第2話 ミスコンの審査員にされちゃったよー美人撲滅って毒づいてたら

「あはははは学校さぼって夕暮れからギター買いにいって布団買ってきちゃったの!? なにその母さんに対する渾身のギャグ! セックスドラッグロックンロールってー? ほんとに我が息子ながら超ダサい! 高校在学中にひとつでもできるといーねー!」

……ドラッグはあかんだろドラッグは。

 翌日、武蔵小山高校の校門を潜りながら、母親に笑い者にされたことを思いだしぐぬぬとなるも、まあ二万円だけあって真綿布団の寝心地はよかったよな甘い匂いはしないけれどもよく眠れたよ得した得したすっごく得したと言い聞かせ1Dの教室に足を踏み入れると、

 直ぐさま不良に胸倉掴まれるえっちょっと待ってなにこれ死ぬの?

「雨鮫てめえ昨日なに休んでんだよう!」

 ポーイと、廊下に投げ捨てられて僕は尻餅。おしりがなくなっちゃうや

「い、いやいや、なにって、熱が出たから、37度8分、じゃなくて、37度7分」

「んな平熱で学校休んでんじゃねえよ! 俺なんか昨日緊張と興奮で82度あったわ! 82度5分は確実にあったわ!」

「そしたら脳みそ沸騰しちゃうじゃないか」

 ガボガボガボガボ、とクラス1の不良で学年2位の不良の腐り過ぎて沸騰したミカン棚牙和也が体位屑わりしている善良で朴訥な一般市民の僕を蹴ってくるちくしょうやめてくれ。ちなみに体位屑わりとは地べたにべったりうなだれた感じでくっついてくっついて

いることなのだけどすぐにまた棚牙に胸倉掴まれてひっぺがされる。中肉中背の僕と違って、棚牙は183センチあり肩幅も広い。トップにピンバーマかけた短めの金髪頭でちゃらそうだけど、眉毛は太く逞しいので男らしさもある。

「……休んだせいで一躍、お前、重要参考人だからな」

「へ? 重要参考人?」

 いいから着いてこい! とずるずる棚牙に廊下を引き摺られる大して仲が良いわけでもないのに。不良は美人の次に自己中心的でやりたいようにやっている生き物だから、美人の次に大嫌いだよ。

 連れてこられたのは一年生最語尾のクラス、一年G組教室の脇だった。屋上へと地続きに繋がっている三段ほどの段差に腰掛けて、クラス1の不良で学年1位の不良の追奔敬介が文庫本を読んでいる。

「敬介、重要参考人、連れてきたぜ」

 またポーイと、廊下に投げ捨てられて僕は下腹部を強打。大腸小腸がとれちゃうや

「雨鮫秀一……?」

 パタン、と追奔が本を閉じた。英国人の哲学書だった。

 筋肉バカ系の棚牙と違って、追奔はインテリタイプの不良だ。緑がかった茶に染められたさらさらの髪は肩まで届き、アイロンでしっかりと癖付けされている。中性的な容姿で、瞳は大きいが光はあまりない。僕は君子危うき所に近寄らずタイプなので、対峙するのは初めてだった。

「君のお陰で色々と困ったことになった」

 ど、どうもーも言う暇もなく追奔が深青のブレザーの袖から拳銃を取り出した。

 う、うそでしょ、と体位屑わりで慌てふためく僕の右手に照準を合わせて、躊躇なく追奔が引き金を弾くいってええええええええええ!

「あんまりのたうちまわるな」

 一喝されたので右手を撃たれた僕はぶるぶる押し黙った。追奔が溜め息をついて再びブレザーに拳銃をしまう。

「エアガンだよ、ただの。高校生がエアガンなんて玩具持ち歩いてるなんて、餓鬼みたいで可愛いだろう?」

 それはつまり教師陣に明るみになっても問題にならないおふざけ程度で済まされる相手を痛めつける道具で一番適しているのが『ただの玩具』のエアガンであり、エアガンであれなんであれまるで歯を磨くような日常的で自然な動作で拳銃を取り出し、ノータイムで人間に向けて発砲できる、というのが追奔の残虐性を如実に表している不良こえええええ。僕の手の近くで黄色いBB弾が鈍く転がっている。

