第27話「ミミのしっぽ」⑥

 この地区では、子どもが生まれたときと成人したとき、そして子どもが成人する前に死んだとき、両親とその子どもが地蔵に参拝する習慣がある。

 子どもが生まれたときには、両親が子どもを授かったことを地蔵に感謝し、子どものつつがない成長を祈願する。子どもが成人したときは、子どもと両親が地蔵にこの成長を見守ってくれたことを感謝し、子どもが親になったとき丈夫な子どもを授けてくれるように願う。子どもが成人前に死んだときは、一度地蔵が子どもの魂を引き取ったものと解釈し、また自分たちの子どもとして産まれてくるように願う。

 最近では不妊の夫婦が子どもを授かろうと訪れるようになった。

 彼が死んだとき、彼の両親が泣きながら毎日詣でるのが君の家からも見えていた。「あの子を返してください。うちの子を戻してください」という悲痛な叫びを、君は贖罪を求められているような気分で聞いていた。ただ、君は幼くても現実的だった。もし君の命を地蔵に返す代わりに彼をその両親の元に返してくれと頼んでも、彼がその両親の元にまた産まれることはないと君は知っていた。君が知る彼の存在は次に産まれてくる子どもの存在と別のものであり、彼の死と共に永遠に失われたのだと、君は知っていた。

 君は両親と訪れるべき地蔵堂に、一人でやってきた。遠くの山並みは青く、近い山並みは神社の杉と同じ濃い緑だ。その緑の山裾まで金色の草原が広がっている。それらを背景に建つ木造の地蔵堂は、駅前の風景とは比べ物にならないほどこの地に馴染んでいた。しかし地蔵堂に隣接する公民館の前に、君は見慣れない金属のポールを見つけた。ポールの先にはオレンジ色の回転ランプがついている。そのポールが建っている場所にはかつて、桜の老木があった。ぼくと君たちはよく木登りをして近所の人に叱られた。その桜は君が中学生の頃、雷に打たれて伐採された。切り株の側面から新しい芽が出ていて、桜の生命力の強さを感じさせたが、今は切り株もなくなっていた。

 君はポールを平手で一度打つと、地蔵に詣でることなく公民館の前を通り過ぎた。公民館の横から伸びる細い畦道は、黄金の草原の上に敷かれた線路のようにどこまでも続いていた。君はそれを見ると魂の抜けたようになって、何かに誘われるように畦道を歩き出した。

 「ミミ、ここは変わらない」

君が呟いたその声は恍惚としているように聞こえたが、表情には絶望の色が浮かんでいた。

 強い風が稲穂を薙ぐように吹きわたり、稲を輝かせていた。足元で、頭を垂れるように実った稲がざわめいていた。夏の長い暑さも、太陽が傾いた分だけ和らいで心地よい。日差しほど激しかった蝉の声も、ここまでは聞こえてこない。ぼくと君は薫風の中に包まれる。君は果てしなく広がる田を見渡しながら歩いた。鳥除けの銀の細いテープが所々で光っている。

 トラックやトラクターが通ってできた道だ。道の真ん中には雑草が生えていて、細い二本の道が並走するように続いている。二本で一対のこの畦道は、大人二人が並んで歩くには狭い細さだ。この細さを保ったまま、山裾まで畦道は続いている。雑草が生えていない道でも尖った石ころや水溜りなどがあって、サンダルの君は歩きにくそうだ。しかし君は足元などほとんど気にせずに、汗を滲ませ、息を切らしながらただ歩いた。

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