第23話「ミミのしっぽ」②

 君たちはぼくが普通の猫とは違っていることにすぐに気付いた。ぼくは君たち以外の誰にも見えないし、ぼくの声は君たち以外に聞こえなかったのだ。そして君たちが歳を重ねるごとに、君たちにもぼくの姿は徐々に見えなくなっていった。君たちはぼくがいつか完全に見えなくなることを悟っていた。そしてぼくの耳がなかったのではなく、初めから見えなかったことも悟っていた。

 しかし君は彼が死んでからというもの、ぼくの一部が見えなくなるたびにぼくに語りかけ、ぼくの返事を聞きたがるようになった。

 彼が死んでもう十年。

君には残酷なことかもしれないけれど、ぼくの見え方は君と彼とで少しずつ違っていた。

君はそれに気付かず、彼と同じ秘密を共有していると思っていた。

 君の目にはぼくが幽霊のように少しずつ頭の方から透けていき、最後には消えていく存在だと映っていた。

しかし彼の目にはぼくが唐突に体の一部を次々と欠いていく存在だと映っていた。

ぼくが見えなくなる速さが同じだったから、君たちの会話はすれ違うことがなかったが、ぼくの消え方は君と彼とではこんなにも違っていた。

 今、ぼくの横を電車の頭が通り過ぎた。

君は新幹線からこの四両編成の鈍行電車に乗り換えて、駅員が一人しかいない寂れた駅に帰ってきた。列車のドアの横にあるボタンが赤く点灯し、君はその開閉ボタンを押してドアを開けた。先ほどぼくの体の上に荷物を置いた観光客のご婦人方は、ボタンを押さずにドアの前に突っ立っていた。他の土地から来る人は、ボタンを押して電車のドアを開けるということを知らないようだ。一方の君は一年の空白など感じさせない慣れた様子でボタンを押す。高校はこの電車で通っていたから、君にこの動作は染み付いているように見えた。

君はバッグ一つを肩に掛けた軽装で電車から降りてきた。

 君はホームを見渡して小さく息をついてゆっくりと歩き出した。二本しかない線路の二番ホームから階段を上って君は一番ホームに降りてくる。その途中、小鳥の羽音がした。雀が迷い込んで出られなくなっているのだと思った君は、助けようと羽音の源を探って近づいたがそこにいたのは雀ではなかった。小鳥ほどの大きさの一匹の蛾だった。太い胴に対して翅が小さく、全身真っ白な蛾が明り取りの窓にぶつかっていたのだ。君と彼はよく虫取りをして遊んだが、この蛾は見たことのない蛾だった。無理もない。この蛾は最近海外からの輸入品にくっついて日本に持ち込まれた新参者だ。君たちが虫取りをしていた頃にはいなかった。いたとしても君たちの目に入るほど多くはなかっただろう。

肝を冷やした君は小走りに階段を降りた。

 君が改札で切符を渡して駅から出ると、ぼくは君に向かって鳴いた。

――にゃぁおっ。

君は慌てた様子で足元を見渡す。そしてようやくぼくのはたきのように太い尻尾を見つけてしゃがんだ。

君にはもうこの尻尾しか見えなくなってしまった。

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