La lune blue 瑞稀said

結城雪夜

第1話

 深夜にふと目が覚めた瑞稀は、何かに導かれるかのように窓辺に近づいた。

 空には青く美しい月が輝いている。

 ゾッとするほど冷たく美しい青い月に魅入っていると、青い月を背にするように突然黒い人影が現れた。

 その人影は、瑞稀に気付くとジッと真紅の瞳で見つめた。

 瑞稀もまるで囚われたかのように、その真紅の瞳から目をそらすことができなかった。



 本人の意にそぐわないが、瑞稀は天才ピアニストとして持て囃されていた。

 本人はただ単にピアノが好きで弾いているだけなのだが、周りは『金のなる木』くらいにしか思ってない。

 瑞稀の理解者である親友達もリフレッシュさせようとドライブや飲みに誘ってくれるのだが、母親がそれを許さない。

 一日中ピアノから離れられない、そんな生活が続いているせいで、瑞稀は時々倒れるようになった。



 ある日のことだった。

 精神的に限界にきていた瑞稀は、思いを爆発させた。

「弾きたくない!

 もう辞めたい! 」

 幼い頃から大好きなピアノを弾いてきて、初めてそう思ったのだ。

「何言ってるの!

 今まで貴方にいくらつぎ込んだと思ってるのよ。

 辞めるなんて許しません! 」

 半ばヒステリックになって叫ぶ母親に平手打ちをくらった。

「ならさ、俺の身にもなってくれよ。

 あんた母親だろ? 」

「うるさい!

 母親だから言うんじゃないの!

 弾きなさい! 」

 ピアノ室を出ようとした瑞稀の襟首を引っ掴むと、引きずるようにしてピアノに向かわせた。

「さあ! 早くなさい! 」

 瑞稀がイライラを落ち着かせようとショパンの『葬送行進曲』を弾き始めると、

「何弾いてるのよ!

 違うでしょ!

 縁起でもないわね。

 昔からいっつもそう。」

 母親がますますヒステリックに喚き出した。

「たまには好きな曲くらい弾かせろよ! 」

「だめよ!

 あなたの好きな曲ではお金にならないの!

 口答えしてないで早くなさい! 」

 母親がマネージメントを担っている以上、瑞稀には従うしかない。

 その時、母親のスマホが鳴った。

「はい。

 あら、いつもお世話になってます。

 クリスマスにですか!

 もちろんやらせていただきます。

 はい、詳しくは後程。」

 声色を変えて愛想よく話すところを見ると、仕事の依頼なのだろう。

 母親がピアノ室を出たのを見ると、瑞稀は溜め息をついた。

「ホントやだよ。

 好きなようにしたいなあ。

 好きな曲を好きなだけ引きたい。」

 瑞稀はそう言うと、声をあげて泣き出した。

 どれくらい泣いたのだろうか、ドアをノックする音で顔を上げた。

「瑞稀、いいかい?」

 入ってきたのは瑞稀の父親だ。

 仕事から帰ってきたばかりなのだろう。

 スーツ姿のままだ。

「母さんから聞いたよ。

 父さんはね、瑞稀のやりたい様にでいいと思うよ。」

「父さん、ありがとう。

 俺はね、父さんのように会社で働いて、ピアノは趣味として弾いていたいんだ。

 でも、母さんはそれを許さない。

 ピアノで稼げっていう。

 俺、疲れたよ。

 最近、時々だけど倒れることあるし。」

 瑞稀は父親にすがる様に抱きついた。

「母さんは、実現しなかった自分の夢を瑞稀に押し付けてるだけなんだ。」

 父親はそう言うと、瑞稀の顔に両手を添えた。

「顔色も悪い。

 父さんから母さんには無期限で休息を与えるよう話しておくよ。

 父さんが付き添うから、一度病院で検査してもらおう。

 父さんは瑞稀の味方だからね。」

 父親の言葉に、嬉しさのあまり泣き出した。



 その日もまた、夜中に目が覚めた。

 心地よい風がレースのカーテンを揺らす。

「あれ?

