有名な小説があったような気がする。実際問題こんな夢を見たのだからそれ以上にどう言えばいいというのか。そもそも言いようが無い。
その夜は妙に静かで猫の鳴き声も風の音すらも、何一つ聞こえなかった。あたしは夜眠れないことが多いから、今日も全然眠れないんだろうなって思って布団に潜り込んだらいつの間にか眠ってしまっていた。こんなことは珍しいなあとぼんやり夢うつつになっていた。
そんな事を考えていたらいつの間にか眠ってしまっていた。………のだと思う。今となってはその辺りがあやふやで、よくわからない。
真っ暗な空間は果てがないのかと思えるほど濃くて、近くの物も遠くのものも何一つ見せてくれない。なんだか不安になるなあ、と、あたしは周りを見渡した。目を凝らせば、遠くにぼんやり明かりが灯っている。なんだあれ。とにかく独りは虚しいし暇だから近づいてみることにした。明かりはごく小さい筈なのに、その光りはあたしの足元まで照らしている。周りが暗いせいなのか、ずいぶん強い光だと思った。どんどん近づいていくと、その明かりがなんだったのか知ることができた。
その行灯の側に、大きな何かがあった。そこだけを逸らして光が射していた。何なんだろうと目を凝らせば
そこには異形がいた。
「………は?」
素っ頓狂な声を発してあたしは目の前の光景を信じられず目を
ああそうか。これは夢なんだ。
すぐさま納得してうんうんと頷いていると目の前の異形はもそりと動き出した。動いた。
「
大きすぎて一体その異形がどんな姿をしているのかさっぱりわからない。大きな大きな影が声を出してあたしにそう言った。あたしは何となく、これっていいことなのかなあって一秒くらい考えてこう言ってやった。
「いらない」
「は?」
「だからいらない」
面倒臭いなあって首をぐるぐる回しながら、あたしは大きく溜息をついた。
「あのさあ、」
あたしはその異形に向かって話しかけた。
「それ、あんたには何も無いの?」
異形は何も言わずに、あたしの言葉に耳を傾けていた。というかあたしの言葉が理解できない、訳がわからないって感じで絶句してたのが正しいんだと思う。
「そういうのってあんたにはかなりキツいんじゃないの?三文小説でも異能力使ったときって疲れるっていうのが定番じゃないの」
あたしはだんだん喋るのが
「奇妙な人間だな」
忘れた。
一気に消し飛んだ。時間差攻撃かよこのヤロウ。
「奇妙だ。凶事の未来を知れば、回避できるかもしれない、とか、考えないのか?」
「無理だよ。あたし人間だもん。世界規模で大
あたしは言ってやった。どうせこの異形はあたしの造った妄想なんだし、あたしがあたしに向かって言ってんだから遠慮なんていらない。
「あんたがその予言で死んでもしたら、元も子もないじゃん」
「………」
「なんで予言した人が予言することで死んじゃったりするのさ。その人可哀想でしょ。良いことしてんのに、その人は世界滅亡の一週間も生きてられないなんて悲しすぎるじゃない?だったらさ」
いわなくていいじゃん。
好きに生きてさ。
「あたしのことは気にしなくていいよ。たった一人ぽっちで死ぬ事がないんならさ。」
あっでも、あんたが一緒に死ぬっていうのもありかな。
そう付け足してあたしは精一杯笑ってやった。多少引きつってたかもしんない。
そいつは「…そうか」って呟いて、それきり何も言わなくなった。どうだ見たか。
そいつはそれきり動かなくなった。あたしはどうしたらいいものかなんだかわからなくなってきて、しかもなんだか自分の言動が恥ずかしく思えてきて、もぞもぞ今更ながら体を揺すった。
物凄く恥ずかしくなってきた。
そうしてずっと黙っていた。
二人共、ずっと黙っていた。
そこで目が覚めた。
「…………?」
その日。
何も、起こらなかった。
その次の日も、その又次の日も、只の毎日で。
世界規模でも、あたしの周りだけにすらも。
あれは何だったんだろう。
あのよくわからない、形容し難い、あれは。
これはあたしの個人的な意見だけれど。
もしかしたらあいつは、予知するのでも予言するのでも
しまった、たかが夢の事について考え過ぎた。
馬鹿馬鹿しい、あんなの夢に決まってるじゃん。そう自分に言い聞かせる。だから何も起こらなかったんだよ。当たり前、ただのあたしの妄想に過ぎない。考えたって無為、無意味。
それより、何か大切な事があったような?
「あ」
思い出した。
ずっと前に借りていた本を返さなければならないんだった。あたしはごそごそかばんの中を手繰る。文庫本だから持ち運ぶのも苦じゃないから、いつでも返せるようにと通学鞄の中に入れたままにしていた本があったはずだ。面白そうだと借りたのはいいものの、丁度テスト期間に突入してしまって、その内に返却期限がきてしまった。適当に開いたページを少しずつ読んではいたけれど、読みきれていない。誰の書いたものだっけ、作者には興味なくて覚えてないや。
ああ、もしも。もしもあいつがあたしの夢なんかじゃ無く、本当にあたしの夢に現れたナニカだったのなら。だったとしたら。
またあいつにあった時は、前の夢みたいにくっちゃべっていよう。生きるのは素晴らしいでしょって、にやにや笑っていよう。馬鹿馬鹿しい、ってつまんなそうにするのかな。
牛の体に人の顔なんていう、ふざけた形の癖にちっとも笑わないデフォルメ野郎は。
少女の手に抱えられた文庫の表紙に
「
一冊目 そのゆめの×××について
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