第4話「蟻の枝」④

 わたしは椿の葉を三枚ちぎって重ね、その上に雛を乗せて持ち帰ることにした。麦藁帽子を友人に返しながら、雛に「今日はわたしの家で入院」と笑顔で声を掛ける。友人たちも笑って手を振りながら「よろしくね」と言って帰っていった。

 わたしは雛の死骸を手に持って、友人たちの背中を見送った。そしてようやく胸を撫で下ろす。大人の言いつけを破った友人たちは、雛のことを誰にも言わないだろう。だからわたしのお医者さんごっこも、誰にも知られない。わたしが雛に対して友人たちと同じくらい無能だったこと。それが分かっていて、虚栄を張ったことも。

「大丈夫、だった」

 わたしは雛の死骸を手に、家に帰った。家の人はすぐに捨てるように言ったが、わたしは小さな段ボール箱にしばらく死骸を入れておくことにした。家の人はそんなわたしを見て、笑った。わたしはそれを確認してから段ボール箱を離れた。

 翌朝、学校に行く前に死骸を処分しようと思って段ボール箱を開くと、死骸のお尻の辺りに白い糞が見えた。昨日にはなかったものだ。死骸の上を這う蠅と蟻、そして糞を交互に見た。段ボール箱ごと中身の全てを握りつぶしたい衝動に駆られ、わたしは逃げるように学校に行った。

 友人たちは昨日のことなどすっかり忘れてしまったかのように、雛のことを誰一人として口にしなかった。そんな友人たちと過ごすうちに、わたしも昨日のことや今朝のことは無かった事のような気がしてきた。そして知らず知らずに、記憶の隅に雛のことを追いやった。その結果、わたしの中には理由のわからない腹立たしさだけが残った。

 授業が始まると、先生が教卓をどけてテレビを引っ張り出してきた。児童の方も心得たもので、窓際のクラスメイトは嬉しそうにカーテンを曳いた。

「今日の道徳の授業は、ビテオを見ます。見にくい人は席を移動しても構いません。でも、おしゃべりしたり、他のことをしたりしないで下さいね。はい、じゃあ、しーっ」

先生が人差し指を立てて鼻の上に添えると、騒がしかった教室が静かになった。先生が教室の電気を消すと、真っ黒な画面に墨が滲んだような白い文字が浮かんだ。

『くもの糸』

 教育テレビの子供向け人形劇。下から人形を支える針金が見える。ずいぶん昔のビデオらしく、画像が悪い。時々縦に線が入ったり、白黒になったりする。しかしそれが三白眼の人形たちや、地獄のおどろおどろしさをいっそう際立たせる。菩薩様の慈悲に満ちた笑顔までも、白黒になった上に顔のちょうど半分に縦線が入って台無しだった。まるで仮面にひびが入って割れる瞬間のような菩薩の形相に、クラスの全員が引きつるのが分かった。

 わたしは、この有名な作品を全く知らなかった。だがこの人形劇の後もアニメになったりリメイクされたりしているということなので、人気があるものなのだろうと思った。わたしは下から続々と男に向かって糸を登ってくる罪人たちの姿を見ているうちに、体中が痒くなって無意識のうちに頬を引っ掻いた。ビデオが終わる頃には頬から血が滲み、むき出しになった太ももには赤いミミズが何匹も這っていた。

 家に帰ると、もう段ボール箱はなくなっていた。わたしはもう段ボール箱のことを何も言わなかったし、家の人もまたわたしに言うことはなさそうだった。最初からここには段ボール箱なんてなかったし、ありもしない箱に中身があることもない。そう考えることにした。

 わたしは小さな四角い埃の跡を眺め、無意識の内に頬を掻いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る