 いつの間にか眠ってしまったんだ。

 運んでくれたの父さんかな。」

 泣き付かれて眠ってしまった瑞稀を父親が部屋まで運んだようだ。

 再び眠る気にもなれず、レースのカーテンが揺らめく窓に近づき白く輝く月を見る。

「涼しい夜だなあ。」

 そう呟くと、風を感じようと、そっと目を閉じる。

 そして、青い月の夜に現れた真紅の瞳の人影を思い出していた。

「あの日もこんなに涼しい夜だったなあ。

 あの人影は誰だったんだ?

 とても綺麗な瞳だった。」

 先日の人影に会えるかと期待してしばらく待つが、現れることがなかった。



 翌朝、瑞稀は父親に連れられて、父親の親友の医者がいる病院へと来ていた。

「慧さんと会うの久しぶりだね。」

「そうだな。」

 受付を済ませ、名前を呼ばれるのを待つ。

 同じように診察を待つ患者がチラチラと瑞稀を見てヒソヒソと話し出す。

「はあ。

 いちいち嫌になる。」

 ジロジロ見られる事が嫌いな瑞稀は苛立ちを隠せなかった。

「気にするな。」

 父親は安心させるように瑞稀の肩を抱き寄せた。

「久しぶりだね。

 中へどうぞ。」

 久しぶりに聞く父親の親友の声に顔をあげた。

「慧さん、お久しぶりです。」

 慧に促され、父親と2人、診察室に入る。

「大体はコイツから聞いてるよ。

 何度か倒れてるって?」

 のほほんとした様子で慧は診察を始めると、瑞稀に尋ねた。

「時々ですけど。」

「時々ね。」

 慧は瑞稀の言葉に少し考え込むと、瑞稀にいくつか質問していった。

 瑞稀も思い出しながら答えていった。

「じゃあ、血液検査をしてみようか。

 その後、食欲も減ってるようだから栄養剤を射っておこう。」

「はい。」

「瑞稀さん、こちらへ。」

 瑞稀が看護師に促されて血液検査の為の採血をしに診察室を出たのを確認すると、重い口を開いた。

「瑞稀は、どんな状態なんだ? 」

「単なる貧血だといいけど、急性白血病の可能性も疑ってる。

 血液検査の結果次第だけどな。」

「白血病だったとして、治療法は? 」

「白血病と決まったわけじゃないだろ?

