#11

RE:クエストデッドルービック:恋愛

【タイムパラドックス】【共同体≒世界<私の大切なモノ】【死を記憶せよ】【制服の第二ボタン】


『先輩その第二ボタンいらないならくださいよ?』


 あたしは桜の散るあの日にせがんで、半ば強奪するみたいに譲り受けた第二ボタンを赤い夕陽へと透かした。

 それで、そのまま七階建ての校舎の屋上から飛び降りた。

 我ながらあっけもない幕切れだ。でも仕方ないの、そうしないと先輩は助けられないのだから。

 

 あぁ、それでもやっぱり落ちるのは怖いなぁ。

 というかあたし高いところ苦手なんだもんなぁ……。

 

 ぐちゃっと、いつもながらの音が響いて、体中が軋みをあげていた。

 もうこんな痛みにも慣れて、それからまた小さく笑ったんじゃないかな。なんて、そう思う。

 

 そして、次に目が覚めたときあたしはまたあのお決まりの三年B組の机に涎を垂らしていた。

 私がその日身を投げるとこの日に戻ってくるのだ。

 初めは絶句したよ。だって、死ぬつもりで飛び降りたのに、生きてるし、なぜか机で寝てるし、涎垂れてるし。


 そして何より――、

「亜子、どうしたんだよ? こんなところで寝て……、というかここ三年の教室なんだけど?」


 先輩が生きているんだもの。


「ううん、なんでもないですよ」


 ついこの間、ある事件に巻き込まれて首を失ったはずの先輩が、あたしのことを心配そうにのぞき込む。

 すっとした目鼻立ちに、すらりと長いまつげ。さわやかなあたしの憧れの先輩。


「いや、だからここ三年の教室だし、なんでもないわけないだろ」

「もう、ずるい人ですね……、先輩はもうすぐ卒業じゃないですか、だから待ってたんですよ」

「いや、なんだよ、その俺がスケベでエロいやつみたいな表現の仕方は……」


 実際のところ、このころのあたしはいったいなんでここで寝てたんだったっけ……。正直もうよく覚えていない。


「そんなことどうでもいいじゃないですか? それより帰りましょう? 何なら送り狼になってもいいですから……!」

「お前なぁ……。そういう冗談は大概にしろよ? 俺だからいいものを、俺以外にそんなこと言ってると、ほんとに襲われるぞ?」

「大丈夫ですよ!」

「何がだよ」

「先輩以外にはあたし冗談とか言いませんから!」

「それを聞いて逆に不安になった。そうだよ、お前なんで友達作らないで俺にべったりなんだよ……」

「えぇー。いいじゃないですか、あたしともっとイチャイチャしましょうよー!」


 そんな軽口を言えば、

「あのなぁ……、いい加減そろそろ独り立ちしてくれよ」

 先輩は困ったように頭を抱えた。


 あたしは変えないといけない。このお人好しで誰にでも優しくって、それでいていざというときは頼りになる優男な先輩が辿る未来を、変えないといけない。


 

 あの日から丁度三か月前。あたしがそこに戻ってくる、ということはきっとこの三か月の間に何か転機となる出来事が起こっている、そのはずなのに、良く分からなかった。

 繰り返して、繰り返して、もう十回目に手が届きそうなくらいだけど、それでも未だに何にも分かんないんだ。

 だって、どうしてあの日にあんなことが起こるのかも、なんでその時に折よく先輩がその場に居合わせるのかも、まったく全然わからないの。

 でもバカなあたしでもようやくわかったこともある。

 それは、ここまで繰り返してどうして先輩が死んでしまうかさえ分からない、そんな状況自体が異常なことだって、それだけは良く分かったの。

 

 ねぇ先輩。あたしはどうしたらいいですか?

 

 それからあたしはまたいつもと同じように先輩にべったりとくっついて、先輩の命を守ることだけを考える。

 登下校も一緒、休日も一緒。卒業式までの休業期間も、べったりくっつく。自分の成績なんて知ったことか。

 あたしの内申点よりも先輩の命のほうが大切だ。

 冬がゆっくりと暖かくなって、だんだんと桜の芽が出始めたころになると、一つのニュースが世間を賑わせるんだ。

 

 それは、確か『世界共同政策会議』だったかな。なんでも、新しい世界秩序を作るための新インフラを各国に導入するって話で、その第一回会議が二月の二十七日なんだって。

 その会議の五日後には卒業式があって、先輩が卒業する。

 そこであたしはもう何度目になるのかわからないけれど、先輩に第二ボタンをせがむんだ。

 せがんで貰って、それにキスをする。

 そんなふうにすると、先輩は珍しく照れたように顔を赤くしてくれるんだ。

 

 それから三日後。卒業祝いと称してあたしは先輩を無理やりデートに連れ出す予定なのだ。

 前回はショッピングモールで、その前は博物館、もうひとつ前は映画館で、それよりも前の記憶はもう、忘れてしまった。

 違う、忘れたかった。

 何度も何度も何度も、もう先輩の死を見るのはごめんだから、だから……、忘れることにした。

 覚えていてもつらいだけだもの。

 

 今回はどこにしようか、考えてみても、いい考えは浮かばなくって、だからいっそ、もううちに連れ込んでしまおうか、なんて考えて、思わず顔が真っ赤に染まった。

 何考えてるんだろ……、なんて自分で思ってみても、だけどそれが妙案なんじゃないかって気がしてくるからあら不思議なものだった。

 