「……昨日はね、俺や和也が企画したミス武蔵小町があったわけ」

 追奔が淡々と語り始めた。やい、耳の穴かっぽじって良く聞きやがれ、と棚牙に耳朶を引っ張られるやめてー耳もとれちゃうよ

「本当は一年A組からG組まで、(39人×7クラス)―2=271人の票が、候補者の二人に行き渡るはずだったんだ。しかしながら君が休んで、270票」

「まさか……」

「そのまさかだなあ。一年生で借り切った体育館で投票用紙を集計した結果、真っ二つに票が割れてしまったんだよ。135票と135票に」

「引き分けちゃったんですか……」

「No.1を決める算段だったのに同率優勝だなんて、こんなに盛り下がる結末もないだろう? 苦肉の策で最投票、二人に再度五分間のアピールタイムを設けた後、その場で○×クイズのように270人にどっち派か別れてもらった。ところが」

「それでもまさかの135対135だったと……」

 そういうことだが勝手にさえぎらないでくれるか、と追奔がエアガンに手をかけたので僕はごめんなさいごめんなさいで許してもらう勘弁しておくれ左手いってええええええええええけっきょく許してもらえなかった!

「……そうなってくるとよお雨鮫。唯一の欠席者のおめえの一票が、山より重く海より深くなってくるってわけだなー!」

 しゃがみ込んできた棚牙に肩を組まれる。えええそんな展開ありますか!?

「君は候補者の二人と面識がないみたいだな」と、追奔に問われた。

「う、うん。挨拶すら、一度もしたことがない」

「彼女たちも、雨鮫って誰、といった感じだったよ」

 だからこそ――と追奔に指を指される。「君の最後の一票は、極めて平等に判断してもらえるのではないか、というのが彼女たちの総意だ」

 俺たちは反対したのだけどな、と追奔が口を歪める。確かに、中肉中背の僕に全権を委ねられるなんて、ここまで仕切ってきた追奔たちは面白くないだろう逆恨みも甚だしいけど。

 丁重にお断りしましょう!「い、い、いや僕はふさわしくないって! もともと僕はミスコンとか美女とか苦手で、それに……、」

 他に気になってる人がいるからそんなことはどうでもいいのだ、とは、言えなかった。そしたら絶対、それが誰だかゲロさせられる。本当にゲボ吐いちゃうまで痛めつけられるげぼぼぼ。

「それに、じゃねえよもうお二人さんとも決なすったみたいだぞ」

 逡巡していたら、棚牙に首を180度捻られそうになる首とれちゃう。

 遠くからでもわかる、A組の教室から、ミスコンの候補者二名がゆったりと出てきた。ただの廊下が一変、アカデミー賞の赤絨毯のように華やかになる。窓際や壁に寄り掛かって談笑していた一般の生徒たちが男が女が、ざわついたり、憧れの視線を送ったりする。

 背の高く胸のふくよかな美人と、小柄で華奢でショートカットの似合う美人。

 B組C組D組と美人たちは天皇陛下のようにたまに手を降ったり、目配せして笑った。E組F組G組と近付くにつれて、棚牙の表情がふやけていく。

 お待たせー、と背の高い、ふんわりした美人が棚牙に微笑みかける。

「いーやぜんぜん待ってねっすよややさん! むしろ俺らが二分二十秒くらい早くきちゃってすいませんす!」

へこへこ、ガツガツ、棚牙がなんのそのする、望塚弥綾もちづかやあやという美人に。

「棚牙、それは遜り過ぎだ」

 不良としての威厳を保つような発言をしたかと思いきや、パタパ、と追奔は再び英国人の哲学書を開いていた。

 ちょっと追奔ちゃんいい加減あたしらに視線合わせなってのー、と高飛車に小柄な方の美人がおっしゃる。

「違う、唐突に68ページが気になっただけさ」

 追奔は勉強の虫みたいに文庫本を熟読して片時も目を離さない。ので、あれもしかして、この人、純情だったりするわけか?

