第17話「これはひどい」⑥
この劇の題名が脳裏を掠めていたのは、おそらくわたしだけではなかっただろう。
これはひどい、と。
こういうことか。
観客たちがそう囁き始めれば、舞台上の「観客」達も「こういうこと?」と囁きあった。
ステージ上で女性と老婆が睨み合う。
女性は壁にもたれて力が抜けたように座り込む。
「そんな目で見ないでよ」
女性は自嘲気味た笑みを浮かべながらため息をつく。
腹立たしさが滲む、深く大きなため息。
「あなたがずっとやってきたことじゃない。あなたが思うそれは、あなたに対するものだって理解してよね」
女性は狂気が混じった笑顔で老婆を見下ろす。
女性はラジオを老婆の横に置いて、大音響で鳴らしてステージ上から退場。この時の女性の足音は静かで、引きずるような足運び。
大きなラジオの音と老婆のうめき声が混じり合い、静まり返った場内に響く。
ラジオに時々ノイズが混じる。
ラジオのニュースは児童虐待の現状を告げている。
観客の何人かが足早に、会場を後にした。劇の前半で退場した中年男性のように目立った行動をとる人はもういなかった。
ポスターに書いてあった注意書きが思い出される。この動きに合わせて、舞台上の「観客」の何人かも舞台袖に消えた。
わたしも吐き気と悪寒を催したが、唾を飲み込んで耐えた。
女性が舞台袖に退場してからステージ上に変化はない。ラジオと老婆だけを残したステージは、会場から観客が退場するのを待っているように思えた。
わたしは何故か挑むような心持で舞台を睨んでいた。
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