 それに、仮にそうだとしても、治療法がないわけじゃないんだ。」

「そうなんだが…。」

 父親は右手で顔を覆うと、もっと早く気づいてあげればよかったと、己を責めた。



 採血を済ませた瑞稀は、ポタリポタリとゆっくり落ちる点滴を見つめながらあの時の人影を思い出していた。

「あの人影は誰なんだろう。

 真紅の瞳、青い月、とても綺麗だった。

 またあの青い月が見れたなら、会えるだろうか。」

 瑞稀は心から会いたいと思った。

 理由はわからないが、気になって仕方がなかった。

 夢でなら会えるだろうかと思い、ゆっくりと目を閉じた。



 青い月を背にして宙に浮かぶ黒い人影。

 真紅の瞳が瑞稀を見つめる。

『近いうちに会える。』

 人影はそう呟くと、瑞稀に近づき、そっと瑞稀の頬に触れた。

 顔をよく見ようと瑞稀の身長より10cm程高い人影を見上げるが、真紅の瞳しかわからない。

 ただお互い黙って見つめ合っていると、誰かが瑞稀を呼ぶ声がした。

『またね。』

 人影はそう言うと、名残惜しそうに去っていった。



「瑞稀君、瑞稀君。

 点滴終わったよ。」

 名前を呼ばれてゆっくりと目を開ける。

「慧さん。」

「ぐっすり眠っていたから起こすのも忍びなかったんだけどね。」

「父さんは? 」

「急な呼び出しで、社に戻った。

 あいつは、家まで付き添うつもりでいたようだから、かなり苛立っていたよ。

 ちゃんと貰うものは貰ってるから心配はいらない。」

「父さんと慧さんの夫婦漫才的なやり取りを見たかったですね。

 俺は一人でも大丈夫です。

 少し街をブラついてから帰ります。」

「ちょっと待って。

 もうすぐお昼だ。

 奢るから、お昼一緒しよう。」

 慧の誘いに黙って頷くと、病院の食堂へと向かい、慧は鯖味噌の日替わり定食、瑞稀はオムライスセットを頼んだ。

 慧は食事の間は病気のことやピアノのことに触れることなく、学生時代の父親の話をしてくれた。

 瑞稀も笑顔を見せて話を聞いていた。



「ごちそうさまでした。」

「いえいえ。

 気をつけてね。

 具合悪くなったら直ぐに連絡するんだよ。

 すぐ駆けつけるから。」

「はい。ありがとうございます。」

 瑞稀は深々と頭を下げると、新しくできたショッピングモールに向かった。

 本当は何か欲しいというわけではなかったが、まっすぐ帰る気がしなかった。

 帰れば待ち受けてる母親の小言を聞きながら、ピアノ室へと閉じ込められるのは目に見えてるからだ。

 ショッピングモールに着くと一つ一つ店を覗いてみて回るが、女の子が好きそうな店ばかりだ。

「それにしても広いなあ。

 一階を見て回っただけなのに疲れたよ。」

 コーヒーショップを見つけ、ブレンドコーヒーを飲みながら持ってきたiPodをかける。

 iPodからはカミーユ・サン・サーンスの交響詩『死の舞踏』が聞こえてくる。

 そっと目をつぶり、指でリズムをとりながら曲の世界に入り込んでいく。

 そうなると、行き交う人々がチラチラ見ていこうが、囁き合いながら通り過ぎようが、気にならなかった。

 それくらい好きな曲には入り込んでしまうのだ。

 そんなに長い時間聞いていたつもりはないのだが、気がつけば夕方近くになっていた。

「もう、こんな時間か。

 帰らないと。」

 急いで最寄り駅へ向かい、電車に駆け込む。

 自宅近くの駅に着いた時、急にあたりが暗くなり大粒の雨が激しく降り出した。

 久しぶりの夕立だ。

 駅周辺を行き交う人々も慌てて建物中へと駆け込む。

 雨が止むのを待っていると、瑞稀がいる方へと慌てて駆け込んでくる若い男がいた。

「降り出すとは思わなかった。」

 男はハンカチで拭きながら、独りごちた。

 瑞稀は男の声が点滴の最中に見た夢で聞いた、真紅の瞳の人影の声と似ているような気がしたことと、男性なのに抜けるような白い肌と黒い髪に黒い瞳の美しさに、男をじっと見つめた。

「ん?

 俺に何か? 」

 男は瑞稀の視線に気づいて、笑顔を向けた。

「ごめんなさい。」

 瑞稀は顔を赤らめると慌てて目を逸らした。

「気にしないで。

 俺は冬弥。君は? 」

 冬弥から名前を聞かれてキョトンとする。

 ふざけてるのか、それとも本当に瑞稀のことを知らないのか、真意ははかりかねる。

「瑞稀です。」

「いい名前だね。」

「ありがとう。」

 瑞稀は、思わず女の子のように照れてしまった。

 冬弥は、瑞稀の方からふわりと甘い香りが漂ってきたのを感じた。

 照れて顔を赤くしている瑞稀の首筋に顔を近づけると、瑞稀の匂いをかいだ。

 当然瑞稀は戸惑い、ますます赤くなる。

「ごめんね。

 とても甘い香りがしたから。」

「甘い香り?

 何もつけてないですけど。」

「そう?

 でも甘い香りがするよ。

 君の首筋から。」

 そう言った冬弥の黒い瞳が一瞬真紅の瞳になった気がした。

 そう言えば、夢に現れた真紅の瞳の人影と背格好は同じくらいではないか?