 照れ屋ー、と野良駆愛芽のらがけまなめという美人は笑って、ブリッジするみたいに身体を反らせて本と追奔の間に顔を忍ばせ、目と鼻の先で見つめあった。

「わ・わ・とてもかわいい!」

 追奔がぎゅっと目を閉じて坊やみたいに退く。えーさっきまで僕の右手とか左手とか撃ち抜こうとしてたじゃん!

 追奔の反応にぎゃはぎゃはバカ笑いしていた野良駆さんだったが、ぐぎが、とそのまま腰を曲げ過ぎて頭を床に強く打ちつけてぎゃん!と言うええー大丈夫?

「……まなめ! あっはっはっはっはっ! ぴーえろっ!」

 第一声は心配してるかと思ったのに望塚さん爆笑してるし。

「いっつーありえないほど調子乗ったあたし身体めっちゃ固いのに……」

 頭を擦りながら起き上がる野良駆さんを、「野良駆、人をからからうために無理するなよ」と気遣おうとした追奔がチラリと見て、

「わ・かわいいかわいいお目々潰れちゃう!」

 とうとうお気に入りの哲学書を放り投げておもらしした女の子みたいに顔を両手で覆っちゃったからお前が無理するなよ! なんだこれほんとロクな奴いねえ!

「それで追奔くん。そこで野垂れ死にしてるイモムシみたいに床に張りついてるのが、学年で只一人、お休みしていた子?」

 望塚さんがシャットダウン中の追奔に尋ねる、って誰がイモムシじゃ美人にとって僕は虫ケラか虫ケラらしく変態してやろか! 蛹になるっていうかそのおっぱい揉んでやろか!

「そうなるな。名を、雨鮫秀一という」

 クールに答える追奔だけど望塚さんも美人だから相変わらず顔面は手で覆いっ放し。棚牙がやれやれと頭を掻いている。

「これが雨鮫くん……」

 ふうん、と望塚さんが僕の顔を覗き込む。

 なんて綺麗な瞳だよ。僕のこと、これって、これとかいって、THIS扱いでDISってるくせにさ。卑怯だ

 追奔みたいなのはゴメンだね僕はなるたけ美人に屈したくないんだ! 舐められないよう、ギギーと睨み返す美人! 美人! 美人!

 あれ、と望塚さんが首をかしげた。

「きみもしかして布団買ってくれた子?」

 え!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 ええっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 ええっええっええっええっええっええー!!!!!!!!!!!!!!!!!

「……も、もしかして、あの、おねーさん」

 やっぱりー! きゃああ、と望塚さんがはしゃぐ。

「じゃあ、きみは、ぼくだ、ぼく! ぼく、同級生だったんだねー!」

「だっ、だって、おねーさん、佐藤って名字だったじゃないか」

 ああー佐藤は偽名偽名ー、と屈託なく望塚さんが手を振った。

「あそこ高校生雇ってくれなくてさー、24歳の家事手伝いって設定なの。化粧も濃いぃめにしてるから、ちょっとやそっとじゃわからないのよ」

 ね? とお顔を見せてくる望塚さんの化粧は薄く、ほぼすっぴんといって差し支えないような柔和な表情だった。みんなの理想的なおねーさんではなく、みんなの理想的な女子高生だ。

「い、いや、ま、まじかよ……。えー」

 ええー。まだ半信半疑な僕に、んー、と望塚さんは首を捻ってから、しゃがんでいる僕に細過ぎない健康的な長い足が二本突き出たプリーツスカートを近づけて、

「匂いくんくんしてみればわかるかなぁ?」

 とヒラリとターンをした。

 そしたら甘い香りがむずむずと鼻の辺りに漂ってきてくんくんくんくん僕は昨日の快楽が蘇ってきてあああああああああの時のおねーさんだ間違いないいいい。

「てめ! うらやましすぎるぞこんちくしょうころす」

 ばっこーんと頭をはたかれる棚牙にねえちょっと頭までなくなっちゃったら人間やっていけないんですけど

「はあ、そうなのか、あの時のは、望塚さん……」

 嗅覚と暴力のダブルパンチでくらくらの僕は、ようやく理解、理解、しかししかし。

 じゃあ僕はずっと同級生の女の子におねーさんおねーさん敬語で話してたのかよしかもこども扱いされてぼくぼく呼ばれてたわけかよ恥っず!!

