第16話 結・4

浦島太郎にもあるように、人界と神仙境では時の流れは違っている。


こちらでの一日が、人界では一年も経過していたりする。とはいえこれは一例で、必ずしも時の流れが比例して違っているとは限らないのが不思議なところだ。


時の流れが早かったり、遅かったりもする。ただひとついえるのは時の流れは決して停止しない、ということだけだ。


今、橋の上から水面を覗くと僕らの姿が見えただろう。とはいえ、以前僕が飛び込んだ橋とその周辺では桜が満開で花見のために大勢の人々が散策しているから、そこから見分けるのはまず無理だろう。


僕の体感時間ではほんの1カ月も経っていないのに、さんざめく人々のファッションに微妙な違和感を覚える。流行が変わっているということか。


「こちらだ」


方位を指した下上御前は面を被っており、僕もまた同様に面を被っている。これを被っていれば万が一、水面に映る姿を見咎められても顔を覚えられる心配はない。この面は見るものによっていくらでも様相が変化するのだ。


僕のように水面に飛び込むような馬鹿でもしない限り僕らの存在はバレない。それに疾風のように駆けているので目に留めることすら人間には難しいだろう。


と、もっともらしく解説しているがすべて下上御前の受け売りで、人界にこうして戻ってこれたのも彼女の助けで、それがなかったら神仙境を出ることすら叶わなかったろう。


「ほら、あすこにいるぞ」


「あ……」


まさかこうも上手い具合にいくとは思わなかった。桜並木の枝ぶりの下を一組の老夫婦がよちよちと互いに助け合いながら歩いていた。


もしかしたら老いのせいでわからないのかも、という危惧もあった。が、そんなことはなかった。全体の印象が変わっても、顔立ちを作る頭蓋骨の形は変わらない。ふたりとも小奇麗な格好をして悠々自適の人生を送っているように見えた。


「あれが君のご両親かね?」


「うん、うん……」


僕は涙を流しつつ、うなずくしかなかった。


「ずいぶんと幸せそうに見えるな。君がいなかったわりには」


「いいさ。こっちだってお互いさまだ」


「ところで」下上御前は扇子を取り出した。「君のご両親を死後、神仙境に迎えるという案はどうするね?」


「やめとく。なんか、それ、人間としてズルしてる気がするし」


「仙人の私にはよくわからん感覚じゃの」


「まあ、僕が昇仙するには何百年かかるやら、だけど」


「ははは、神で終わりと思うたか。まだまだ人間には先があるぞ」


「神さまなんて仙人になるための予備校生みたいなもんか」


「予備校? まあ、そんなもんじゃ」


「じゃ、両親に最後の挨拶をしてくる」


「うむ」


僕は我が身をひとつの風と化すと、舞い散る桜の花びらを巻き込みつつ、仲良く寄り添う元・両親の周囲を数回舞い踊った。


ふたりとも驚くような、ハプニングを楽しむような顔をしていた。


僕の記憶の中にある悪罵と痛罵をまき散らしていた顔ではなかった。


きっとふたりの人生になにかがあったのだろう。


ふたりが僕のことを知らないように、僕もまたふたりのことを知らない。


それでいい。親子なんてそれでいいじゃないか。


今が幸せならばさ。


僕は宙に舞い、下上御前のそばへと降り立った。


「あれでいいのか?」


「いい」


「ふむ、なるほど。憑き物が落ちたような顔になったな」


「え? そうなの?」


「では今度は私の方の用事につきあってくれ」


「こちらになんの用が?」


「吉野山だ。今の時期の桜は見事だぞ」


「まったく、俗塵にまみれるのがお好みで。良いですよ」


「互いに酒を交わしつつ盃を呷ろう。なかなかに婀娜っぽい話であろう?」


「雲から落ちますよ?」


「はっはっは、良い良い!」


こうして僕らは人界で花見をして周り、神仙境へと帰った。


きっともう神仙境から出ることはないだろう。


もし誰か僕のことを心配しているヤツがいたら教えてやってくれ。


楽しくやっているから心配ご無用、ってね。


では、さらば。

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カミサマ・タイム・ブルース ぐうたらのケンジ @lazykenz

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