#10
生徒会長***規制シフトチェンジ:現代ドラマ
【パラダイムシフト】【命運は君の手に】【妄信的崇拝】【沙羅双樹】
※今回四題目が諸事情によりほかの方とは違います
「会長、コレ今度の部活対抗レクリエーションの参加可否の一覧と企画の草案まとまったんで、チェックお願いできますか?」
二人きりの生徒会室で、一年生の生徒会書記兼雑務兼副会長の
半纏高校生徒会は何を隠そうたった三人しかいないのだ。ちなみに今ここにいないもう一人の役職は会計である。
「うん、うん、いい感じね。企画のほうは私ともう少し詰めましょうか」
十月から受け取ったバインダーに挟み込まれていた資料を色町はバラして机へと広げていく。その際にふらりと揺れた艶やかな真黒い長髪から甘く少しだけ脂っぽい椿のような匂いが香る。
「おっけーです! んでも、俺にはこれ以上はなんも出てきませんよ」
「それを私が引っ張り出すんじゃない。任せなさい、そういうのは得意だから」
ぷくりと膨らんだ唇の隙間から白い歯を覗かせながら笑みを見せ、自分の隣へと座れと言わんばかりに隣の机を指で叩いた。
十月はうなずき、何やら恐る恐るといった調子で色町の隣へと腰を下ろす。
「もう、そんなに遠くじゃ話し合いしづらいじゃない。いいからもっとこっち寄って」
「は、はい!」
不服そうに薄めの眉を歪めて、口をへの字に曲げながら自分の太ももをぱしぱしと叩く少女は、なるほど学園一の美少女と呼ばれるにふさわしかった。
「うっ、じゃあ失礼して……」
「なぁに、それ? 私の傍は不服?」
「ち、違いますって、そういうんじゃないんですよ!」
「えぇー、じゃあどういうのなの?」
「それは、その……、えぇと、その、あれですって、やっぱりホラ会長は学校一の美少女じゃないですか、だから恐れ多いというか、なんというか……」
十月は目を泳がせながらもずぃと椅子を動かして色町会長のそばへとよる。
色町は顔を赤くした少年がそばに寄ってきたことに満足げな様子を見せ、広げた資料から一枚を抜き出して、自分の胸の近くへと引っ張る。
「もう、ホラお世辞はいいから、でもありがと、うれしい。これ見てコレ、この企画なんだけね」
「は、はいっ」
十月純がそちらへと視線を伸ばせば残暑の影響か少しだけ緩んだ胸元が視界の端にちらちらと映り込んでしまう。暑さを感じるのならば夏用の生地の薄い半そでのシャツを着ればよいものだ。
健康的に赤みを帯びていて張りのある、だけれど暑さで少しだけ汗をかいた少女の鎖骨とそれからうっすらとした谷間の始まり。大手を振って大きいとは言えないけれどそれでも主張する双丘の始まり部分が十月にははっきりと見えてしまていた。
「あ、あぁぁぁ、あのっ、会長っっ!」
「んん? どうしたの純君、そんなに顔赤くして……?」
視線を追いかけて自分の胸元を確認した色町は中途半端に口を開けてそれからぱちくりと瞬きを繰り返して、それから大慌てでバッと胸元を抑えそれから上から順番にボタンを閉めていく。
「み、見たね?」
「ご、ごめんなさい」
少しだけ表情を赤くして曖昧に笑う鈍花に対して、十月は俯いて小さく謝る。
「いいよ、私の不注意だし……、その、変な言い方だけどね、役得だよ?」
「せ、先輩……」
二人きりしかいない生徒会室にもかかわらず、色町は内緒話をするように純に近づいてそう囁いた。その言葉に彼は思わず生唾を飲み込んでしまう。
「ふふ、分かりやすい」
「もう、からかわないで下さいよぉ!」
ゆでだこのように真っ赤になった十月が涙ながらに叫べば、
「でもね、私も恥ずかしいんだから、これでお相子だよ」
色町生徒会長は頬を上気させているのを隠すように伏し目がちに呟く。
「えぇとそれじゃあ、続きしましょ! この資料ですよね!」
慌てふためいているのを隠すようにやや大きめの声を出しつつ自分と会長の丁度中間あたりに来るように資料を引っ張ってくる。
「そうそう、このレクリエーションさ、運動系に偏っているでしょ?」
「あっ、そういえばそうですね……」
「だから、少しこの辺をカットして文化部が参加しやすいように例えば展示スペースを設けたりすると、どうかな?」
「確かに……! そこまでは全然考えてなかったです……。でもそうすると追加で場所の使用許可を取らないとですね……」