 家デートって。それはそれでいいよね。

 

 そして、三月七日に、先輩を家へと招き入れた。

 うちは何の変哲もない少し小さめの一軒家だ。お父さんとお母さんがいて、でも二人は今日は出かけていて、だから先輩を気兼ねなく呼べる。

 大きなテレビがあって、食卓があって、戸棚があって、花瓶があって。あたしが生きてきたあたしの家に先輩を招く。

 なんだがとてもそわそわするんだけど、でもそれが心地よかった。

 

 時間通りに先輩がやってきて、ゲームしたり一緒の雑誌見たり、ちょっとエッチなコラムを見ちゃってお互い気まずくなったり、そんなふうに過ごしているときにそれは起こったの。

 先輩が突然胸を押さえて苦しみだして、それから何かをする暇もなく、吐いた。

 あたしの部屋に吐瀉物の酸いニオイが広がって、あたしはパニックになってしまう。

「せ、先輩!? 何が……、何が一体……!?」

 何か、理解を超えた何かが起こっている。あたしが死ぬと三か月前へと戻るということがどういうことなのか、分かりかけてきた気がした。

 だけど……、結局あたしは答えにたどり着けなかった。

 どうしてかといえば、まぁつまるところ――、

 

 あたしは先輩に殺された。

 

 そしてまた、あたしは三か月前のあの日の机の上で目が覚めたわけだけど……。そこには先輩がいるんだ。

 あたしを殺した先輩が、アタシノコトヲ心配ソウニ覗キ込ンデイル。

 大好きな先輩のはずなのに、思わず逃げ出してしまった。

 

 逃げて逃げて、走って走って、走って。

 

「やっと きたんだね、おねえちゃん」


 辿りついた小さな丘の桜の木の下で、あたしは一人の女の子と出会った。

 もう何が何やらわからなかった。ただ、この子はどうもあたしを待っていてくれた。そんな気がした。


「おねえちゃんに おしえて あげようか? おにいさんのこと」

「その、ね? お名前来てもいいかな?」


 だけど、目の前の女の子が何か良く分からなくって、思わずそう尋ねてしまったの。


「わたし? わたしはね、遠八木とおやぎ久一ひさいち、つまり、おねえちゃんがよく しってる おにいちゃんの いもうとだよ」


 たぶん、その時あたしのかおは引きつっていたと思う。

 だってそうでしょう?

 あたしは先輩から逃げてきて、だっていうのにどうしてこんな場所で先輩の妹ちゃんに会わなくっちゃいけないの?

 って、違う……。


「あたし、先輩から妹がいるなんて聞いたことない……」


 そう、あたしの知る先輩は一人っ子だったはずだ。


「うん、おしえて あげる。わたしと、おにいちゃんと、それから せかいのこと。でも そのまえに、おねえちゃんはおにいちゃんのことよくおぼえてる?」


 何か、年齢不相応な壮絶なる慈母たる笑みを浮かべた女の子に絶句させられた。


「おねえちゃん、きいてる?」

「えぇと、覚えてるよ。先輩との記憶、思い出、大切だもん」


 だけどあたしは怖くて逃げた。


「ううん。ちがうの、おねえちゃん」

「何が……?」

「おねえちゃんは、おにいちゃんの 死にざまを おぼえてる?」


 ぎょっと、した。

 先輩の妹をなる女の子は確かにそう、言ったんだ。「死にざまを覚えているか」、とそういったんだ。


「そんなの……」


 覚えているよ、だって何回も見て、何回も、何、回も……、忘れて。

 思い出せない……?


「あのね、ちがうの。おねえちゃんは思い出せないんじゃなくって、知らないの」

「違うよ、そんなことない……! だって、あたしは……、先輩の死を見届けて、それから屋上から飛び降りて……!」

「その きおくがね、まず うそなんだよ、おねえちゃん」


 思わず頭を押さえた。違う、だって、そもそも、なんで、こんな……。

 そうだよ、見知らぬ幼女のいうことなんて……。


「おねえちゃんはね、死の記憶を かいざん されてるの」


 グラグラ、とあたしの頭の中は煮え立つみたいに弾けていて、それでもなぜか女の子の声だけは明瞭に聞こえてきた。


「おねえちゃんは まいかい おにいちゃん に ころされているの」

「おねえちゃんは、じぶんのいしで 死を えらんで いるんじゃ ないの」

「おねえちゃんは、おにいちゃんを ころさないと いけないの」

「おねえちゃんは、そうしないと この世界の呪縛から かいほう されないの」


 ぐら、ぐら、ぐら、ぐら。


「おねえちゃんが おにいちゃんを ころさないと せかいからタイムパラドックスが きえないの」

「おねえちゃんは、このままだと、えいえんに 永遠に 死につづけるの……」

「おねえちゃんは……、おねえちゃんは……、

おねえちゃんは……


 そこまでだった。それ以上は、耐えられなかった。

 それはこの長く続く三か月で初めての経験だった。生き返ったのその日に死んだのは初めてだった。


 そしてまた、

 

「亜子、どうしたんだよ? こんなところで寝て……、というかここ三年の教室なんだけど?」


 あたしの長い三か月が始まる。

 先輩を殺すくらいなら、あたしは永遠にでも殺させ続けたって構わないから……。


 and ∞'s

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