僕だって美人をギャフンと言わせたい(主にラノベ的な)
美人コンプレックス太郎
第1話 美人って調子乗りすぎじゃないですか?
僕は。
すげー美人と付き合いたい。
でも奴らは、
だから悲しいことに、僕は
だってやつらは生きていく上で得をし過ぎている。ゆりかごから墓場までちやほやされながら人生を過ごす。
そんなことないよ~、とか、とんでもなーい、とかやんわりやつらは否定してくるだろうけど、そんなことあるとんでもある! 本当はお前らだってよおくわかってんだろうかまとと!
でもそういう世の中にしてしまったのは、悲しいかなやつらより染色体が一本足りない僕たちオスチンパンジーなんですよね。坊ちゃん甘ちゃん青年紳士、ちょっと本屋さんにでも足を運んでみなさいよ。少年誌も青年誌も写真週刊誌もコミックスもライトノベルもみーんな美人、美人、美人のオンパレード! 男は表現に女を求めすぎ! この国にブスは存在しないのではないかという錯覚を受けるよ!
もし受けてしまったら落ち着いて書店員やお客さんのご飯粒みたいなお顔をまじまじと拝見しよう。ほら、僕らの仲間たち! 特にBL漫画、コバルト文庫売り場~。イエーイ、一緒にお茶しようぜ! もしくは練炭自殺
表紙の男もそりゃ美男だらけだけど、暑苦しいほどの熱血系主人公とか、ギターとか絵画とかすげー才能全開主人公とか、ラノベのしょんぼりうじうじ系主人公とか、狡いよねえ男は美男じゃなくても主人公として成立はしている。男は、男というものは、男は顔じゃないと思ってる、女のことは顔だと思ってる、ゴミクソ我が儘な生き物だ!!!
その我が儘な生き物を手足のように動かして神輿に君臨するのが、もっともっと我が儘な生き物、美人!!!!!!!
何をしても許され、プラスにとられ、ギャップとなる! 巷で人気の残念な美人。
美人って時点で残念じゃないでしょうよ!!! 狡いよ!
ライトノベルの登場人物のイラスト全部僕に左手で書かせろ!!!!!!!
それでもお前ら愛でたりできんのかあああああん!!!???
…………。
と、五.五畳ブラウニーフローリング勉強机のノートパソコンに向かってきゃんきゃん吠えてる僕です、平日です、木曜日です、
今日は、……今日はねえ学校をさぼっちゃったんだよ。37度8分、は絶妙過ぎて逆に嘘臭くなるから、37度7分の熱が出ました、なんて申し出てね。
それでもう夕方になるけどまだ一歩も家から出ていなーい。一月下旬の風はぴゅうぴゅうと冷たいので窓もすっかり締め切っちゃって、エアコンの暖かな粒子にぬくぬく包まれております。スウェットにスリッパに暖かなココア!
こんなことは特別で、いつもは毎日元気に健気に凍えながら自転車で学校に通っているよ。
さぼったのは美人のせい。
ミスコンに票を入れたくなかったから、学校をさぼりましたと。
私立武蔵小山高校第一学年には、誰もが羨むような飛び抜けた美人が二人いて、今日は、その二人のどちらがより魅力的か、アピールタイムと投票と表彰が行われたはずなんです。だから休んでやったんだぜ!
武蔵小山だからミス武蔵小町だってしょーもなっ! しょーもない行事っ! しょーもない奴等で盛り上がっちゃっちゃってしょーもなっ!
候補者は二人とも別のクラスなのに、数日前から僕のクラスの連中も、男も女もワイワイ熱い論争を繰り広げちゃってさ! くーだらない! 顔が良いから何だって言うのかな……? 僕はそんなんできゃっきゃっきゃっきゃっ喜ぶオスメスチンパンジーじゃないよ! そう、掛け算も割り算もできる
だいたいミスコンなんかに出場する時点で終わってるよなー! アピールタイムあるってことは二人とも真の美人を決定するのにノリノリなわけでしょ? 虚栄心が服着て歩いてるよ! それってつまり服脱がしたら人じゃないんだから! 虚栄心なんだから!
真の魅力は顔じゃない、心だよ! 虚栄いらない、心だよ! きょえええええ
だから僕は僕が入れたいあの娘に入れられない時点でミスコンはオワコン! 二人の候補者は名前と顔しかほとんど知らないけど、ミスコンみたいなのに名乗りを上げた時点で僕にとってはドラム缶以下!!!