「うん、それは私がやるよ、それで実際に何を展示してもらえるかっていうのを目星つけないと、広さがわからないから……」
そうして、二人は案を出し合いながら企画に赤を入れていく。
トントントン、とディスカッションは心地よく進行していくが、がらと、途中で生徒会室のドアが開いた。
「会長、お客さんですよ」
「あ、璃子お帰り」
その後ろから背の高い、がっちりと日焼けをした坊主の男子生徒が顔を出した。
「おっす、色町。ちょっと部費の相談がだな……」
ぽりぽりと右の頬をかきながら生徒会長へと声をかける。
「えぇ、野球部の部費は十分だと思うんだけど……」
野球部部長、
「まぁ、そうなんだけど……」
「分かったわ、そういうわけだから……、純君私は少し席を外すわね。後の詰めは、お願いしちゃって大丈夫かしら?」
「あっ、はい。やっときます。行ってらっしゃい」
色町鈍花は立ち上がって十月純へと軽く手を振って、野球部部長の塚西と一緒に生徒会室のドアから出ていく。
すれ違いざまに矢田と色町はお互いに軽く会釈をして、声を交わすことなく入れ違った。
もともと色町が座っていた座席へと矢田璃子はややぞんざいに腰を下ろし、
「また、生徒会長にデレデレしてる」
三つ編みおさげの幼馴染は広げられた資料と、十月がとっていたメモをジト目で眺めながらため息を吐き出した。
「デレデレって……、レクリエーションの企画詰めてただけだよ……」
「そう。でもね、あたし純って絶対騙されやすいタイプだと思うんだ」
「なんだよそれ……。まぁお人好しな自覚はあるけどさ……、それより、詰めるの手伝って?」
「いいよ、あと何すればいいの?」
「ここと、コレと、あと、この辺が……」
メモと資料を指しつつ説明し、十月と矢田は顔を突き合わせて、話し合いを進めていく。
その日、二人がすべてを決め終わっても生徒会長は戻ってこなかった。
このあたりで少し、十月純と色町鈍花の関係について少しだけ捕捉しておきたいと思う。
二人が出会ったのは遡ること一年と五か月前の話である。分かりやすく表現すればつまり十月純と矢田璃子が中学三年生に進級したばかりの春の出来事である。
その出会いはある意味では必然だったのかもしれないし、またある意味ではただの偶然だったのかもしれない。
それくらいに突然の出来事だった。
出会いの場所は町の美術館前にある小さな公園だった。
その日、純と璃子は普段やらないことをやってみようという企みの元美術館へとやってきたのだが、絵画の鑑賞などあまりにも退屈だったために早々に打ち切って別のところに行こうぜと話し合いながら美術館から脱出したのだった。
その時に白い花を咲かせた木の下で一人静かに本を読んでいたのが色町鈍花だった。
そう、なんてこともないただの一目惚れだ。木陰で静かに本を読む色町はそれだけ幻想的で、魅力的だった。
心を鷲掴みにされた純は一緒に来ていた璃子のことなど頭からすっかり落っことして鈍花へと駆け寄った。
そうして、少しだけ話をして、名前と学校を教えてもらった彼は足りない頭を総動員して色町鈍花の通う半纏高校へと進学したのだ。
それはある種の幻想で、ひどい言い方をすれば妄信的な崇拝とさえいえただろう。
だがたとえ最初の動機がそういうものであったとしても努力して結果を出せた時点でそれはもう彼の勝利であった。
それからまた数日が過ぎたある日、十月は学校内で色町鈍花を探していたのだが、どうも人づてに聞くところによると、いろいろな部活から部費についての相談事を受けているらしくて、なかなか捕まえることができなかった。
生徒会の会長と会計以外のすべての仕事を一挙に引き受けている十月純は、教師たちから厚い信頼を獲得していてその度合いはもう生徒会長に寄せられるものよりも厚いものになってしまっている。
この謎の現象の理由が彼には全く分からなかったため、とりあえず首を捻るばかりだった。
そのため、放課後になればあれを手伝ってくれ、これを手伝ってくれと引っ張りだこになっていて、最終下校時刻まで用事が終わらないこともざらにある。
最もそれ自体が生徒会の仕事でもあるので断れるわけもなく、生徒会長捜索に時間をあまり当てられていなかったという事情も手伝っているのだが。
