#12

全世界共通十円ハゲ理論:現代ドラマ

【エコスフィア】【10円ハゲ】【いずれ死にゆく定めの命】【パニックホラー】

 


「ねぇ、先輩。私少し思いついたんですけど」


 図書室の本棚を整理していたら、麗しくちびっこい後輩ちゃんが唐突に神妙な表情を作って、僕を大きなテーブルへと招き寄せてきた。


「思いついたってなんだよ、思いついたって……。つーか、貸出本の整理を手伝え」

「にー、少しくらい、いいじゃないですかー! 私と一緒にちょっとさぼりましょうよー!」


 後輩ちゃんが駄々をこねるように頬を膨らませ、頻りに太ももを叩く。

 あぁ、駄々っ子スイッチが入ってしまった……。


「分かった分かった。ちょっとだけな」


 僕はいまちょっぴり渋い顔をしてため息を吐き出したと思う。そんなことに興味なんてないって? 愚痴位聞いてくれてもよさそうなものじゃないか。


「えへへー、さすが先輩。話が分かりますねー!」

「で、一体何を思いついたんだって?」


 僕は後輩ちゃんの真向かい側の席へと腰を下ろしながら問いかける。

 赫々かっかくに染まった夕焼けが若干ながらまぶしかった。


「いま私たちが生きているこの世界って、神様の十円ハゲなんじゃないかなって……」

「はぁ、なるほど……」


 ダメだった。僕には全く何も、何一つも、一語一句、徹頭徹尾、理解できなかった。

 こいつは一体何を言っているんだ……?


「先ー輩ぃ? ちゃんとわかってます?」

「お前さ、今ので分かるやつがいると思うのか?」

「えぇ!? 何がですか? 何が分からなかったんですか!?」

「いや、何がというか、何から何まで、具体的にいうと『い』から『て』まで分からなかったんだけどな」


 僕が頭を抱えれば、後輩ちゃんはとても、とてつもなく、言いようにさえも困るほどに驚いてくれた。

 驚きたいのはこっちのほうだよ。


「分かりました。おバカな先輩に私が懇切丁寧に説明してあげますよ」

「どんな上から目線なんだよ。まぁ聞くけどさ……」


 フフーンとでも言いそうなどや顔を決めた後輩ちゃんは無い胸を目いっぱい張って、それから語りだしてくれた。


「いいですか、現在の生態圏、もしくは生物圏、つまりエコスフィアとかビオスフィアとか言われる場所のことですよ」

「お、おう」


 自信満々な様子の後輩に気圧された僕は取りあえずで、相槌を打ってみた。


「これが、実は神様の十円ハゲなんじゃないかなって」

「そこの過程を詳しく教えてくれまいかね……?」

「だからですね、私たちはいま、神様の十円ハゲの上で暮らしているんじゃないかって、ことですよ」


 ダメだった。全く訳が分からなかった。

 僕はもう、突っ込みを放棄することにしたい。


「そっか、僕たちは神様の十円ハゲの上に生きているわけか」

「そうですよ! そう考えるとすごくないですか!?」

「うんまぁ、すごいよ。色々すごい」

「そうでしょう、そうでしょう!」


 まぁすごいのは、主に後輩ちゃんの脳みその内側から漏れ出てくる邪神にすら酷似した自由すぎる発想のほうなんだけどね……。


「その説を採用するとして、少々の疑問があるんだけど……」

「ほうほうほう! いいでしょう。提唱者である私がなんでも答えて見せましょう!」


 テンションたっけぇなぁ、と思いながらも僕はほかに人のいなくなった学校の図書館なので特に気にしなくてもいいか、なんて嘆息を吐き出す。


「神様の十円ハゲに僕たちが住んでいるということはさ、この世界の外側は、つまり神様の頭髪的ジャングルということだろ?」

「えぇ、そうなりますね! というかなんですか頭髪的ジャングルって、先輩大丈夫ですか?」


 いや、大丈夫かどうか問いたいのはこっちのほうだからね……。


「いや、うん。大丈夫大丈夫。それで、一体どうなってるわけ? 神様の毛のほうはさ」

「つまり、十円ハゲのふさふさしている部分は一体何ぞや、ということですね?」

「そうだね。そこが気になったわけだよ」


 いや、本来なら突っ込みたいところはもっといろいろあるんだけどね、うん。


「神様の毛のほうはですね、死んだ人を捕まえるネットになっているんですよ」

「なるほどな……、つまり、いずれ死にゆく定めの命を拾い集めるのが神様の毛の役目なわけか」

「うはー! 先輩何カッコいいこと言ってるんですかー! 神様の毛はいずれ死にゆく定めの命を拾い集めるとか……! 面白すぎますよー!」


 いや、十中八九後輩ちゃんのほうが面白いよ、確実に……。


「それじゃあ、もう一個聞いてもいいか?」

「どうぞどうぞ! なんでも答えますよ!」

「それじゃあ、遠慮なく。十円ハゲってことはさ、何かの拍子にもしかすると治っちゃうかもしれないわけだろ? するとどうなるんだ?」

「えぇ、なんですか先輩……。発想がド鬼畜すぎやしません? えげつないですよ……」


 いったいこいつは本当に何を言っているんだ……。


「えげつないって、えげつないってお前さ……。いやいいよ、それでどうなんの?」

「そんなのもう、パニックホラーに決まってるじゃないですか! やばいですよ!」

「何がどうやばいのさ? それにさ、神様だって十円ハゲをいつまでもそのままにはしておきたくないだろ?」

「た、確かにそうかもしれませんが……。だってですよ? 先輩的にいえば神様の頭髪的ジャングルによるいずれ死にゆく定めの命を拾い集めるセーフティネットが、いま生きてる例えば私たちまで拾い集めるわけですよ!」

「うん? いまいちピンとこないんだけど、つまりどうなるわけさ」


 はじめっからピンと来ていないというのはまぁ黙っておこう。


「そうですね、分かりやすく説明すれば……、人間の魂が勝手に収集されて人類がやばい! です」

「あぁー、大虐殺始まっちゃうのか……。それは確かにやばいな」

「そうですよ、もう阿鼻叫喚の地獄絵図ですよ! 先輩はほんとに鬼畜ですね!」

「いや、別に俺が何かしたわけじゃないだろ」

「いいえ、もう思考と発想からしてヤバイですよ。なんなんですか? サイコパスですか!?」


 いやむしろサイコパスは後輩ちゃんのほうじゃねーかと思うんだけど、どうなのさ?


「まぁじゃあ精々神様が育毛剤とか、ストレスケアとかで十円ハゲを直そうとしないように祈っておこう」

「分かりました! 撤回します! 十円ハゲをつぶされて人類滅亡とか洒落にならないんですから、エコスフィア神様の十円ハゲ理論は撤回します!」

「まぁ、それならよかった、安心だよ。じゃ、片付けの続きをしようか」


 僕が笑いかけてから立ち上がって、後輩ちゃんへと背を向ければ、後ろから一声降ってきた。


「せ、先輩……。もしかして先輩は神様でしたか……?」


 お前が自由すぎるから、僕のストレスがヤバいんだよ……!


おしまい、おしまい

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ハトレースと青い鳥/他 加賀山かがり @kagayamakagari

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