第15話 結・3
さてこうして僕は神に成った。将棋で歩が、”と金”に成り上がるように。
僕の人生が盤上にあるとしたら、誰がプレイヤーなのだろうか。僕が成ったことでニンマリとしているのだろうか?
神に成り、僕はどうなったのか。御伽噺のようにめでたしめでたしならば僕も満足なのだが、どうにもそうは問屋は卸さない。
「両親のことが気にかかる」
僕は碁盤を挟んだ下上御前に抜き打ちのように切り出した。現在神仙境では囲碁が大ブームらしい。みなが石の取り合いに一喜一憂している。気楽なものだ。
「神に親なんていないよ」
こちらの一歩上をいく一手で、白石を打ち込んでくる。これを放置すれば僕は軽く十目の損は確定だ。
「僕には、いる」
ピシリと黒石で切る。これで相手の大壁の崩壊を狙う。
「君はね、神に成ったの。人界のこととはもう無縁、絶縁しているの。だいたい会ってどうするの? 神に成りましたと報告でもしようってのかい?」
下上御前は僕の石を無視するように雪崩のごとく壁を推し進めてくる。大した剛腕っぷりだ。
「……」
僕は長考した。
「さあ。どうした。新米の神よ。根が生えるまで待つつもりかね?」
そう。僕が両親にできることなんてなにもない。
「くっ!」
コスミで受ける。
「はっ、なんだ。そんなセコい手を」
「む」
右辺から潜り込み、渡りをつけようとする。
「見え見えだよ」
シャッターを閉められるようにピシリと切り離されてしまった。
無言で黒石を打つ。
「ふふ、さあ、行き止まりだね」
パシンと音高くこちらの陣地の奥深くに白石を打ち込まれる。
これは……!
「いいかい、新米くん。子の最大の親不孝とはなにか知っているかね? それは親より短命に終わることだよ。ご両親にせめて死に顔だけは見せないのが子供にできるせめてもの恩返しなのさ。しかし君はそれもできなかった。神に成った。そういうと聞こえがいいが、要は鬼籍に入ったってことでもあるのさ。だから君にできることは、神としてせめて楽しく幸せに生きていくことだと思うがね。ご両親もそれに反対はしないだろう」
「わかってる! わかってるつもりさ! でも、納得がいかないんだ」
僕は天元近くの点にビシッと黒石を打ち込んだ。
「ふん、なんだこんな苦し紛れの手……ん?」
「さあ、どう読む? 読み違えた方が逆さ落としだ」
「むむ……」
余裕しゃくしゃくだった下上御前が腕組みをする。手にしている扇を弄り出す。
「確かに僕は今の生活でそれなりに幸せさ。下上御前にも感謝してる。けど、自分の親を切り捨ててってのが気にくわない」
「ふん、死んだと思えば良い。事実はお前の方が死んだのだがな」
下上御前はやけに慎重に白石を置いた。
「残念。そこは違う。急所はここだ」
にやりと笑うと僕はビシリと黒を下上御前の石とは真逆の方向へ打った。
「ほら、これで呼吸ができるし、つなぎもできた」
「うおっ!」
身を乗り出し、盤面に見入る下上御前に僕は椅子から降りると、床の上で直接、叩頭した。叩頭とは土下座に加えて床の上に額を何度も打ち付けるという特上のうな丼並みの重々しいお願いする姿勢のことだ。
「願いがある」
「む……そこまでして私に頼まれるのか。さてさて、それはどのような面倒くさい頼みなのだ?」
「それは……!」
切り出そうとした僕の後頭部を、下上御前が指で叩いた。顔を上げると、懐かしいマルボロゴールドの一本の吸い口が差し出された。
「ま、ひさしぶり一服しながら相談といこうではないか」
「下上御前……!」
僕は感謝の念でいっぱいになり、膝まづいたまま思わず
「まあ、ここではこのようなものも贅沢品だ。これに見合うだけの話なら良いがな?」
「いえ、そのような大層なことではありません」
僕は微笑みながら改めて盤上を挟み、同じ火からそれぞれの一本を吸い、碁の続きをしながら談笑しつつ話を煮詰めていった。
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