 そう思った瞬間、ドキドキと鼓動が早く脈打った。

「どうかした? 」

「いえ。

 あ、雨も上がったし、俺はこれで。」

 急いでその場を離れようとした瑞稀の腕を掴むと、

「また、会えるかな? 」

 と聞いてきた。

「機会があれば。」

 瑞稀はそう言うと、冬弥が手を離した隙に駆け出した。

「逢魔が時は気を付けなきゃダメだよ。」

 冬弥は遠ざかる瑞稀に向かって呟くと、ほくそ笑んだ。



 家に帰り着くと、案の定母親が小言を言うために待ち構えていたが、それを無視して自分の部屋にこもった。

 瑞稀の胸は未だにドキドキしている。

 落ち着かせようとするが、冬弥を思い出すと、ドキドキがなかなか止まらない。

 確証はないが、きっと、彼があの真紅の瞳の人影だ。

 そう思えて仕方なかった。

 冬弥が触れた腕をジッと見つめ、感触を思い出す。

 凍えるほど冷たい指先。

 抜けるような白い肌。

 普通ならここで恐怖を感じるのだろうが、不思議と恐怖はなかった。

 むしろ、また会いたい。

 会って、真紅の瞳の人影が彼だと突き止めたい。

 そう思っていた。

「冬弥は何者なんだろう。

 俺がピアニストって気づかなかった。

 でも、知っててあえて言わないでくれたのかもしれないよな。」

 そして気づく。

 帰り際、失礼な態度をとってのではないかと。

 そう思うと、とたんに顔が青ざめる。

「今度会うことがあるならば、きちんとお詫びしなきゃな。」

 そう呟くと、窓の外を見る。

 そこには、冷たく青い月が漆黒の闇に浮かび上がっていた。

 会える予感がして胸を高鳴らせる。

 期待を込めて冷たく青い月を見つめる。

 すると、真紅の瞳の人影が姿を現した。

 瑞稀は窓に急いで近づき、人影に声をかけようとした。

 人影も瑞稀に気づき、ゆっくりと近づくと窓から瑞稀の部屋はと入る。

「嫌われたかと思った。」

 人影はそう言うと、瑞稀の頬に冷たい指先が触れる。

「冬弥なの? 」

 思い切って名前を呼んでみる。

「そうだよ。

 俺はヴァンパイアだからね。

 怖くないの? 」

「怖くない。

 冬弥があの時の人影じゃないかって思っていたから。」

 瑞稀の言葉に真紅の瞳が優しく見つめる。

 冬弥の手はとても冷たいのに、触れてるところから熱が広がる感じがする。

 その熱が体中を駆け巡る。

「甘い香り。

 とてもそそられる。」

「なら、吸えばいい。

 食事に行くところだったんじゃないのか? 」

「ふふふ。

 とても魅力的な誘いだけど、君を餌として見たくないんだよ。」

 そう言った冬弥の真紅の瞳が少し悲しそうに見えた。

「なぜ? 」

 瑞稀はその理由を知りたかった。

「今はまだ秘密かな。」

「秘密? 」

「そう。

 いずれ、その時間ときが来れば、ちゃんと話すよ。必ずね。

 さあ、もう休まないと。

 おやすみ。」

 冬弥はそう言うと掌を瑞稀の両眼にかざした。

 たちまち眠気が瑞稀を襲う。

「良い夢を、瑞稀。」

 眠った瑞稀をベッドへと寝かせると、瑞稀の額にそっと口付けた。




 その夜に見た夢は、遠くへ行くと言う冬弥に、自分も一緒に連れていって欲しいと懇願する夢だった。

 夢の中で冬弥は、一緒に来れば二度と後戻り出来なくなると告げる。

 瑞稀はそれでも構わないと冬弥に抱きつくのだ。

 冬弥とずっと一緒にいられるのならと。

 冬弥は瑞稀が覚悟を決めてるのならと、瑞稀の思いを受け入れる。

 そして冬弥と二人、新天地に向かう。

 そんな夢だった。



 雀の鳴き声で目が覚めた。

 窓から朝日が差し込んでいる。

