第9話「蝉の死骸の日記」②
八月七日
蝉の死骸はまだここにある。まるで、当然のように。いい加減、烏の見つけやすいところに移動させようかと思った。
だが、そこは我慢だ。
蝉の死骸が何の運命かここに入ってきたとき、ルールを作ったのだ。手を加えてはならない、と。自然の消滅を見届けようと。
八月八日
今朝になって、蝉の死骸は白っぽくなっていた。
わたしの家は街頭の前にあるということもあり、玄関には蜘蛛の巣が繁茂している。そして大量の虫の死骸がある。蜘蛛の巣に引っかかっているのはわずかで、ほとんどは通行人に踏まれて死んでいる。それはすさまじい光景だ。虫の墓場という言葉はここのためにあると思える。
それに引き換えバルコニーは街頭から遠く、ほとんど虫は近づかなかった。それなのにこの蝉は、バルコニーで死んだ。
玄関で蜘蛛に食われた虫と、人に踏まれてスプラッターになった虫。これらに比べて、今わたしの目の前で白い腹をさらすこの蝉の死骸は、美しい死を迎えたのだろうか。
八月九日
徹夜をしたからゆっくり眠ろうかと思っていたのに、蝉に起こされた。わたしの寝室の近くの壁にとまって鳴いている油蝉がいるようだ。
わたしがベットから起き上がるとすぐに鳴き声はやんだ。その声の主が死んだのか飛んで行ったのかは定かではない。
ただ、その声の主はバルコニーの蝉とは違う死を迎える気がした。
八月十日
観察から一週間以上が経った。
玄関先で、ちょうど蝉の死骸ほどの大きさのゾウムシが死んでいた。腹を見せていないせいか、生きているのか死んでいるのか分らない。
そう言えば、アパート暮らしの友人が話していた。アパートの外の廊下には虫の死骸が沢山あると。まるで虫の墓場に住んでいるようだと。
なるほど、わたしの家に虫の死骸があるのではなく、わたし達人間のほうが虫の墓場に住み着いたのか。
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