……まあ、向こうは僕の名前も顔も知らないだろうけどさ。
そして二人は名前も顔も、客観的に見て、客観的に見たらね、まあ、美少女だけど。
+美人は地獄の業火に焼かれよ+
敗北感振り払うためネットで吠えまくって高揚した僕は、今まで恥ずかしくて打ち込めなかったのだけど検索エンジンに、『僕 容姿 中の中 スムーズに スマートに モテるコツ』と入力した。
ギターとでてきた。
やっぱりギターかあ、と僕の唇ギターが唸りを上げるシーマイナージャーン
一月、僕にはお年玉の残りがある!!!
二万円じゃオモチャみたいなのしか買えないかなあ……?
いや、大事なのは気持ちだよね! 気持ちを音に乗せることが大切なんだよね! 音楽は金じゃない。
そうと決まれば寝間着姿にダウンジャケットにカーゴパンツ羽織って部屋を飛び出す、いまさらどこいくのとリビングでポンコツなテレビ見てたポンコツな母親に問われたのでギターを買いにと僕は答える。
「学校さぼって夕暮れからギター買いにいくの! ダサい、我が子ながらダサい! 超ダサい! ダサロック!」
母親がポンコツなのは不便だけど融通も聞くから助かったりもするよ僕を産んでくれてありがとう! 専門店は不良が多そうで怖いから、隣町の、あまり流行っておらず、いつも閑散とした、小さなデパートまで自転車を漕いだ。
一階で各階の概要を調べて、楽器売り場は四階、エスカレーターでぐんぐん上る。
着いたならフロアマップを確認、楽器売り場は奥の奥だ。食器売り場の皿の山に寝具売り場の枕の山を、早歩きで抜けていく。
昔ながらの優しい木材の匂い、布団やベッドのコーナーを横切れば、アコースティックギターが待っている! 弾き語っちゃうよお! 君に愛を弾き語っちゃうよおぉぉぉぉ!
ところが、最後のベッド。思わず立ち止まる。
女の人がすやすや寝息を立てていたので。
あたたかそうな羽毛布団に包まれて、仰向けに、首から上だけちょこんと出して、行儀良く、優雅に。
僕は、身動きできず、息を呑む。
だって瞳を閉じていてもわかる、おそらくその人は、とてもきれいだ。
横たわっているため少しだけ無防備に垂れた黒髪が、均整のとれた丸みのある額や、狐のように優しく尖った顎のラインを、エロティックに彩っている。
おとなのおねーさんだ。
おとなのくせに引き籠もってる、ガキみたいな、僕のいとこの姉ちゃんとは大違いの。
……って公共の場の展示品で熟睡しちゃってるんだからどう考えたってこいつも非常識だろ! カビゴンかよ
起きろよ美人! と心の中でばうばう吠えていたら、
ぱちくり、とその人は目を覚ました。
気怠げな、寝起きの女性がこっちを見ている。
うそでしょ、と思う。
本屋レベルじゃないか。こんな寝ぼけ眼で、ファッション誌の表紙を飾るような女優やモデルに、並んでしまっていいの?