そんなある日、下校時間ぎりぎりで廊下の窓から差し込む夕焼け空の日を浴びながら昇降口へと急いでいた十月純はふと視線の先に気になるものを発見した。
彼のいる校舎の造りは何やらとても不思議なもので、廊下の突き当りが曲がり角になっていてその先には男女トイレだけが併設されているのだ。
そう、つまり曲がり角から出てきた人は否応なくトイレに入っていたという事実を特定されてしまう。
そんなところから何やらしきりに言葉を交わしている生徒会長と、それから屈強そうな男子生徒が連れ立って出てきたのである。
急ぎ足で進んでいた純が声をかけるよりも先に、曲がり角を曲がり切って前を向いた色町生徒会長が彼へと手を振る。
それから胸元を二、三度ぱたぱたと動かし顔に風を送る動作をしてから、たっと駆け出して、後ろ手に男子生徒へと手を振って別れの挨拶を済ませます。
「珍しいね、純君がこんな時間まで校舎残ってるなんて」
「珍しくはないですよ? 俺結構、頼まれごとで遅くまで残ってること多いですし」
色町鈍花は普段よりも気持ち分ほど離れた位置にポジションを決めたらしく、十月の少し前を同じ歩幅で歩き始める。
「そう、だったんだ……」
「そういえば会長はなんでトイレのほうから出てきたんですか?」
「うん、私? 私は、あの、さっきの彼ね柔道部の主将なんだけどなんか男子トイレの調子がおかしいからって、なぜか女の子なのに私のこと引っ張ってくんだよ? 酷いでしょー?」
「俺のこと呼んでもらえれば代わりましたよ?」
談笑しながら二人は階段を下って昇降口へと向かう。
「そうしたかったんだけど、彼力強いし、まぁ見るだけ見てあとは用務員さんとか先生とかに丸投げしちゃえばいいかなって、ね」
色町は振り返って頬へと人差し指を当ててペロッと舌を出して見せる。
「先輩らしいですね」
それなら仕方ない、と言わんばかりに十月は苦笑いを浮かべて頬をポリポリと掻いた。
「えっと、純君……?」
視線を彷徨わせ、伏し目がちに名前を小さく呟く色町鈍花に、純は不思議そうに声をかける。
「どうしたんですか……、先輩?」
「ううん、なんでもないよ。さ、早く帰ろ?」
少しだけ頬を紅潮させてはにかみ、十月純へと近づいて彼の手を引っ張った。
それから他愛ない話と生徒会の話とを半々ずつしながら二人は黄昏色に染まった帰路を楽しそうに辿る。
「ねぇ、やっぱりおかしいと思わない?」
「いったい何が?」
二人きりしかいない生徒会室で矢田璃子が不服そうに十月純に問いかけた。
「だってさ、なんであんなに会長のところに部費の相談事が来るわけ? にしては会長部費の増額申請の請求書とか、通知書とか、あたしのところに持ってこないし……。絶対変」
「うーん、会長がうまく話し合いで蹴りをつけてるんでしょ? それくらい会長なら全然やるって」
「そうかなぁ。どうにも何か隠し事してるみたいに思うんだけど……」
眉間にしわを寄せて軽く鼻先を指で叩く矢田。
「璃子はさ、少し疑り深すぎるんだよ。だってあの会長だよ? 文武両道、才色兼備、品行方正で通ってる会長に一体何があるっていうのさ?」
「そんなの分かんないわよ! あー、もうっ! とにかく、あんた会長探してきて! そしたらあたしがガツンと言ってやるわ!」
不機嫌そうに、だけれど相当強引に十月の背中をグイグイと押して生徒会室のドアの外へと押し出していく。
そしてバタン、と思い切りよくドアを閉めて、彼女は内側から純へと声をかける。
「いい? 絶対見つけて連れ帰ってきなさいよ!」
こうなると矢田璃子は人の話を聞かないのだ。
だから仕方なく彼は生徒会長の捜索へと乗り出した。
さて、どこから探したものかと、考える。
こういうのはやはり一つずつ順番に順番に探すべきかなと、そう頷いて、だから彼はとりあえずこの最上階の四回から虱潰しに各教室を探していくことに決定した。
音楽室は吹奏楽部が使っているからいない、家庭科室はすでに締め切られていて探す余地もなし、社会史学資料室も埃っぽいばかりで誰もいない。という風に、一部屋ずつ探して見たものの四階では収穫なしだった。
一つ階下と下り、三階の教室も虱潰しに探していく。やっぱり誰もいない。
そしてもう一つ降りて、二階も探す。やっぱりと会長はいなかった。教室に残っている生徒たちに聞いてみても、放課後に会長を見たという話は聞けなかったため、一回の教室も一応調べる。