「もう朝か。

 ドキドキしてる。

 何故だろう。

 冬弥のことを考えるだけでドキドキする。

 胸の奥があたたかくなる。

 この気持ちは何だろう。」

 ベッドの上で膝を抱えて考えた。

 昨日ももっと一緒にいたいと思った。

 もっと色々話したいと思った。

「また会えるよね。」

 瑞稀は抱えた膝に顔をうずめた。



 それから二週間、毎晩冬弥と会いながら、冬弥への気持ちを考えに考えた。

 そして気づく。

 恋しているんだということに。

「そうか。

 俺は冬弥に恋しているだ。」

 そう思うと、嬉しくなった。

 思わず顔がにやける。

 すると突然、電話がなった。

「もしもし、父さん? 何? 」

「血液検査の結果が出たそうだ。

 今から迎えに行く。」

 父親は用件だけ言うと、電話を切った。

 三十分後、家に着いた父親の車に乗り込み、病院へと向かった。

 診察室では慧が待っていた。

「白血病の疑いが出たよ。

 もっと正確にするために、骨髄液を検査する必要があるけども。

 だから、出来ればこのまま入院して欲しいのだけどね。」

 瑞稀は思いもしなかった病名に頭の中が真っ白になった。

「慧さん、俺は死ぬの? 」

「初期だから確実に完治できるはずだよ。」

「慧さん、一日待って。

 話したい人がいるんだ。」

「わかった。

 大切な人なんだろうからね。」

 慧は、必死な表情で懇願した瑞稀の願いを聞き入れた。

 瑞稀が入院をする事と、病気の事を冬弥に話しておかなければと思ったのだ。

 それと同時に己の運命を恨んだ。

 冬弥を好きだと気づいたばかりなのに、好きだと告げてもいないのにと。

 帰りの車の中で泣く瑞稀に父親は話しかけた。

「瑞稀、好きな人がいるんだね。

 それは、毎晩会っている人かな? 」

 父親が気付いていたことに驚いて、父親を見る。

「瑞稀が好きになった人なら、認めてあげたいと思うよ。

 彼がたとえ人ならざるものであれ、瑞稀を幸せにしてくれるのであればね。

 父さんはね、きっと彼が瑞稀をあの檻から開放してくれる人なんだろうと思っているよ。

 もう、瑞稀は自由になっていい。」

「ありがとう。

 でも、どうしてそんなに簡単に認められるの?

 男同志だし、好きになった人はヴァンパイアだよ。」

「瑞稀の部屋に窓からフワリと入っていくのを見た時ははね、とても驚いたよ。

 でも、父さんも母さんと結婚するのに、駆け落ちしてきたからね。

 お互いの両親から反対されて、祝福してくれたのは慧だけだった。

 だからね、父さんは、瑞稀が幸せでいられる相手であれば、祝福してあげようって思ったんだよ。

 慧に話したら、お前らしいなって言われたよ。」

「物分かり良すぎだよ。」

 瑞稀は父親の言葉が嬉しかった。



 その夜、父親が母親に瑞稀の病気の事を説明していた。

 泣き崩れ、己を責める母親を初めて見た。

 そして、謝罪を繰り返しながら、泣き続けた。

 そっと父親が母親を抱きしめていた。

 そっと自分の部屋に戻ると、部屋では冬弥が待っていた。

「目が赤い。

 泣いてた? 」

 冬弥は瑞稀を抱きしめた。

「俺ね、冬弥に話しておかないといけないことがあるんだ。」

 冬弥の胸に顔をうずめ、話し出した。

「俺ね、冬弥のことが好きだよ。

 冬弥に恋してる。

 でも、俺ね、白血病の可能性があるって。

 今度入院して骨髄液を検査してから病名をハッキリさせるらしいけどね。」

「それで初めて会った時、薬品の匂いがしたんだね。

 以前さ、俺が瑞稀を餌として見たくないと言ったよね。

 覚えてる?