立ち尽くす僕に、
んー、と低血圧な雰囲気で美人は聞いた。「いまなんじ?」
僕は、少し震えながら、ケータイを見る。「18時半、ですけど」
「なんだ、じゃほんとにちょっとうたた寝しただけだ」
少し焦って損したなー、よいしょ、むくり、と彼女は起き上がる。かかっていた布団がぱふっと落ちて、襟から胸元すれすれまではだけたカーディガンとピンクのワイシャツの向こう、色白の鎖骨が覗けて僕は開いた口が塞がらない。
「なんだかじっとこちらを見つめているけれど、ぼくはベッドやお布団を探してるの?」
ぼく、とは僕のことか。中肉中背とはいえ高校生のこの僕への二人称が、ぼく。
美人に舐められてる。
「……あ、販売員よ?」
ちょっとのんびりしてただけで、別におかしな人じゃないからねー、と彼女が胸ポケットに挟まれた名札を見せる。
顔も佇まいも天下一品のくせに、佐藤、と至って普通の名前が記されていた。
「じゅ、充分おかしな人でしょうに。のんびりとかいって、そんなのただの、仕事放棄だし。ナマケモノ」
負けずにやり返せ。そっぽを向きながら僕は言った。美人は目のやり場に困るから嫌いだ。それもこの人のように美人の中の美人のような特別な美人は、ほんと無理。
「だーってこのお布団とっても寝心地がいいんですもの」
そう言うと彼女は再び布団の中に潜った。「ほかほかしてるから入りたくなっちゃうのね。それでついつい瞼を閉じちゃうのよ」
「そ、そんなむちゃくちゃな言い訳、もし貴女の顔面が酷かったら上司にほかほかの煮えたぎった水銀を眼にぶち込まれて一生瞼が開かないようにされると思いますよ」
「上司さんはぶっそうねー」と美人は驚いた仕草をして、
「でも、それだけの魅力があるのよこのお布団。真綿布団なんだけどね、軽い上に冬は暖かくて、夏はとっても涼しいの。何せとても手間をかけてるからね、福島県産の蚕の繭を四千個も麻袋に詰め、精練剤を加えた水で三時間、ぐつぐつ煮て。蛹を取り除いて出来た、真綿を一枚一枚、職人さんが夜通し正座をしながら、重ねていって布団の原形を作ってね……」
四万円の価値はあるわよ、と横たわる美人に囁かれる。
そこで僕はようやく気づく。美人が着々とセールスの準備をしていることを。
この人、ナマケモノじゃなくてアリジゴクだ。
眠れる森の美女に気をとられた旅人を、骨の髄まで貪り尽くす。
ざけんな! 美人! したたかなんだよ!
「あの僕べつに布団なんてこれっぽっちも要らないですから。ただ堂々と展示品で寝ているはた迷惑な人がいるなあって目を丸くしていただけでほんとはギター買いにきたんですギター」
すると彼女はあら、と嬉しそうな、残念そうな顔をした。
「へえ、ぼく、ギター弾けるんだ。うまいの?」
だからぼくって言うなよな。「いや、初心者です。これから練習して、がんがん邦ロックとか弾けるようになるつもりですけど」
すると彼女はあら、と嬉しそうな、意地悪そうな顔をした。
「へえ、ぼく、モテたいんだ。モテないの?」
わあああああ図星イイイイイイイイイイイイイ! 「は、いつどこでだれがモテたいなんて言いましたか? 邦ロックを弾きたい、と理由は説明しましたよね? 男子の行動が全てモテるだとかモテないだとか短絡的な考えに直結すると思ったら大間違いなんですけど。飛躍しすぎなんじゃないですか?」
「ぼく、モテなさそうだものね……」
話を聞けよ。
「ね、悪いことは言わないからさ、布団買おうよ。ギターより布団の方が絶対モテるから」
「寝言は寝て言って下さい。布団でモテるわけないでしょう!」
そうかぁ、と上目遣いでおねーさんが笑った。
「男の子と女の子の関係で、どれだけ布団が大切になるのか、まだ、ぼくにはわからないんだねぇ?」
な、なんだそれ悔しい。「いやわかりますよお洒落な方が良いんでしょうムード作りでしょムードを作ればいいわけでしょうそのくらいわかりますよでもその前に前提として別に僕モテたいわけじゃないんですって。純粋にギターをねえ、じゃかじゃかじゃかじゃか」
弁明していたら腕を掴まれた。
「ちょっと触ってみて……?」
右の掌を、美人がくるまっている掛け布団の端先に持っていかれる。
「指を立てて、シーツだけ。女の子の肌をなぞるように、優しく触って……」
物静かでやわらかな声と、吐息が、僕の手の甲にかかってくすぐったい。
「その後は中の真綿も一緒に、くりくりくりって、摘んだりぃ、揉んだりして……」
蠱惑的でぞくぞくして倒れそうになるやばい手を振り払え払え払え。
「ふ、布団の感触をおっぱいにたとえるとか小学生すか! ぼく、とか馬鹿にしくさってるくせして、おねーさん、あなたの方が僕よりガキだ!」
「でも、すっごーくすべすべしてたでしょう?」
