第24話「ミミのしっぽ」③

 君はぼくの尻尾をしばらく見つめ、優しくぼくの見えない顔を撫でた。君の動きは周囲から見れば、落した物を拾っているように見える。

「ただいま、ミミ」

 駅の待合室には、観光用のポスターが掲示されていた。君が高校生のときは古代の英雄のふるさとをうたったポスターだったが、今は蕎麦の町をうたっている。「自然」、「原風景」、「日本のふるさと」のキャッチフレーズはどのポスターにも必ずついていた。君はそれらのポスターを見ながら、外に出た。

 駅前の道路は広いが、車が通る気配がない。遠くに見える山並みは、道路沿いの店に遮られている。江戸時代に紅花の水運交通で栄えた頃の蔵を意識したと思われる店の門構えだ。白壁に黒い三角の屋根が乗っている建物が並んでいたが入り口がばらばらの方向を向いていて、統一感は全くない。駅正面のコンビニは原色の看板を掲げているし、モダンな民家も視界に入る。

君は冷めた一瞥をこの無計画な町並みに送って、踵を返した。ひたすら淀んだ冷気を吐き出す地下道の出入り口を通り過ぎ、君は「蔵」が建ち並ぶ方とは反対方向に歩き出した。こちらは畑や古い民家や林が顔をのぞかせる。車が通らないことをいいことに、君とぼくは狭い道路の真ん中を歩き、坂を下った。

(きっと夏の日差しを音にしたらこんな音になる。それに、アスファルトに生卵を落としたら目玉焼きができる)

そんなことを考えていた君は、「くだらない」、とわずかに自嘲の色を口元に浮かべた。目玉焼きの話を一緒にしたのは彼だった。その時の君たちは本当に道路の上に生卵を落とそうとして、家の人に見咎められた。それでも君たちはいつか二人でこの目玉焼きを作ろうと画策していた。しかし彼はアスファルト焼きの目玉焼きを作る前に君の前からいなくなった。

道路に日差しと共に降り注ぐ蝉の声を聞いていた君は、陽炎に揺れる鳥居を見た。坂の中間に位置する神社の朱色の鳥居が、濃い杉の緑の中に鮮やかに映えていた。鳥居の注連縄が切れて、巨大な蛇の死体のようにだらりと地面まで垂れている。

「懐かしい」

そう呟いた君は、鳥居の奥から漂ってくる湿った苔の匂いに誘われるように鳥居の方に道を外れた。ぼくは体を横にして君の進路を塞いだ。君はぼくに気が付いてその意図を察したかのように、もとの坂道を下っていった。墓地の横を通ってさらに下ると、T字路に出る。そこを右折してしばらくいくと君の生まれ育った家がある。

 君は何か悪いことでもしているかのように、そろりと玄関の戸を開けた。

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