「わたしも雨鮫くんのことぼくって呼ぶからさぁ、望塚さんじゃなくておねーさんって呼んでよ」

「ど、どういう理屈だよ! 僕たち、タメだぞ同級生だぞ!」

「だってもうわたしの中できみは雨鮫くんじゃなくてぼくなんだもん」

「どう考えてもむちゃくちゃだろう!」

 望塚さんが下を向いてくすりと笑う。

「あと、できれば敬語で話してほしいナ……」

「はああああ! 絶対やだ! 絶対やだ! 絶対やだぞ望塚! 望塚こらあ!」

 どぅくしどぅくしどぅくし、と叫ぶたんびに棚牙に立て続けにぶん殴られたうわわ目も鼻も口もとれちゃうぞ~

「ややさんが頼んでっだからアイアイサーしろこらぁ」

 そんなの理不尽すぎ……、と口を尖らすも棚牙の眼が獣みたいに光ってしまっては。

「アイアイサー! これからよろしくお願い致します望塚弥綾おねーさん!」

 うん、と望塚さんが悠然と微笑んだ。

「わかればいいのよ、ぼく」

 ううー美人と不良の波状攻撃に成す術もなくやられてしまった虚しい悔しい惨めぇ……。

「ってかさ、やーやと、そこの棚牙っちのサンドバッグはさ、つまりは知り合いってわけ?」

 あたし置いてきぼりかよ、と頭を打って静かにしていた野良駆まなめさんが、尋ねてきたもんで、そうだ、そうだ、敬語とかそういう問題じゃない!

「知り合いもなにも望塚よお貴様! いっ、いったいいったい棚牙マジでやめて僕この短時間でどれだけ痛めつけられてるか知ってる? よく心折れてないよね自分で自分を褒めてあげたいよえっとですね望塚おねーさん! 僕は貴女を猛烈に恨んでいるわけですよなんだあの布団! ギター買いにきた善良で純真無垢な高校生だまして布団買わせてんじゃねえよ! 返品させろ! いや、返品させて下さい!」

 善良……? と望塚さんが鼻で笑った。

「ねえ棚牙くん、このぼくはね、まんまとわたしから漏れ出た分泌物の虜になってね、わたしの入った布団がほしいほしいっておねだりしちゃう変態ちゃんなのね」

 殺しちゃっていいと思わない? と歌うように望塚さんが言って棚牙が指をボキボキ鳴らすんだよふざけんなよなんなんだもうやだやだ負けたくない

「それがどうしたっていうんですかヘーイおねーさんどさんぴんすかんぴん! へんぴん! へんぴん! へんぴん!」

「やーよあの布団一枚売るごとにわたしに二千円入ってくるんだものー」

「店に年齢詐称で働いてるってチクってやるからな!」

「かんべーん。あそこほんと客こないし暇なあいだベッドでごろごろしてていいし楽ちんなんだってばぁ……。……でもさぁでもさ? あの布団じたいはほんと気持ち良かったでしょ?」

「それはまあ、よく眠れましたよちくしょうめい」

「でしょー。ならなら、別にいいじゃない?」

「よくないです! ギター覚えたかったんですもんシーマイナージャジャーンどれみふぁそらしど~」

 皆をそっちのけで餅塚さんと口論していたら、背後から野良駆さんの声がする。

「……ねえやーや。あたしはないのに、あんただけサンドバッグ君に面識がある限り、ミスコンの最終投票、成立しないんじゃないの?」

「ああーそうだそうだ僕にはそのようなくっだらない権利があるのだった! 布団返品させてくれない限り、僕は絶対に望塚さんに入れないからな! 望塚さんの負けだ! YOU! LOSE! YOU! LOSE!」

「えーそれは困る……」

「ねえちょっと黙って聞いてればさっきからサンドバッグ君暴走しすぎだから。あたしだってそんなんで勝ったってしょうがないししょうもないって話」

「しょうがないだろしょうもない争いなんだから! 野良なんとかさんの優勝です、はいミス武蔵小町、おめでとうくすだまぱーんふぁんふぁーれぱんぱかぱん」

「おいサンドバッグ」

 気づいたらまた胸ぐら掴まれて、ひょいっとまた立ち上がさせられていたから、また棚牙に調子のんなと戒めを食らわさせられるのかと辟易していたのだけど、犯人は野良駆さんだったひょええ力つっよ!

