#9

白百合の少女は目覚めない:現代ドラマ-?

【カサブランカ】【君の笑顔が見れるなら】【冷やし中華】【トリガーハッピー】


   


 誰かが言いました。


『君の笑顔が見れるなら、この命くらいは安いものだよ』


 誰かが言いました。


『彼の王女様は人の命を笑ったりなどはとてもとても出来かねるよ』


 誰かが言いました。


『それでは試してみてはいかがでしょうか?』


 今度は誰かが小さくささやきました。


『なんと悪趣味か』


 そのあとは騒乱が起きました。小さなお城の中で、兵隊たちがあっちゃこっちゃとてんやわんやです。

 そうこうしているうちに、段々と夜明けが近づいてきました。

 あぁ、あぁ、これではまた何も決まらぬままに時間だけが過ぎてしまいます。

 しかしそれもいつものことですので、特に大差もないのでした。 

 ……。



「ねぇ、おかーさんお昼ご飯まだぁ?」

「もう少しで出来るからね」


 友里恵ゆりえちゃん(六才)は足をパタパタと動かしながら机に座ってお母さん(三五才)へと声を掛けました。

 お母さん(三五才)は何やら飾りつけに凝っている様子です。


「おなかすいたー!」

「はいはい、すぐ持っていくからね」


 お母さん(三五才)が両手に持って運んでくるのはどうやら冷やし中華のようです。


「わぁ! すごい!」


 友里恵ちゃん(六才)はその見事さに目を輝かせてお箸を握ります。

 まだまだお箸は練習中の身ですので流暢には動かせません。それでも一生懸命練習しているので、最近では三十秒で大豆が三粒も摘まめるようになったのでした。

 目の前に鎮座するこの冷やし中華のなんとおいしそうなことでしょうか。

 まず麺が金ぴかに輝いています。ぷりぷりモチモチとしていそうでなんとも食指をそそられる茹で上がりっぷりではありませんか。

 お次はキュウリです。つやつやの薄緑色は清涼感たっぷりでなんとも涼しげではありませんか。

 真っ赤なトマトはまだ食べてもいないのに口の中に甘酸っぱさを充満させて来るかのようにみずみずしく、ハリがあります。

 ちょっとチープな感じがするピンクのハムはおいしい奴なのです。友里恵ちゃん(六才)はよく知っています。だって、毎朝食べているおいしいハムなんです。

 それから錦糸卵です。麺とよく似た金ぴかですけれど、こちらはピカピカと光ったりはしていません。ただ、吸い込まれるような褪めた黄金色をしているばかりです。

 ここまでは普通の冷やし中華です。そう、真にこの冷やし中華の凄いところはここからなのです。

 先ずは鳥のささ身です。美しいばかりの白さとそれから少し香ばしいこの匂いは、間違いありませんごま油です。

 まだまだ続きます。おいしいもやしさんです。白くてすべすべな光沢をまとったもやしさんは軽く油で炒めてあるようでした。

 それから極めつけに、盛り合わせの頂上になんとも色鮮やかな梅干しが乗っているではありませんか。

 それらすべてに満遍なく掛かったとろりとしたクリームのようなゴマダレがなんとも食欲をそそるのです。


「いただきます!」


 友里恵ちゃん(六才)はニコニコ笑顔で手を合わせました。

 かんかんかんかん。

 あれあれ、なんでしょうか。外から戸を叩く音が聞こえてきました。

 今は夏真っ盛り、夏休み真っ最中のお昼時なのに、変ですね。

 お母さん(三五才)が出ようとしたのを友里恵ちゃん(六才)が先んじて制します。


「私が出るー!」


 とたとたとたー、と元気よく椅子から飛び降りて窓の方へと駆け寄っていきます。

 がららと窓を開ければそこにはなんと真黒なハシブトガラスさん(推定五才)がいるではありませんか。

 なんとハシブトガラスさん(推定五才)はくちばしに美しい見事立派なカサブランカさん(享年およそ八か月)を銜えているのです。

 くぃっ、くぃっ、と首を傾げるようにして、ハシブトガラスさん(推定五才)がカサブランカさん(享年およそ八か月)を友里恵ちゃん(六才)に差し出しました。

「わぁ! くれるのカラスさん!」

 友里恵ちゃん(六才)がそう尋ねれば、ハシブトガラスさん(推定五才)は首を縦方向に頻りに動かすのです。コレは間違いなく、そうだよという合図に違いありません。

 それを見て合点がいった友里恵ちゃん(六才)は嬉しそうに両手でカサブランカさん(享年およそ八か月)を受け取りました。


「ありがとう!」

「友里恵ー、麺が伸びちゃうわよー」

「はーい! あっ、おかーさん! カラスさんも いっしょに ごはんたべちゃダメー?」

「カラスさんお行儀よくしてくれる?」


 お母さん(三五才)の問いかけを友里恵ちゃん(六才)がハシブトガラスさん(推定五才)に向かって復唱しました。


「カラスさんおぎょうぎよくできるー?」

『カァ』


 一声鋭く啼きました。どうやらバッチシだぜと言っているようでした。


「だいじょうぶだってー!」


 それからハシブトガラスさん(推定五才)は友里恵ちゃん(六才)の頭の上へとのっそりと乗り込みます。


「おとと、カラスさんおもいよー」


 友里恵ちゃん(六才)がそういうとハシブトガラスさん(推定五才)はくぃくぃと頭を動かして反応します。

 でも仕方がないのです。ハシブトガラスさん(推定五才)は紳士ですから、あまり人さまのお家の中で羽ばたいてはイケナイということをわきまえているのです。

 そして彼の爪は床に鋭く突き刺さりフローリングも痛めてしまうのです。ですから、あとはもう友里恵ちゃん(六才)の頭に乗る以外には道はないのです。

 それから二人と一匹は食卓へと着き、もう一度食前のご挨拶をしました。


「いただきます!」


 友里恵ちゃん(六才)が冷やし中華にお箸を伸ばそうとしたその瞬間。ハシブトガラスさん(推定五才)のくちばしがするっと、鳥のささ身の小さな一切れを掻っ攫いました。

 共食いです。

 しかしさすがはハシブトガラスさん(推定五才)、どこ吹く風と満足そうに一声啼きました。


『カァ』

「あー、カラスさんズルイ! でもしあわせそー! わたしもたべるー!」


 そして友里恵ちゃん(六才)もお箸を使って腕をプルプル振るわせながら冷やし中華をちゅるちゅると啜りました。

 それはなんとも幸せそうな、光景です。

 いつまでもは続かない、幸せな光景です。



 ……。

 高貴で可憐な女王様よ。

 気高き白百合の女王様よ。

 目覚めの時まで眠りなさい。

 君の笑顔が見れるなら待つことも苦ではありません。

 だからどうか、目覚めるその時までは幸せに包まれて、笑顔に包まれていてください。

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