竜王の卵

徳川レモン

 「竜王の卵」


 昔々まだ人間が猿だったころ、何処までも広がる広大な大地はドラゴン達の物だった。


 緑豊かな大森林には巨大なドラゴンが闊歩し、空を見ればレッドドラゴンやグリーンドラゴンが飛び回り互いの縄張りを守っていた。そんな時代に一匹のピンクのドラゴンが居た。


 彼女はとある雄ドラゴンと交尾をした後めでたく妊娠をし、ドラゴン達の産卵の場に来ると、新たな命が生まれるまで今か今かと毎日楽しく待っていた。


 そんな彼女にも憂鬱があった。周りをみると、何処の雌ドラゴンもパートナーである雄ドラゴンがかいがいしく餌を運ぶ姿。

 夫婦仲が良さそうな姿を見ると、彼女は悲しい気持ちになったのだ。


 パートナーである雄ドラゴンは、交尾を済ませるとどこかへと去ってしまっていた。彼女には望んでも得られるものではなかったのだ。


 彼女はお腹に居る我が子だけが希望だった。


 とある嵐の夜に、彼女は激痛に襲われ二十時間もの末に一つの卵を産み落とした。


 その卵は真っ白く、他のドラゴンの卵と比べると何処か違っていたのだ。彼女は熱心に卵を温め、生まれて来る我が子を楽しみに待っていた。


 だが、卵は一ヶ月を過ぎても孵らず、二ヶ月、三ヶ月、四ヶ月と瞬く間に過ぎっていった。


 流石におかしいと他の雌ドラゴン達が彼女に言葉をかけるが、彼女は首を振り熱心に卵を温め続けていた。彼女は生まれて初めての我が子をどうしても諦めたくはなかったのだ。







 そして十年の月日は流れた。


 彼女は卵を温めながらすでに諦めていた。この卵はすでに死んでいて、何も生まれないのではないのだろうか。そんな言葉が頭を幾度もよぎり、彼女はとうとう温める事を止める事にした。


 体を起こし卵から離れようとした瞬間、何かを壊す音が聞こえた。


 それは再び聞こえ、彼女は急いで卵をみるとそこには殻を一生懸命突き破ろうとする我が子の姿があった。


 彼女は全身に走る喜びに思わず涙を流すが、我が子はそんな親の気も知らず,

ただひたすらに殻を壊そうともがいていた。そして殻を完全に突き破って現れた我が子は、ドラゴンとは似つかわしくないヘビのような姿だった。


 ヘビのような胴体に、申し訳程度の手足が付いた純白のドラゴンに彼女はショックを受ける。

 だが、彼女を見た我が子は小さな鳴き声をあげると、足にすり寄り甘えて来るのだ。そんな我が子を見て彼女は覚悟を決めた。


 姿は違うが間違いなく我が子なのだ、自分を置いて誰がこの子を育ててくれると言うのだろうか? 彼女は体を横にすると我が子にミルクを与え始めた。


 彼女が我が子を育て始め、更に十年の月日が流れる。


 同時期に生まれたドラゴン達はすでに大人になり次々に巣立ってゆく中で、彼女の子供だけは未だに体が小さいままで、餌も自力では満足に取れない程だった。


 母親である彼女はそんな我が子を諦めずひたすらに育て続け、生まれてから二十年の月日が流れた。


 我が子は小さかった体も大きくなり、純白の体表も綺麗な鱗に覆われた大人のドラゴンに成長を遂げた。


 変わらずヘビのような胴体に頭からは樹木のような角が生えた姿はまるで、ドラゴンとは言い難い姿だったが彼女は満足していた。確かに周りのドラゴンとは違うが、我が子には優れた力が宿っている事を確信していたからだ。彼女の想いとは裏腹に我が子は大人になった未だに母親に甘え、離れようとはしなかった。




 ある日彼女は、我が子に噛みつき巣から弾き飛ばした。


 戸惑う我が子に何も答えず彼女は我が子に爪を立て、牙を立てた。泣き叫ぶ我が子は空を飛び、巣の上をひたすらに回りながら何故かと泣き叫んだ。だが彼女は何も答えず我が子に向かって威嚇をつづけた。


 諦めた我が子は巣から飛び立って行き、彼女は巣に体を横たえる。


 そう、すでに彼女には死期が迫っていた。大切な我が子に母親が死ぬところなど見せられなかったのだ、ドラゴンは誇り高く弱い姿は恥になるのだ。



 彼女は雪が降り始めた空を見上げ、我が子の行く末を願うとその瞳を閉じた。





 三千年の月日が流れ、ヘビのようなドラゴンはいつしか竜王と呼ばれるほど巨大で雄々しい姿に成長を遂げた。彼は三千年の間、襲い来るドラゴン達を倒し続け未だ無敗の異形のドラゴンだった。


 今では子供やその子孫も増えすべてが彼に似たヘビのような姿であり、その姿を見たドラゴン達からは、竜王種とささやかれるようになった。彼の率いる一族はまさに、空も地上も海も支配する強力無比なドラゴンだったのだ。


 だが竜王と呼ばれた彼もいつしか老いを感じ始め、死に場所を探し始める。


 ドラゴンは誇り高き生き物であり一族に死に姿を見せてはいけないと、昔に母から教わっていた彼は、一族に何も告げずただひたすらに旅をつづけとある場所に辿り着いた。


 そこは今でも鮮明に記憶に残る、生まれ育った巣だったのだ。


 巣には横たわるようにしてドラゴンの骨があり、彼は母の骨だとすぐに気が付いた。彼は巨大な胴体を母の骨を囲むようにして横たえると、甘い声を出して母の骨にすり寄る。生まれて初めて見た母親の顔は巨大で驚いた記憶がよみがえり、母親の背中で遊んだ記憶がよみがえる。


 次々に幼き記憶がよみがえり、彼は巣を旅立った以来の涙を流した。


 いつしか空からは雪が降り始め、彼はゆっくりとその瞳を閉じる。






 竜王を探していた彼の一族は、とうとう彼の亡骸を発見した。とぐろを巻くその姿は亡き今でも竜王に相応しい威厳を保ち、彼の一族は竜王の死を悲しんだ。


 彼は一族から伝説の竜王と崇められ、いつしか竜王になったドラゴンは彼の亡骸が眠る場所で死期を迎えるようになった。

 幾万の月日が流れ、龍と呼ばれるようになったドラゴンは龍の墓場と呼ばれる場所で死期を迎えるようになった。そこは膨大なドラゴンの骨が積み重なり、山と成したドラゴンの聖域だ。すでに何故ここが聖域なのかすら知らないドラゴン達は死期を迎えると山に寄り添うようにして眠る。



 積み重なった骨の中心には今でも、小さなドラゴンの骨を守るようにして眠る巨大なドラゴンの骨があるそうだ。





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