第20話「これはひどい」⑨

「なるほど、では台所に並んだ大量の三角コーナーはその再現ということだな。しかし厳しく育てることと過剰に贈与することは一見矛盾しているように思うが」

「今言ったような躾や勉強ですよ。成績にはかなりうるさかったようです。成績も礼儀も他人と比べては駄目だと奴だと罵られていたようです。これに何か娘が主張すればまた暴力を振るわれたとのことです。徐々に暴力を振るわれる恐怖から反抗できなくなったとみられます」

「これが、日記の最後にあった同じ立場になった、ということだな。与えられる物や暴力に対して反抗するすべをなくす。もはや執念だな、母親が寝たきりになるのをじっとまっていたのか。それとも、親が老いて力をなくし、自分が成長して力をつけていくということがわかっていたからいずれこうなると予見して書いたのか」

「さあ、今となっては分りません。この日記も娘の視点から述べているので事実がどうかは分らないんですよね、残念なことに。父親は早くに癌で亡くなっているし、この両親には日記を書くような習慣がなかったようです。近所の人には仲の良い家族と映っていたようですが」

「今回の仲の良い母娘に見えたと誰もが証言したのと同じだな。こんなところまで娘は母をかつての自分と同じ立場に立たせたのか。近所の人は贈与を受け取るしかない自分を助けてくれない。むしろ、贈与している方を褒め称える」

「しかし、これだと最後の自殺行為が謎になる。ここまでしておいて、言うなれば娘の目標は達せられていたのに、最後は母親をかつての自分と同じ立場に立たせることを放棄してしまう。これは解せない」

「いや、そんなことはない。もしかすると、これが彼女の最初からの計画だったのかもしれない。だからこそ娘は母の目の前で、母より先に死ななければならなかった」

「つまり、良心の呵責で自殺したのではないということですね」

「良心、か。確かに人間ならそれもあっただろうが、それは瑣末なことだっただろう。自分の末路を元凶となった相手に見せ付けるという目標に比べれば。我が死を見よ、これが汝の所業ぞ。まあ、台詞にしたらそんな感じだろう」

「もしかして、お前のせいで私は死ぬ、ってことか?」

「密室に二人の人間がいて、一人が死んだ。お前が殺したって言いたいのかもしれない。例えば、もし娘が両親の要求どおりに贈与を喜んで受け取り続けたら、娘は死んでいただろうから」

「残酷ですね。母親は最後まで自責し、娘の遺体を見ながら亡くなった。いくら因果応報といってもあの状況はひどすぎます」

「ああ、これはひどい」

二人の男はステージ上から舞台袖に消える。

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