やはりというべきか、会長は見つけられなかった。
さていよいよ困ったぞ、と彼は考える。校舎の中にいないんじゃ探しようがない。
そう思って、彼がふと窓の外へと視線を外せば部室棟の一室から生徒会長の艶々とした長い黒髪を発見することができた。
十月純はほっと息を撫で下ろして、「はぁ、これで璃子に怒られなくて済みそうだ」などと考えながら昇降口で靴を履き替えて会長を迎えに行く。
近づいてみると会長は二の腕を鼻に近づけてしきりに匂いを嗅いでいた。
「あっ、純君……」
「探してたんですよ……。見つかってよかった……」
「ごめんね、ちょっと部室棟の掃除を手伝ってたんだけど……、匂いの強い洗剤いっぱい使ってさ、私臭くないかな?」
純は数度鼻をひくつかせる。
「あぁぅ、なんかこういう、ニオイ嗅がれるのって恥ずかしいね……」
「確かにちょっと臭いかもですね……、帰りは制服脱いでジャージで帰ったほうがいいかもです」
「うぅ、やっぱりぃ?」
少し涙目になり色町鈍花は肩を落とした。
「とりあえずさっさと生徒会室に来てください、璃子がおこなんです……」
「えぇ、矢田ちゃんおこなの?」
「激おこですよ」
十月はたははと笑って、ぽりぽりとまた頬をかく。そうすると、ぴくと、色町生徒会長の肩が揺れた、いや十月生徒会雑務担当がそんな風に思っただけかもしれない。
二人は階段を上って生徒会室へとたどり着きドアを開けたその瞬間、矢田璃子に「遅い!」と一喝された。
「それで、なんだって、会長様はキッチン用の漂白剤の臭いをプンプンさせてるわけ?」
「いや、そのね? 部室棟のお掃除を手伝ってて……」
「そうですかっ! 臭いです!」
漂白剤の臭い、と聞いて十月はしばし考え込む。
色町鈍花と漂白剤と部室棟と、そのすべてがうまく繋がらなくて、彼の頭の中はとても混乱して、最終的には『祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ』という平家物語の序文が鳴り響くばかりだった。
彼の脳内がスパークしている間にも璃子と鈍花の話し合いはどうやら進んでいたらしく、最終的には璃子の大きな一言によって終結した。
「あんた臭いから今日は一人で帰りなさいよ!」
眉間にしわを寄せて十月の手を引っ張り荷物も二人分を全部ひとりでまとめて持った矢田璃子はバタンッと生徒会室のドアを叩きつけるように閉めて、それからまた大股でずんずんと階下へと降りていく。
「いくら会長が臭うからってあの扱いはあんまりじゃない?」
「いいえ、甘いくらいだわ! あんな臭い……!」
渋い顔で持ち出した荷物のうちで十月の分のものを彼へと投げつけた璃子はふんと鼻を鳴らして不機嫌を隠そうともせずにどんどん先へと進んで行ってしまう。
純はそれを追いかけて、だけれど後ろ髪を引かれながらも帰路を辿ることにした。
彼には一つ、気が付いたことがあった。
もしかすると、矢田璃子が怒り心頭怒髪天を衝く勢いだったのもこれが原因なのだろうと、あたりをつけられるほどのものだった。
だからそれを会長本人に確かめてみようとそう思い立った。
そのためにわざわざ空き教室へと会長を呼びつけさえした。
ガラガラ、と放課後の教室に胸元を抑えて、頬をリンゴのように赤くした会長がゆっくり入ってくる。
それを見て、半ば絶望的な確信を得た十月純は一つため息を吐き出し、
「それで、純君、話って何かな……? あっ、もしかして告白してくれるとか……? それなら私の命運はすでに君の手の中、だよ?」
色町鈍花生徒会長は、少しばかり焦ったような、それでいて困ったような、だけども少しの期待を浮かべた、そんな表情だった。
純はおもむろに頬へと指を伸ばして、それからゆっくりとキーワードをその口から発する。
「会長、部費の件で相談があるんですけど……」
そこに映し出された表情は果たしてどんなものだったのか、それを知るのは正面から見ていた十月だけ。
ただぽたりと流れ落ちた一筋の涙とともに、色町鈍花はスカートをたくし上げ――――、
〆
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