「この学校のメインヒロインをないがしろにするなよ」

 きっ、と怪力少女さんに睨みつけられる。猫のように大きな瞳、野良の。

「あたしは野良駆愛芽だ。骨の髄まで覚えとけ」

 それで太ももで股間をバーン!!!!!!!!!

 とれた! とうとうちんちんまで! とうとうちんちんまでとれちゃった!

 でも野良駆愛芽って名前骨の髄まで覚えました~

 きゃいんきゃいん転がり回る僕を尻目に、

「さっすがまなめちゃん容赦ない金的! ふれふれ元ヤン少女!」棚牙が惚れ惚れし、

「まなめかっこいー! 相死天流~!」望塚さんが(少しバカにした感じで)惚れ惚れし、

「終わりは俺に任せろ」と追奔は余所見しながら僕にエアガンをぱーんふぁんふぁーれぱんぱかぱん、

 蜂の巣。

 なのに休む間もなく棚牙に起こされて、

「……さて私怨は抜きにして、雨鮫。野良駆愛芽と望塚弥綾、どちらがより魅力的だか、決断してくれるか。その結果を踏まえて、今日の放課後にでも学年の全員を集めて、正式にミス武蔵小町を決定しようと思う」

 哲学書を拾い直した追奔が、黙読するようにすらすらと述べる。

 お尻やら右手やら目鼻口やら失いまくって最終的に蜂の巣になった僕は何故だか廊下に正座させられていて、

 視界の右には望塚さんがふわふわっと、

 視界の左には野良駆さんがしゃんと立っている。

 災難だ……。こんなんなら昨日学校休まず適当にどっちかの名前書いて出せばよかった。

 私怨は抜きにして、と言われましてもそもそも基本的に僕は美人を美人アンフェアと呼ぶような人間だしほんと正直どっちでもいいんだよそんなことより気になるあの子のことを考えていたい、

 左の野良駆さんをじっくり見る。腕を組んで、凜としたたたずまいで起立している。僕と目が合っても、表情はかわらない。僕をサンドバッグでも見るような目で見ている、僕は嫌な顔になる。

 さっきちんちん潰されて、マジで死ぬかと思った、恨みは消えぬぞ美人。

 右の望塚さんをじっくり見る。右手はグーで、左手はチョキで、かたつむり作って遊んでる。僕と目が合っても、表情はかわらない。僕を虫ケラでも見るような目で見ている、僕はもっと嫌な顔になる。

 昨夜布団を買わされて、二万円という大金を失った、恨みは消えぬぞ美人。

 っていうかこいつらの態度二人とも自分が選ばれて当然だと思ってやがる……!

