無名の少女と明けの夢:現代アクション
【パラダイス・ロスト】【二度目のキセキは】【NGシーン】【紋切型】
『エネミー、エネミー。標的を確認した、これから接敵する』
煌々と輝く赤い月をバックに背負ったポニーテールの少女が耳元のインカムへと向けて囁いた。
人のいなくなった真夜中のビル街で少女は一人、視線を遠くへと投げて薄らと笑う。
たんっ、と弾みをつけて一歩進めばその時には既に十数メートルも先へとその姿を移していた。
制服姿の少女は夜闇に溶け込み、大通りの真ん中を駆け抜ける。
いや違う。その行動速度は人間とは思えないほどの速度なのだ、つまり人に見られたとしても一瞬先には既に視界にさえおらず、追いかけるべき対象がどこにいるのかさえ不透明にさせられる。それはつまり――見られたとしても当人が気のせいだと信じ込んでしまえるということ。
そして、例え十人に目撃されたとしても十人が気のせいだとそう感じてしまえば、あったこともなかったこととして処理されてしまう。
人の記憶とは斯くも曖昧。
少女は走る。大通りをつっきり、横道へと一歩で躍動し、ビルの壁面へと接地して、ひた走る。
あとに残るのは音だけだ。宵闇へと溶け、音だけを残す。
少女には名前がなかった。ただあるのは『無明の音』という通り名だけ。
『エネミーに接敵。これから処理に入る』
小さく息を吐き出し、インカムへと告げると、無手の拳をぐっと握り込んだ。
さすれば両手に小さな刃物が現れる。ナナシの少女には名のある技能が一つだけあった。それがこの、『ナイフを取り出す』という能力だ。
取り出すナイフのありかはとはないが、それが少女自身の所有物である必要がある。
ターゲットはすぐ目の前の優男。
少女の頭の中で男の情報が反芻される。
しかしそれは重要ではない。重要なのは――
「小さなヒットマンだね、心苦しいがこれも仕事か……」
高速で接近しているはずの少女と目を合わせて、それから指で銃を作ると舌を叩いて音を出した。
直後、パァンという晴れやかなる炸裂音が深い夜を切り裂いた。ポニーテールの少女の頬にうっすらと避けたような傷が刻まれ、そしてまた動きが止まる。
重要なのは彼が空気を弾丸として打ち出すという力を備えた正真正銘の敵である、ということだけ。
「初めまして、エアガンの東。死んでください」
「おぉコワイ、というか君もその名前で呼ぶのかい、ダサいのになぁ。そして無名の
ナイフは噂通りオッカナイねぇ」
視線が交錯し、それから一拍の呼吸のあと両者の姿が闇へと紛れた。
互いに向き合って、夜の街を駆け抜けながらジリジリとした攻防を繰り広げている。
少女の間合いは二本のナイフ、つまり両手と運動性能を加味しておよそ十五メートル。対する東の射程は短く見て三十五メートルだ。
その差およそ二倍強。少女がターゲットへと近づかなければならないのに対して東は向かってくる少女に対して攻撃を続ければいいだけ。
形勢は圧倒的に不利だ。だが、少女とて無策で対峙しているわけではない。最も第一プランはすでに失して、現状はスペアプランへと移行しているわけだが。
『メインプラン失敗しました。スペアプランに移行しましたバックアップ要請します』
『――ジジ、バックアップ了解』
少女は頷き、ふぅっと断ち切るように息を吐き出す。
瞬間、上体が低く低く沈み込む。
そして常人では明らかに無理な低姿勢で相手との距離を詰めにかかった。
(弾道の予測はほぼ高精度で終わってる。相手の弾丸は恐らくハンドガンと同程度の射程、加えて射撃の精度はかなり荒い。連射できるのは六発を二挺分でそれを捌ければ再射撃に二呼吸分隙ができる。二呼吸分の時間があれば私なら一気にこの距離を詰められる――!)
相手の視線から弾道を読み、不規則な挙動で予測射撃をけん制する。
それでさえ、まだ一手足らない。
それが銃と剣との圧倒的な間合いの差。
「ほうほう、流石に『無名の』早いな。埒が明かないしこれでしまいにしようぜ?」
「望むところ」
街路樹、ビルの壁面、カフェのテラスのひさし、ガードレール、等々。全てを足場にして、少女は一手分を詰めにかかる。
だが――、
「くっ――ッ!」
弾丸が増えた。
想定外の一手だ。
「俺のエアガンは最大で四挺分の弾丸を扱えるんだぜ?」
少女は瞬間、よけきれないと判断した。
そして、前へと出る。両手に持ったナイフを使って真正面から見えない弾丸を切り伏せていく。
だが――、
「それじゃあ、ダメだぜ『無名の』」
見えない弾丸をすべて切り裂くなど土台無理な話だ。両腕、胴体を中心に体に風穴をあけられていく。
しかも、
「リロードは一斉にする必要もないんでね、順繰り回していけば隙なんて潰せんだよ」
攻撃は絶え間なかった。
だが、少女も致命打と足部への攻撃だけは死守して前へと出る。
そして、いつしか東の脚は止まっていた。
「止まったね……」
少女はそこを逃さない。無数の傷で力が抜けかけている右手を振ってナイフを投げつける。
だのに――、エアガンの東は事もなげにひょいと体を振ってそれを躱した。
「それで終わりか? 奇跡は起こらなかったな。やっぱりナイフじゃ銃には勝てなかったろ?」
「いいえ、軌跡は二度で十分なのよ」
言葉と共に少女は左手のナイフさえ男に向かって投げつける。狙いは眉間、投擲は正確だった。
だというのに、やはり事もなげに首を振ってよけられて、次の瞬間に湿った濁音が破裂した。
それはスペアプランに移行した際に決まりきっていた結末だった。それしかない最良の幕引き、紋切り型のように嵌った終結。
『状況終了。回収班を派遣します』
『パラダイス・ロストを避けるにはあと何人殺せばいい? 次世代へつなぐ為にこのシーンを何度繰り返せばいい?』
『疑問は愚問です、指示がなくなるまで続けて頂きます』
『……。そう、了解した。だけど気をつけなね、この世界が平和になった暁にはもしかしたら私があなたたちを刺すかもしれない』
『そうですか、肝に銘じておきましょう。ですが回収が終わるまで死ななければのお話ですね』
『それもそうね。じゃ、また後で』
end over
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