第6話「蟻の枝」⑥
生き物が好きだったわたしは、本を沢山読んでいたから誰よりも生き物に関する知識があった。その知識を披露すれば、周りの人が褒めてくれた。
「トンボの幼虫は水中生物のヤゴです」
トンボを捕まえて、水の中に沈める。浮いてくると、割り箸を使って水底に押し付けた。成長して、子どもの頃できたことができなくなるのは、おかしなことだと思った。
「蜂の巣はロウや木でできています」
家の屋根に巣を作った足長蜂を殺虫剤で皆殺しにして、ライターで燃やした。よく燃えなかった。本に書いてあったことは嘘だと思った。
「蛍は成虫の姿では長く生きられません」
蛍を虫かごに入れて放置した。一晩で全て死んだので、ゴミ箱に捨てた。これは本に書いてある通りだった。だが蛍の放つ光に比べ虫の姿は気持ち悪く、幻滅した。
わたしは「大人になったら動物のお医者さんになりたい」と言った。そうすれば、大人は皆笑って頷いてくれた。
そう言った手前、動物病院のドキュメンタリー番組をよく見た。
「うわっ、猫轢かれてる。かわいそう」
そう言いながら、テレビの中の痛ましい猫の姿から目が離せなかった。手術が始まって血で画面が赤くなると、さらに目が冴えた。実際に近所で轢かれた猫の死骸があれば、こっそりと何度も見に行った。
「今回のプール、犬とカラスの死体があったって」
冬の間、わたしたちの小学校のプールは防火のため、水が張られっぱなしになる。暖かくなると半年以上放置されて緑色になった水を抜くのだが、その水の底からは毎年何かしらの死体が出てくる。わたしはこのプールの水抜きの時期が待ち遠しかった。
「生き物の事なら何でも任せて」と言って、わたしは常にクラスの生き物係になった。もちろん、わたしが係長になることに異論を唱える者はいない。むしろこれまでの実績を考慮し、先生が信頼していた。他の友人たちは初めのうちこそ物珍しさから世話をしたが、一週間もすると飽きてしまう。しかも兎やインコは面倒見がいいが、撫でて餌をやるだけ。イモリやメダカ、カブトムシの幼虫、ザリガニには近づこうともしない。しかしわたしはどんな生き物でも最初から最後まで世話をしていたし、学校が休みになる長期休暇中でも一人で世話をしに登校した。生き物が死んだ時も、わたしは一人で墓を作った。校庭の片隅には「動物の墓場」がある。クラスで飼っていた生き物が死ぬと、そのクラスの生き物係がプールの脇に墓を作るのだ。校庭のあちこちに死体を埋めるわけにはいかないので、全てのクラスの生き物の墓が整然と並んでいる。
それらの中でも一番多くの墓を作ったのは、わたしだ。
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