勇者、武闘家、僧侶、童貞 ~最後に魔王も添えまして~

尾葉 柳

第1話勇者、武闘家、僧侶、童貞 ~最後に魔王も添えまして~

 赤と黒の雲が渦巻いている。

 正常からはかけ離れたものがそこにはあった。


 四人の男女はその中心にある不気味な雰囲気を纏う城を視界に納めつつ立っていた。


「あれが……魔王城」


 一人の男が真剣な表情で呟く。

 男にしてはやや長めの明るい茶髪が風になびく。

 暗いこの地域でも彼の身に着けた白銀の鎧は輝きを失っていない。

 腰には剣を差しており、男は剣士で、先頭にいることからリーダーだろうと推測できる。


「暗ぇとこだな。まっ、オレらがすぐに空から太陽を引っ張りだしてやるけどな」


 その少し後ろにいた男が余裕のある声で続く。

 特徴としては両手に嵌めたガントレット。

 背は一番高く一切恐怖を感じさせない立ち振る舞いは獅子を連想させる。


「とうとうこの時がやってきましたね」


 美しく通り抜ける声。

 この場にはそぐわない女性がその言葉を発した。

 少女の時期は過ぎており大人の体付きは男を魅了するだろう。

 真っ白なローブは地面すれすれまで伸びているが汚れは見当たらない。


「いーからはよ行くぞ、はよ」


 最後に急かすような物言いをしたのは一番後ろに居た杖を持った男。

 黒い髪に黒い瞳。

 背も平均より低いだろう。

 しかし堂々としているのは他の三人と同様であった。


「まぁそう言うなよ童貞。あの城が最終決戦の場となるんだ。ここで己を奮い立たせ悪に屈しない心を固めてから行くのが最善だと思わないかい?」

「そんなもん今までにいくらでも時間あったろうが! お前がそんなんだからダメなんだよ勇者!」


 茶髪の男、勇者は黒髪の男、童貞を嗜めるが火に油とばかりに童貞は勇者に言い返す。


「ったく毎度毎度お前らはケンカばっかりだな」

「あら、喧嘩する程仲が良いとも言いますしいいのではなくて? それとも武闘家は仲間外れにされて寂しいのかしら」

「バカいえ。面倒なだけだろあんなもん。僧侶こそ仲良くしたけりゃ混ざってきたらどうだ?」 

「遠慮しますわ」


 ガントレットを嵌めた男、武闘家と唯一の女性、僧侶もそれぞれ互いをからかうように言い合う。


「さあ、リラックスタイムもここまでだ。僕達はこれより魔王城へと向かう。そしてその玉座に座る魔王を今日討伐する! それを今この聖剣に誓う!」

「仲間と援助してくれた王にも誓えやカス」


 勇者は聖剣を引き抜き天へ向けつつ味方と自分自身に宣言する。

 剣はそれに応えるようにキラリと光を放った。

 童貞は無視された。


「くくく、オレの拳を受けて立っていられる奴ァいねぇ! 魔王でも覇王でもかかってこいってんだ!」

「私の聖なる魔法は全てを癒し、悪しきものを浄化します」

「えーからはよ行こうや」


 仲間達もそれに応えるが、やや一名は随分マイペースである。


 なんにせよ魔王城へと足を踏み出した一行。

 しかし――


「あれ? あ、あれ、あれれ?」


 突如目を泳がせ不安な声を出す武闘家。

 先ほどまでの堂々とした態度は消えうせて今はまるで怯える小動物のように僅かに震えもしている。

 何かを思い出そうとしているのか手を口元に当てている仕草はガッシリとした体躯には似合わない。


「おいふざけんなよ! 今から魔王城だ! 考え事なら終わってからしやがれ!」


 童貞がそれをかき消すかのように大声を張り上げるが武闘家の思考は止まらなかった。

 つつーっと一筋の汗が頬を伝い皮膚を離れ、地面へ落ちる。


「聞こえてんのかッ! 考えるのをやめろ! 今すぐに!」


 だがそれ以上に童貞は焦り、声を荒げる。

 喉が枯れることもお構いなしに叫ぶ。


 結果として童貞の必死の訴えは届かず、ハッキリと恐怖を帯びた言葉が大柄な武闘家から零れ落ちた。


「お花の……水やり、忘れたかも……」





「では会議の結果を踏まえて僕の決断を告げる。一度戻ろう」

「皆……すまねぇ」

「構いませんわ。万全の状態で挑まなければ魔王は倒せませんもの。憂いは取り除いておきましょう」


 一時間の話し合い。

 問題は起きた時は全員で意見を出し合い、勇者の結論に従う。

 これがこのパーティーの方針である。


 つつがなく話が纏まり、英断を下せたことに満足する勇者。

 申し訳なさそうにしつつも安堵する武闘家。

 味方を一番に想う僧侶。


 しかしたった一人。

 この決断に不満な顔をしている男がいた。


「……おい」

「童貞か。どうしたんだい?」

「どうしたんだい……じゃねぇぇぇぇぇ! なんっかいめだと思ってんだ! えぇ!?」


 男としては小柄な体を大きく動かし不満を表現する童貞。


「まぁまぁ。確かに僕達は何度か引き返してはいる、それは事実だ。けれど心にしこりを残したままではとてもじゃないけれど最終決戦では生き残れない。僕は自分を含め皆が生きた状態で勝利を掴み取りたいんだ」


