第7話「蟻の枝」⑦
足の感覚がなくなってきた。
体も冷えてきた。遠くから蛙の声が聞こえ、蝉の大合唱は蜩の声だけが微かに届くだけになった。真っ黒な杉林に切り取られ、頭上高くぽっかりと口を開けた空を蝙蝠が飛んでいく。
わたしは相変わらず社の裏にいた。
蟻を捕まえることは容易く、窪みは社の裏一面にある。蟻は、もう五匹目になっていた。続けようと思えば、いくらでもこの作業は続けられた。だが、同じ体勢は肩が凝るし、そろそろ家に帰る時間だ。わたしは小枝を投げ捨てて、痺れた足を伸ばすついでに地面を靴底で撫でた。窪みは均され、埃が舞い上がって靄が漂った。
境内は、夕日に赤く染まっていた。足が拡大と縮小を繰り返しているようで、地面をうまく捉えているという感覚がない。境内に続く長い一本道を見て、小さくため息をついたわたしは、社の階段に腰を下ろした。そこは「かくれんぼ」をする時、鬼が数を数える場所だった。
鳥居から境内に続く長い一本道は、人一人がやっと通れるほどの道幅で、やはり両側には壁のような杉の巨木が並んでいる。道には杉の根が横断していた。鳥居がなければ地元の人にしかわからないであろう道だ。
その道に杉並木の影が落ちる。それがまるで平面にあるはずの道を梯子のように見せていた。
「もういいかい」
戯れに小さく呟いてみるが、無論誰も答える者はない。烏は賑やかに夕焼けの中を飛んでゆくが、地上に興味はなさそうだ。
長く伸びた杉林の影は、黒い格子となってわたしに覆いかぶさってきた。わたしの影も伸びていたが、杉の影を抜け出すことはできない。
「もういいかい」
今度は自分の足元に言葉を落としてみるが、誰も答えてくれる者などない。蝙蝠は杉の幹の間を飛び交っているが地上に興味はなさそうだ。
わたしは、自分の肩を抱きしめてうな垂れた。身を屈めて、膝を胸にくっ付けて、これ以上小さくなれないという体勢をつくる。頬を掻くと、嗚咽が漏れた。
「いとおしい」
搾り出したような掠れ声と共に、全身をさらに縮めたわたしの足の上を、一匹の蟻が通っていった。
影はゆっくりと闇に沈んでいく。
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