 私怨抜きとかやっぱ無理だよだって私怨しかないもの。どっちもムカつくけど、こっちはハイテンションだった僕が失礼な態度をとったということもあるし……。

「えっと、ええと、野良駆。野良駆、愛芽さんで……」

 僕がもぞもぞ投票すると、野良駆さんは酷く顔をしかめた。

「やーや見てる時の顔が爆弾犯みたいだったけど、絶っっっ対に消去法だよね?」

「え、いや、そんな私怨じゃないよ。野良駆さんボーイッシュなお姫様みたいで、とてもかわいいし。魅力的だと思って野良駆さんに入れたよ、僕は、はは」

「外見なんて今まで千人以上に褒められてきたわよ」

 野良駆さんが臆面もなく凄いことを言った。「本気とおざなりの違いだってすぐわかるんだからっ。サンドバッグ君、消去法でボコスカして影も形もなくすわよ?」

 いやーん、と望塚さんが猫なで声で続く。「ぼく、わたしを消去しないでー」アレー、と手を伸ばしてみたりうるさいだまれ美人

「……そういうことだ」追奔が駄目を押す。「もう一度、純粋な気持ちで、純粋な気持ちで心をおおらかにして、考えてみるんだ」

 ええーエアガン眉間に向けられて純粋な気持ちで心をおおらかにして考えるなんて考える人でも無理っしょ……。

 まあどっちも、そりゃ、客観的に見たらば、容姿端麗だけれども。

 うーんうーん野良駆さん望塚さん野良駆さん望塚さん野良駆さん望塚さん小柄長身ツンツンゆるふわドジっ子タイプ痴女タイプ……。

「決めた! 望塚弥綾さん! 望塚弥綾さんでお願いします!」

 きゃあ、と望塚さんが飛び上がった。「わーいあっさりまなめに勝っちゃったー」

 へ? と野良駆さんの目が点になって、

 そのあとすっごい見開かれて吊り上がる。

「えーないわーないない、だってまた消去法だもん。一回あたしを選んだのにあたしが反発して外見なんて千人以上に褒められてきたなんて言うもんだから、格の違いに怖じ気づいちゃったわけでしょ? それともサンドバッグサンドバッグ言われて、傷ついちゃったとかぁ」

「いや今回は消去法じゃなくて正攻法だから」

「はぁ? なんで可憐でかわいいあたしが正攻法で妖怪悪徳布団売りに負けなきゃいけないのよ! あんた悔しくないの!? そんな極悪人いますぐ消去しなさいって!」

「消去法はいけないのでは……。いや、でも、それだよ。それがそのまま選んだ理由」

「どういうこと!」

「おそらく僕に野良駆さんは、布団を買わせることができないから」

「そんなん余裕だし! なんであんたに名探偵みたいに決めつけられなきゃいけないのよ!」

「望塚さん、今でも綺麗だけど、売り子やってた時のメイクは、もうちょっと尋常じゃなかったから。神々しかったから。身振り手振りも、……誘惑の仕方も。すごく悔しいけど」

 まあ、と望塚さんが顔を赤らめる、演技じみてる。「美の神アフロディーテですってー」

「はん、それはやーやだけじゃなくてあたしもだし! あたしだっていまほぼすっぴんだもん! がっつりメイクしたらあんたなんて鼻血! 失禁! 爆死なんだからぁ!」

「なんで僕が爆ぜて死ななきゃならないんだ」

「ことばのあやよ! 爆死じゃなくてええと、ええと、勃……、じゃなくて射……、じゃなくてじゃなくて、もうなんでもいいからとにかくあんたは弾け飛ぶの!! サヨナラ!」

「……なんかいまわかったことがひとつあるんだけど、野良駆さんってなんかすっごくバカだろ」

「なんかすっごくバカじゃないわよ! 東大生よ! 文部科学省よ!」

「切り返しがバカの極みなんだよ……。野良駆さんの話術で、僕に布団買わすことができるとは、とてもじゃないけど思えない」

「楽勝よ。百枚買わせてあげるんだから」

「じゃあやってみてよ」

「望むところよ」

 突然望塚さんが手を挙げた。「まなめ、ちょっと待って」

「なによやーや」

「爆死のくだり、勃……とか射……は、すこしいきすぎなのだけど、夢精だったら思春期の男の子らしくてかわいいしちょうどいいんじゃない?」

「夢……」と野良駆さんが言いかけて僕のことを軽蔑した目で見る。

「いや気持ちが悪い無理無理」

「なんで僕が言ったみたいになってんだよ! でも字面だと勃……とか射……とかより夢……は、なんか叶えたい夢があるみたいですごく前向きな気持ちになれますよねバスケがしたいですってむちゃくちゃながらもフォロー入れる僕は偉いなあ紳士だなあ!」

「ねえぼく、ぼくは昨日わたしから買った布団で夢……」

「精するわけねえだろうがやや姉!」

「あら、やや姉っていい呼び名」

 コホンコホンとまたないがしろにされた野良駆さんが咳払いをしてお店屋さんになる。

「ウイーン」僕もお客さんに。

「ああ、ギターが欲しい。さて、ギターを買いにこの店にきたのだからギターでも買うとするかなー。あーギター欲しい。とにかくどんなことがあっても布団だけはいらないんだ」