 勇者は童貞の考えを否定しない。

 否定は亀裂を生み出すからだ。

 けれどリーダーであり、既に決めたこれからの行動をここで覆すわけにはいかない。

 心を込めて説得する。


「わりぃな。オレのせいでよ」

「本当だよ! というか花なんて枯れてんだろ! おいアバズレ、出発した町からここまでどれだけの日数が必要か言ってみろ!」

「その呼び方やめてくれます? 次はぶっ殺しますわよ。ここまでの道なら丁度一年ですわね」

「そうだ片道一年だ。そして勇者! これまでこの場所に来た回数を言ってみろ!」

「皆との冒険の日々を僕が忘れるとでも思っているのかい? ここに来たのは今日で四回目さ」

「なっなねぇぇぇぇぇん!」


 童貞は叫ぶ。

 七年、と。


 魔王討伐を掲げパーティーを組んでから七年。

 彼らは後一歩というこの場所まで来てから三度引き返している。

 いずれも武闘家の心配性が発症したのが原因だ。


「帰って八年、また来て九年、魔王しばいて帰ると十年だ! あぁ!? そこのアバズレなんてその頃には三十みそ――ごふっ」 


 マシンガンのように喋る童貞だったが、僧侶が誰の目にも留まらぬ速さでブレると同時に突如崩れ落ちた。


「どっ、童貞!? どうしたんだ。僧侶は回復魔法を頼む!」


 勇者は慌てつつも的確に僧侶へと指示を飛ばす。


「わかりましたわ」


 僧侶の動きに乱れはなく、落ち着いた動きでゆっくりと近づきうずくまっている童貞と目線を合わせるようにかがむ。

 そして手をかざすと柔らかな光が溢れ童貞を癒していく。


「ぐっ……もっといい回復魔法使えやこのクソアマが」

「MP勿体無いんですもの」


 小声での言い争い。

 うずくまる童貞に武闘家が歩み寄る。

 やや困ったような笑顔で、恐る恐ると。


「すまねぇな、童貞。ガンジヨサボテンは二年がギリギリなんだ。もし魔王戦で負傷しちまったら休養を取らなきゃならねぇし、そうなると間に合いそうにねぇ。第一気がかりがあると100%の力がどうしてもだせねぇ。全てはオレの修行不足だ」

「負傷の心配してるてお前……俺達のれ――」


 武闘家に言い返す童貞。

 けれどもその言葉は中断を余儀なくされた。


 四人のすぐ近くで、闇が突如として発生したからだ。


「な、なんだ……!?」


 勇者が驚きをそのまま声に出してうろたえる。

 これまでこのような現象が起こった事は一度もなかった。


 闇は地面からじわりじわりと這い出てそのまま天まで侵食していくかのように伸びる。

 そして突如として四散する。


「お前は――ッ!」


 勇者は即座に警戒態勢をとる。

 既に聖剣は腰から抜かれ輝く刃を向ける。

 武闘家と僧侶も続き、一気に場は緊迫したものとなった。


「ふむ」


 中から現れたのは一人の老人。

 ローブを着ておりほぼ全身が隠れているが、フードから覗く顔の肌は青白い。

 切れ長の虚ろな瞳が勇者一向を捉える。


「貴様等が勇者一行か?」


 かすれ気味の、けれども重みを感じる声で老人が問う。

 重圧により武闘家も僧侶も声を発せない。

 そんな中勇者だけがそれに対抗するように口を開いた。


「お前が魔王だな!」

「質問はこちらがしたのだがな。まぁいいだろう。我こそがこの世界の頂点たる存在、魔王だ」


 静かに、当たり前のように告げる魔王。

 しかしながら存在するだけで勇者達は圧倒的な覇気を感じとっていた。

 この威圧だけで並みの兵士ならば卒倒しているだろう。


「僕達はお前を倒す! けれど今はその時ではない。魔王との決戦は魔王城の、玉座の前と決まっているんだ!」

「ふむ……一理ある。強者には相応しい舞台が与えられるべきだ」

「何いうてるんやお前ら」

「ならばここは一旦引かせてもらう! 仲間の心残りを払拭でき次第戻って来ることを約束する!」

「よかろう。我は悠久の時を過ごす魔王。たかが数年で痺れを切らす程器は小さくはない」

「嘘付け今まで出てこなかったじゃねぇか。我慢できなくなったんだろ」


 話が終わる。

 童貞は無視されたまま。


 誰もがそう思った。

 しかし自身の言葉を無視された男は黙っちゃいない。


「面倒くせぇ! 今ここでささっとぶっ殺しちまえばいいじゃんか! なんやら俺がやってやんよ!」

「待つんだ童貞! 相手は魔王、一人では敵わないぞ!」

「うるっせぇ! そう思ってんのバカなお前らだけだっての!」


 その童貞の言葉に魔王は不適な笑みを浮かべつつ口を開く。


「ほう……見たところ魔法を主体として戦う者のようだが、たった一人で我に勝てると?」

 

