第3話「蟻の枝」③

 肩で息をする三人は、口答する代わりに麦藁帽子を差し出した。その中には、まだ産毛も生えそろわない雛鳥がいた。

「たぶん、巣から落ちたんだと思う」

「動物、詳しいでしょ」

「どうすれば助かる?」

鬼の子も三人に同調して頷き、あっという間にわたしに四人の視線が集まった。何だか吊るし上げをくらった気分だった。否、嵌められた気分と言った方がいい。

 雛はぐったりと横たわり、一見死んでいるように見える。よく見れば虫ほどの息をしていることが分かったが、それと同時に嘴の端がまだ柔らかい雛であることも分かった。目も閉じたまま開こうとしない。

 (無理だよ)

そう言おうとしたわたしの口を、鬼の子の言葉が塞いだ。

「動物のお医者さんになるんでしょ? 生き物の事なら何でも任せてって言ってたじゃん」

わたしは何も言えなくなった。生き物が好きだったわたしは、本を沢山読んでいたから誰よりも生き物に関する知識があった。その知識を披露すれば、周りの人が褒めてくれた。だから得意になって、「大人になったら動物のお医者さんになりたい」と言った。そうすれば、大人は皆笑って頷いてくれた。それがわたしに安心感を与えてくれた。だからわたしは台本に載っているセリフのように将来の夢を語り続けた。

 ただ、それだけだった。

動物を助けたいと思ったこともなければ、助けられるわけでもなかった。

しかし、わたしは麦藁帽子を受け取った。

「とりあえず、水と食べ物だよ。体力がないと免疫力も回復力も弱くなっちゃうんだ。力をつけるには、食べて飲むのが一番だからね。巣から落ちて、親に餌をもらえなかったからこんなに弱ってるんだよ」

 わたしは、淀みなく言った。唇が乾くのを感じながら、「大丈夫」と自分に言い聞かせた。

「鳥の餌なんか持ってなし、水もないよ」

「そうだよ、買うお金もないし」

友人たちは、「鳥の餌」と聞いて、まさしくペットショップなどで売っている「とりのエサ」を思い浮かべたらしかった。わたしは胸の内でほくそえんだ。

「鳥の餌は虫だよ。雛も親と同じものを食べるんだ」

わたしは胸を張った。

「水は、そうだね。ないから仕方ないね」

わたしはそう言いながら、ちらりとプレハブの方を見た。それにつられた鬼の子が、「あっ」と小さく声をあげた。

「水、あるよ。持ってくる」

鬼の子がプレハブ小屋に走り、他の三人が虫を捕ることになった。麦藁帽子を持っていたわたしは、雛の見張り番という一番楽な役を担った。黒く見えるほど生い茂った杉の葉に円く切り取られた青空を烏が行きかっていたが、地上に興味はなさそうだ。わたしを見下ろす真っ青な空の輪郭は、風が吹くたびにざわざわ言いながら揺らめいていた。

 階段に腰掛けたわたしは、麦藁帽子を膝の上に載せた。死臭に限りなく近い獣臭に、思わず顔を背ける。そして降りそそぐ蝉の声を聞きながら、「大丈夫」と繰り返す。誰もプレハブ小屋から水を持ってくることを止めなかった。だから「大丈夫」、と。

 やがて、古びた茶碗に入った水が運ばれた。虫を捕りに行った三人は、境内へと続く一本道を横断していた蟻を、両手に一匹ずつ摘まんで戻って来た。わたしは指を水に濡らして、雛の嘴の間に入れたが、麦藁帽子に吸われただけだった。濡れて一段と濃くなった麦の色が、雛の姿を不意に浮かび上がらせるように見えた。三人が差し出した蟻は、雛の顔や体を這っているだけだった。友人たちの顔に落胆の色が浮かび、肩が落ちたのが分かった。

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