 その理由はね、俺も瑞稀に恋してるから、ずっと俺のそばにいて欲しいと思ったからだよ。

 それには瑞稀が俺を好きになってくれなければ叶わないし、それは瑞稀を俺と同族にするって事だから。」

 冬弥の真紅の瞳が、優しく見つめる。

「今すぐは? 」

「瑞稀、俺と同族になるってことは、永遠を生きるってこと。

 瑞稀の家族が亡くなっても、瑞稀はずっとこのままだということだよ。

 だから、ゆっくり考えてほしい。

 治療を受けながから、ゆっくり考えて。

 俺は待ってるから。」

「わかった。

 つまり、冬弥と同族になるための覚悟が出来るか、考えて欲しいってことだよね。

 安易にこの場で答えを出していいってことじゃないんだね。

 今日ね、父さんに冬弥のことを言われたよ。

 父さんは、俺を幸せにしてくれるのであれば冬弥が人ならざるものでも構わないって。

 どんだけ物分かり良すぎなんだよってね。」

「いいお父さんだね。

 とても瑞稀を大切にしてるんだね。

 愛されてるね。」

「うん。」

 それから冬弥と瑞稀は心ゆくまで抱きしめあった。



 翌日、入院するために病院に向かった。

 母親も付き添っている。

 骨髄液の検査の結果、やはり白血病だった。

 幸い、初期であるため、薬による治療が行われた。

 入院している間、冬弥と会うことは出来なかったが、心変わりしたかのように、毎日母親が付き添っていた。

 甲斐甲斐しく世話をする母親から、

「ピアニスト、無理に続けなくていいのよ。

 お父さんから、話は聞いたわ。

 退院したら、瑞稀の彼氏にあわせてね。」

 と笑顔で言われた。

「母さんたちが年とっていっても、俺は年とらないかもしれないんだよ。」

「あら、そんなこと考えてたの?

 親はいつか先に死ぬのよ。

 どんな姿になっても、瑞稀は瑞稀でしょ。」

 母親の言葉を受けて、瑞稀は冬弥の同族になることを決めた。

「母さん、ありがとう。

 吹っ切れたよ。」

 瑞稀は心から母親に感謝した。



 何ヶ月にも渡る治療の結果、完治した瑞稀は、冬弥と会える日を心待ちにしていた。

 そして、冷たく青い月が空に輝く夜が来たが、冬弥は現れなかった。

 冬弥のかわりに現れたのは、一匹のコウモリだった。

 コウモリは、手紙を落としていくと、そのまま飛びさって行った。

 瑞稀の心を不安がよぎる。

 震える手で手紙を開けると、繊細な文字で次のように書かれてあった。


『瑞稀へ

 ごめんね。

 やっぱり俺には瑞稀の時間を止めてしまうことは出来そうにない。

 瑞稀と永遠を共に生きたいと言う気持ちは、嘘じゃない。

 瑞稀を心から愛してる。

 これからもずっとね。

 でも、どうしても時間が止まる苦痛を、時間から取り残される悲しみをあじあわせたくないんだ。

 瑞稀と共に過ごせた時間は短くとも、とても楽しかった。

 瑞稀のこと、見守っているよ。

 冬弥』


 瑞稀はその手紙を握り締めて泣いた。

 声をあげて泣いた。

「どうして。

 冬弥と一緒にいるって覚悟決めたのに。

 大好きなのに。」

 冬弥なりの優しさだとわかっていたが、悲しかった。

 一晩中泣き続ける瑞稀を、冷たく青い月の輝きが、優しく照らした。

 まるで慰めるかのように。

 空が白み始めた頃、何処かで冬弥の声が聞こえた気がした。

「愛してるよ、瑞稀。」

 と…。

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La lune blue 瑞稀said 結城雪夜 @tukuyomi-luna

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