 語尾には若干力が篭っており強大なる魔力の波動が一陣の風を吹かせた。


「俺じゃなくてもそこのクソアマ一人でも勝てるわ! おい、勇者とその他二名! お前ら一回目にこの場所に来た時レベルいくつだった!?」


 突如話を振られた勇者は驚きつつも答える。


「え? えぇっと、66だったかな」

「オレは61だったな」

「私は59でしたわ」


 武闘家と僧侶も記憶にある過去の自分を口にする。


「三度目の今、お前達のレベルはいくつだ、言ってみろ!」

「今はあの頃より強くなっているさ。当然だろう? レベルは2557だよ」

「メタルスリャーミュも狩りまくったしな! オレのレベルは2413だぜ」

「伝説の装備もそれぞれ整えましたし狩り効率は上がりましたわよね。いい男を見つけ……いえ、体調不良で途中少しパーティを抜けた私のレベルも2199と後1で2200になりますもの」


 効率の悪い一年目は終わり、二年目三年目と時間が経つに連れて勇者達の効率は跳ね上がった。

 誰も到達したことのないレベルになるくらいには。


「そして魔王! お前のレベルも言ってみろ!」

「我は179だ……」

「一年目なら強敵だったのになぁほんと! ま、これで分かったろ? さっさとこのジジ――」


 童貞は勇者達に視線を向け言葉をかけるが、魔王の静かで重圧のある声が響き渡りまたしても中断される。


「不公平だとは思わんか、勇者よ。我が貴様達を待ち続けている間、貴様達は自分達にだけ有利な状況を作りだした」

「しかし、それは仕方なかったからで……」

「口では何とでも言えよう。事実『勇者は卑怯な行為をした』という結果しか残っておらん」

「なにっ!? 歴史に刻まれ語り継がれる最終決戦にそのような泥を塗るわけにはいかない!」

「泥でも糞でも塗りたくっていいから殺そうぜこのジジイ」

「ふん、ならば我にも経験値を寄越せ。何、貴様達は一度戻るのだろう? 我がついていけば全て解決だ」

「何言ってんだこのクソジジイ。殺してやるからはよかかってこい」 

「なるほどっ!」

「……おい、無視すんなやゴミ共」


 こうして話は綺麗にまとまり、魔王が勇者パーティに加入。

 再び出発地点となった町へ戻る事となった。





「ほぅ……勇者よ、貴様が先頭とな」

「そうだよ。魔王、お前は一番後ろだ」

「我は偉大なる魔王。譲れぬところもあるのだぞ?」


 帰ろう、その矢先に口論となった。

 原因は歩く順番だ。


「……しかし、一番後ろというのは殿ということか。ふむ、最も強き者が位置取る場所だ。よかろう、引き受けた」

「なに! それじゃあ僕が一番後ろに行こう! 魔王、そこを変わってくれ」

「いやじゃ」

「なんだって!?」


 一触即発の雰囲気が顔を出すが、僧侶の言葉によってそれは散開する。


「まぁまぁ。勇者は先陣をきって戦場を駆け抜ける。魔王は最後の戦いでようやく姿を見せる。それぞれ先頭と最後尾の役割が似合ってていいじゃない」

「僧侶……そうだな! うん、僕はやっぱり前を歩くとしよう!」

「おい童貞。貴様が我の近くを歩くでない。殺気が溢れていて怖いではないか」

「うるせぇよ。というかお前まで童貞って言うなや。勇者達もいい加減名前で呼べや名前で」


 童貞の言葉に勇者達はふと立ち止まる。

 そして皆が童貞へ視線を向ける。

 特に勇者は不思議なものでも見るかのようで、童貞は嫌な予感がした。


「名前……なんだっけ?」

「何年もいて覚えてねぇのかよ……」


「いいじゃねーか。呼び方なんてのは些細なもんだ」

「じゃあ名前呼びにしてくれや」


「それにアナタ童貞なのでしょう? 本当の事を言ってるだけではありませんか」

「本当の事言えばいいってもんじゃねーんだよアバズ……ぐはっ」


「そうじゃな」

「うるせぇジジイ。こっちは名前でも職業でもない呼ばれ方なんだよ。町で呼ばれる度に心がとてつもないダメージを受けるんだ。っておい、聞いてんのかお前ら、おい!」



 勇者、武闘家、僧侶、童貞。

 そして魔王。


 彼らの冒険はこれからも続く。

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勇者、武闘家、僧侶、童貞 ~最後に魔王も添えまして~ 尾葉 柳 @201603031511

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