第22話「ミミのしっぽ」①

「この猫、耳がない」

君が言った。

「じゃあ、この猫の名前はミミだ」

彼が言った。


風が耳元で渦を巻いて音を立て、山裾まで広がる黄金の稲を揺らしていく。その光景はさながら金の大草原だ。稲よりも背の高い稗が所々に伸びている。雲一つない空では、鳶が弧を描きながら独特の声で鳴いている。

「さようなら、ミミ」

田んぼの畦道が分岐するところにしばらく立ち尽くしていた君がそう呟いたとき、ぼくは君がもうこの場所に戻って来ないと思った。

 だから君が夏休みに帰ってくると知ったとき、ぼくはすぐに君を駅に迎えに行った。

駅のホームでは、涼しげな風鈴の音が響いていた。この土地の名産である鋳物を使った風鈴がいくつも天上から吊るされ、電車が発着するたびに澄んだ音色を奏でている。

 ぼくは君が乗った電車が到着する二番線のホームに出て、黄色い線の上に腰を下ろした。時々、ぼくの体と同じところに荷物が置かれた。

 高校を出て県外の短期大学に進学した君は、今年で二年生になった。一年生のときに頑なに帰郷を拒んだ君だったが、成人式のために帰郷を決意した。冬に雪の多いこの地では、夏に成人式を行なうのだ。冬産まれの君はまだ十九歳。高校を卒業した時が十八歳だったことを考えれば、意外にぼくと君が離れていた時間は短いのかもしれない。

 さて、君が帰郷を決意したのは、君の両親が子どものはれの姿をこの目で見たいという強い希望を口にし続けたからではないということを、ぼくは知っている。君はぼくに黄金の草原の真ん中で別れを告げたとき、成人式には帰って来ようと決めていたに違いない。何故なら、ぼくの存在を唯一共有していた幼馴染が君と同い年だったからだ。

 もし彼が生きていたなら、彼も君と同じように今年で二十歳を迎えていた。

 彼と君の家は同じ地区にあって、君と歳が同じ子どもは彼しかこの地区にはいなかった。背格好が良く似ていていつも一緒に遊んでいた彼と君は、まるで双子のようだった。

 君はいつものように彼と遊んでいて、ぼくを見つけた。君たちはぼくに「ミミ」という名前を付けた。その名は君たちにはぼくの耳が見えなかったことに由来している。

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