第19話「これはひどい」⑧

つい立が外されると、ステージ上には二人の男が立っている。ベットやラジオなどの道具は一切ない。スーツの上にトレンチコートを着た二人の男が、ただ向かい合っている。ドラマに出てくる警察か、記者のような風体。

「聞きましたか、今回の」

「ああ、これはひどい」

「全くです。実の親子ですからね。娘が介護疲れの末に自殺。残された母親が衰弱死。でも、老人介護をめぐるこういう話は最近珍しくない。何といっても、娘が母親の目の前で首を吊ったというからひどい話だ。しかも、台所は蛆がわいた三角コーナーで埋め尽くされていたっていう話じゃないか。病んでるね」

「しかし、娘の近所の評判は良かった。仲の良い母娘に見えたと誰もが証言する。娘は母に求められるがまま与え、母のことを考えて与え続けた。ただ、母親が通っていた病院の看護士が娘の奇妙な言動を証言した。娘が母親に説教をする姿だ。娘は正論を述べていたが、それだけに言われる方は責められているように感じるだろう、と。確かにそうだな。しかも母親は反論できる状態ではなかった。一方的に正論を浴びせられ続けるのは人格を否定されている気にさせる」

「それについてなんですが、娘の日記が見つかったというのはご存知ですか?」

「介護日誌か?」

「いえ、あえて言うなら、復習日記でしょう。介護前の日付になっています。娘がまだ学生だった頃に書かれています。最近の日記には、これもまた病的なものが書いてありました」

「何だ?」

「蝉の死骸の日記です」

「蝉の死骸? それと母親をダブらせたて書いていたとでもいうのか?」

「いいえ、本当にただ蝉の死骸の記録を付けています。直接関係するのは十年以上も前に書かれた学生時代の日記の方でしょう」

「何故、十年以上前のことが今回の件と直接関係するんだ?」

「日記の最後にあったんですよ。もしも母が同じ立場に立ったなら、いつか私と同じ目に合わせてやる、ってね」

「その同じ目というのが、今回のことなのか?」

「おそらく。自殺した娘の両親は、彼女をかなり厳しく育てる一方で物を過剰に与えていたようです。そして、その過剰な贈与に対して娘が喜ばないと暴力を振るうことが度々あったと書いてあります。例えば食べ物を大量に与え、娘が食べきれないことに対して怒るわけです。そして娘が食べ残した物を三角コーナーに捨てるとき、娘に食べ物が生ごみになる瞬間を見せて言います。この食べ物はお前が残したためにごみとして捨てられるのだと。それから食べ物が大事だと長々と説く。これが毎日毎食繰り返されていたようです」

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