第12話「これはひどい」①
「これはひどい」を御覧になる皆様へ
(注意:ご気分の優れない方はご遠慮下さい。また、途中で気分が悪くなった方は速やかにご退場下さい)
わたしは休日、演劇を見に来ていた。
タイトルは「これはひどい」。
投げやりなタイトルが気に入ったのか、それとも街中でたまたま見かけたこの劇のポスターに変な注意書きがあったからなのかは分からない。とにかく気まぐれで、わたしは一人で小さな劇場に入ったのだ。元来演劇を観る趣味のないわたしは、最後列の席に陣取った。
そこには奇妙な光景が広がっていた。
緞帳は、初めから降ろされていない様子だった。そして、ステージの上に、もう一段高くなっている所があった。まるで、舞台の上にステージを載せたかのようなモノが、舞台の大半を占めているのだった。この舞台上のステージには、布製の粗末なついたてがあった。それはわたしの学生時代、カウンセリング室のすりガラスの向こうに見えたものによく似ていた。
奇妙なのはそれだけではない。舞台上のステージの前に、客席に背を向けた人間が十数人座っているのだ。まるで、今から始まる劇を待つ観客のように。その「観客」達は老若男女揃っていて、自分たちがステージ上にいることを全く意識していないように振舞っている。今からわたしが観ようとしている「これはひどい」のパンフレットを見たり、時計を気にしたりしながらざわついているのだ。まるで、今この会場にいる観客のように。
不意に背筋に虫が這うような感覚を覚えて、わたしは思わず後ろを振り返ってみた。ついでに上も見上げてみる。わたしを見下ろしているのは、霞んだオレンジのライトと、味気ない白い天井だけだった。何の変哲もないとはまさにこのこと。変わっているのは舞台上だけだった。いや、普段演劇など見ないわたしだけがそう感じるのか。いや、そうではあるまい。学生時代に演劇は見ているし、わたし以外の観客たちも訝しんでいる様子だ。
わたしは一通り場内を見回した。まさにその時、注意事項を述べるアナウンスが流れ、天井のライトの勢いが急に弱まった。だが会場全体は真っ暗にはならず、薄暗いままになった。舞台上のステージだけがスポットライトに照らされていた。
わたしを含めた観客たちは戸惑いながら、舞台上の「観客」たちは平然としながら、舞台上のステージに目をやった。
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