「ねえ、布団買ってよ」

「やですよ。ギター買いにきたんですもん」

「お願い。布団買って」

「いや、だからギターを」

「布団買って。百枚でいいから」

「布団いらないです」

「布団たったの百枚くらい、気前よく買ってくれたっていいでしょうに!」

「ちょっと待って、もうクレイジー過ぎてやめたい」

「まだまだこれからじゃない! あ、そうだ。……ねえ、そこのぼく。汗まみれの布団があるよ……。……あ・た・し・の」

「あーわたしのパクリー」

「やーや入ってこないでよ!」

「だってそれわたしのパクリじゃなーい。まなめの負けだよ負けー」

「じゃあそうだ! 名案! きた! サンドバッグ君ふくろ叩きにして、財布から布団分の代金取って、きぜつ状態のサンドバッグ君お布団でぐるぐる巻きにして信濃川に投げ捨てちゃえばいいんだ! 名案! ハイ布団売れましたぁー! ええご安心下さい、あとの99枚は着払いで実家に送りつけますから!」

「それを世間では犯罪って言うんだよそれになんだなんでわざわざ信濃川なんだ!」

「別に、も、最上? 最上川だって、……なんとか川だってなんでもいいのよ」

「お前は日本の河川の名前を信濃川と最上川しか知らないのか!!!!!!!! やはりクソ馬鹿だな!!!!!!!」

「知ってるわよ川ぐらいもっともっと! ニャ、ニャイル川とか!」

「ナイル川はエジプトだろうがよ!!!!!!!!!!!!」

「ニャイル川……!」目を閉じ口を噤んでいた追奔がしっとりと噛み締める。

「野良駆のニャイル川、かわいい……」

 それだ!!!!!!!!!!!!!

「それだ。これがいっとー美人のムカつくとこなんだ……!」

 僕は現行犯逮捕みたくビシっと追奔を指差し、野良駆さんを指差した。

「ニャイル川がかわいいわけないだろう!!!! ただのクソ馬鹿だぞ!! 美人は本来咎められるような間違ったことしでかしてもかわいいかわいいってプラスになるから頭くるんだ! それで甘やかされてつけ上がって我が儘に育つ! もしブスがニャイル川なんていったら即座に顔面グーパンチで前歯がニャイル川だかんな!? にゃ、とか言ってないでちゃんとナイル川って言え! そしてナイル川はエジプトなんだよ!!!! 荒川とか多摩川とか利根川とか登別川とか日本の河川の名前彫刻刀で身体中に彫りまくって血の海作れ!」

 僕の咆哮に野良駆さんは呆気にとられていたが、

 ふうん、と静観していた餅塚さんは少し、寂しそうに切り出した。

「……しょうがないでしょ。わたしも、まなめも。……美人なんだから」

 高慢ちき。そういうことサクっと言えるから嫌いなんだ。

「……美人め。居直るな」

「ううん、居直るー。だってニャイル川って、だってかわいいでしょ? 猫みたいでっ」

 餅塚さんが両手を挙げて指を折り曲げて、猫の手をつくった。

「ほら。にゃあ、にゃあ、にゃあ、にゃおん」

 餅塚さんが猫になって擦り寄ってくる。ごろにゃん、って雰囲気だ。ごろにゃんって雰囲気で僕の肌に触れ、触れ、触れる!