くすり、と美人が笑う。
「真綿ってシルクよ。乳房になぞらえることもできるけど、シルク独特の光沢と肌触りは、おんなのこの下着になぞらえてもいいかもねぇ」
「う、うぐぐ確かに非常に触り心地はよろしかったですけど……でも布団なんて必要ないんですって! いい加減にして下さい!」
「まあ寝てみなよー。とても、あたたかいよ」
「寝ません!」
「わたしも、ちょっぴり汗かいてきちゃった」
え、汗、と僕は固まる。
おねーさんは口に手を当てて上品に笑って、少しだけ赤らめた顔を隠しながら、布団からのらりくらりと降りてきた。この人の掻いた汗、この人の掻いた汗、と悶々とし始めた僕は、
棒立ちのまま靴を脱がされ、されるがままに布団に押し込まれる。
「真綿布団は水分を吸収しやすいの。だからたっぷり、寝ている人の汗を吸い込む」
そこには美人の名残があった。
じんわりと汗ばんだ、ミルクの温泉に入っているような甘ったるい湿度、人肌の温もり。失神してしまいそうになるくらいの良い匂い。桃。
「く、くだもののにおい……」
やばい、気持ち良過ぎてよだれでる。この布団超良い。めちゃくちゃ良い。
ほんのり色の白い柔肌を湿らせながら、寝ている僕を見下ろすように立って笑んでいる美人に、男の全てを打ち砕かれたような気になってしまった僕は悔しくて、逃げるように回転して俯せになって枕に顔を埋めた。
それがいけなかった。
さっきまで美人のしっとりした黒髪が触れていた枕に染み込んだシャンプーの香も、白桃で、この世の物とは思えないほど極上で、僕は完全にどうかしてるぜ。びじんさいこう。びじんしゃいこう。
「どうかなあ、ぼく、お布団せっと、欲しくなったかなあ?」
枕に突っ伏しながら僕はもごもご答える。「あー、あー、とってもほしいですー」
「定価は四万円なんだけど、足りるかなあ?」
「あー、あー、二万円しか持ってないでしゅごめんなしゃーい」
「このかけ布団だけなら二万円だよー!」
「あー、ありがとごじゃじゃますー!」
毎度ありーと、美人はどこかへ消えた。僕はギターなんて別にいらないやこのお布団があればえへー。胎児のように丸まって、かけ布団の中でごろにゃん。
うんしょ、うんしょと美人がどこからともなく風呂敷に包まれた掛け布団を運んできた。「じゃあ、レジにいこうか」
「えっ、ちょっと待ってこの布団を売ってくれるんじゃないんですか!!?」
きょとん、と美人が首を傾げる。「? だって、それは、見本品だし、わたしの汗も、吸ってしまっているでしょう?」
「え、え、え、それがいいんじゃないですか」
「ぼく、変態ちゃん?」
「へ、へ、へ、へんたいちゃんなわけないでしょう見本品ぐらい使い込まれてる方がすぐに自分の部屋に馴染むかなとかそんなことを考えていただけですよやだなあなにいってんですかもうちょっと待ってすっごくギター欲しい! すっごくギター欲しくなってきたシーマイナージャジャーン」
「ぼく、変態ちゃんなのね?」
「なわけないでしょ! ぼくとか変態とかもう言わないで下さい!」
囁かれた。
「お買い上げしてくれたらお客様って呼んであげるぅ」
「かっかっかっ買ってやろうじゃないか」
ほんとに? と美人は目を輝かせた。
ありがとうございましたお客様。と、深々と頭を下げる。
はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ。
はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ。
はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!
美人に頭を下げさせた! 勝った!!!!!!!!!!!
気がついたら僕は二万円払って無一文になって、カタツムリのように背中に丸まった布団を背負って、真冬の宵闇に自転車を漕ぐ、漕ぐ、漕ぐ、叫ぶ!
うぐぎゃああ完璧にカモられたあああああああああああああああ!
なんでギター買うはずが布団買わされてんだよ! 全財産が! 二万で! 二万の布団買う高校生! 馬鹿だろ全財産がパア!!
モテるためにどんなに良い布団買ったってまず部屋に来てくれる女の子がいないだろ!!!!!!!!!!
騙された! 美人! くたばれ!
でも! とても! 良い! 匂いだった!
でも! 寒いなあ! 身も心も寒い!!!
美人馬鹿野郎! 僕の大馬鹿野郎!
ヤケクソに僕は全速力で自転車を漕いだ。寒空の中、背中に吹き出る汗は、二万円の真綿布団に染み込んでいく。
あったけえなちきしょう! 美人皆殺す!
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