第16話「これはひどい」⑤

照明がわずかにオレンジ色に変わる。

 場内のスピーカーから烏の声。

女性はタオルと洗面器を持ってステージ上に現れる。

相変わらず足音が大きい。

女性が老婆の体を拭く。

優しい言葉をかけながら、女性は老婆の体を念入りに擦る。刃物を研ぐような女性の動きに合わせて女性の髪の毛が振り乱される。

真っ赤になる老婆の四肢には無数の傷と痣。

スピーカーの烏の声とほぼ同時に、悲鳴をあげる老婆。

 烏の声が止む。

直後、女性が老婆の頬に平手打ちする。

場内に響く破裂音。

「汚くしておくのは駄目だって言ってるでしょ!」

女性は叫ぶ。

手をすり合わせて謝りながら泣く老婆。

「汚くしておくと臭くなるの。どうして分らないの。あんたからは変な臭いがして、こっちまで臭いが移ってみっともない思いをするのよ。何度も何度も同じこと言わせないで。本当に馬鹿なんだから!」

女性は大声で老婆を罵倒しながら老婆の頭や頬を殴り続ける。

ベッドの上に横たわりながら、ひたすら泣きながら謝罪を繰り返す老婆。

女性の暴力は止まない。

何度も手を振り下ろす女性と、その度に小さな体を傾がせる老婆の影が、舞台の背面全体に大きな影絵となって映し出されている。女性の影は街を壊す怪獣の様に巨大だ。

「謝るならちゃんと謝りなさい」

女性が高圧的だが叫ばずに言った。

 女性を拝むように合掌し、ベッドの上で土下座して謝る老婆。

女性の暴力は止む。



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