「や、やめろ……」

「うーん? やめにゃいにゃん」

 ひいいい、か、かわ……。

「あはっ!? あたしもやろそれ!」

 ないすあいであ、とばかりに野良駆さんも、乗った。

「うにゃ、うにゃ、にゃーご。にゃおにゃおにゃおにゃあ」

 野良駆さん猫目だし声が高いからすっごく似合う……。

 ぴと、と野良駆さんまでくっついてきた。

「…………!」

 僕は気が触れそうになって死にそうになってすんでのところで猫二匹をぶんぶん振り払った。

 顔を見合わせて二匹の猫はけらけら笑い出す。

「あれあれ? なんだかぼく、ただただ美人に萎縮してるのをあれこれ理由つけて誤魔化してるんじゃないの?」

「あっはっは。それで美人嫌いー! とかいってるんだサンドバッグ君。近所の子供みたいだなあ! 三輪車乗ってる」

「ふ、ふざけるな! 僕は、本当に、美人が! 大っ嫌いなんだよ! だから本当はミスコンなんかこれっぽちも興味ないし票なんて入れたくないんだ!」

「だからそれが『嫌い』じゃなくて、『逃げてるだけ』って言っているのよ」

「やや姉! 逃げてないですよ。大っ嫌いだ! 大嫌いなんだ! 美人撲滅!」

 そうなんですかー、と餅塚さんは棒読みでつぶやいて、

「ねえねえまなめ、やっぱりこの子ミスコンの最終決戦にふさわしいよ。だってこの子、美人が大っ嫌いなんだもの。美人が大好きな男の子が選ぶ美人より、美人が大っ嫌いな男の子が選ぶ美人の方が、よりプレミアムな感じがしていいわん」

「む……。確かに、一理あるわねやーや」

「ねえ追奔くん。このぼくちゃんに決断してもらうの、今じゃなくて、今日の放課後とかじゃだめかなぁ? もうちょっと時間をとって、ちゃんと選んでもらいましょう、これで決着つくんだから。それまでわたしとまなめが適度に、アピールしたりしてね」

「……何がどうして一介の生徒の雨鮫がそこまで至れり尽くせり味わえる」追奔が、

「そっすよややさん! 俺、この一連のうはうはな流れ聞いてて頭ん中でしちはっかい雨鮫のこと八つ裂きにしてるんすから!」棚牙が反対する。

 僕もだ。「そうだよ僕はもう懲り懲りだ! 餅塚弥綾に入れますよってちゃんと逃げずに選択したでしょうが! 暮らしたい! 雨鮫秀一は静かに暮らしたい!」

「逃げるわけ?」と言うは野良駆愛芽だった。

「怖いんだろ、さっきあんだけクソ馬鹿クソ馬鹿罵ったあたしの、虜になっちゃうのが」

「天と地がひっくり反ってもならない」

「天と地がひっくり反らなくてもなるんだよ、あんたはあたしの虜に」

「ならない怖くない逃げない! ……いいよわかったよ。やってやる。無意味な時間をあと一日過ごしてやろうじゃないか、普通に、特にどちらの虜にもなりきらないまま、まあ選ばなきゃいけないんならねーって感じで無難に餅塚さんに入れてみせようぞ!」

「あんたがあたしに入れることになる、今日の放課後が楽しみだわ」

 そして手の届かない存在という現実を突きつけられて結局絶望するのよ――。

 あは、と野良駆愛芽が、ぞっとするほど攻撃的で、端麗な微笑を浮かべた。

 平伏したくなるのを決死の思いで振り切った。「今のセリフだって、醜女が言ったら爆笑されてる」

 ついでに、と僕は餅塚さんに向き直った。「ついでにやや姉、あなたもそうです。あなたの立ち振る舞いだって、醜女が、醜女が、醜女がやってると思ったら……。顔が良いからっていい気にならないで下さい。奢りの高ぶりだ」

……逆差別が酷い子だにゃあ、と餅塚さんが笑った。

「だから! にゃあとか!」

……可愛いのだけど。

 ぜってーどちらにも揺り動かないでいく。

 僕は、学年ワンツーの不良のくせに美人にでれでれしまくっちゃうようなフヌケ男児と一緒にされたくない! 頑張る。頑張るぞ僻み男児として!

「じゃあ今日の放課後まで。雨鮫は明日の朝に、投票用紙に一名の候補者の名前を書いてこい。あと、感想文も添付だ。最低原稿用紙二枚」

 というわけで戦いの火蓋は切って落とされたのでした。

 ちなみにとっくに一限は始まっている。追奔や棚牙に逆らえる先生なんてそんなにいないのです。

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僕だって美人をギャフンと言わせたい(主にラノベ的な) 美人コンプレックス太郎 @tyanponkun

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